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90話:悪役令嬢は、最推しに囲まれて永遠に笑う

 神の領域が崩壊し、眩いばかりの光の粒子が世界を再構築していく。

 意識の混濁が晴れた時、私は温かな陽光が差し込む王城のバルコニーに立っていた。


(……ああ。……戻ってきたのね。……私の、大好きな世界に)


 ふと自分の手を見れば、そこにあるのは前世の結衣の指ではなく、魔導回路を刻み続けたリリアーヌの白磁のような指先だった。けれど、内側には確かな「結衣」としての魂が、かつてないほど安定して根を張っている。

 そして、私の精神の深層からは、もう一人の私の声が心地よく響いた。


『……お疲れ様、結衣。……これからは、私が貴女の肉体(OS)を支え、貴女が私の知性アプリケーションとして導いて。……二人で一人の「リリアーヌ」、……悪くない契約だわ』


 本物のリリアーヌ様との魂の共存。

 私たちは、一人の人間として完全に統合され、ヴォイドの呪いを「真の絆」へとデバッグ(修正)することに成功したのだ。


「キュ、キュアァァァァァァァァッ!!!」


 足元に、黄金の光を纏ったシルが飛び込んできた。

 消去されたはずの聖獣は、以前よりも一回り大きく、神々しい毛並みを取り戻して私のドレスを鼻先で突いている。その隣には、ボロボロの魔導作業着をようやく着替えたアルベルトが、どこか誇らしげに、けれど相変わらず眠そうな目で立っていた。


「……師匠。……お帰りなさい。……ヴォイドのシステム・ダウングレード、……九九・九%完了です。……あとの〇・一%のバグは、……そこに転がってますよ」


 アルベルトが指差した先。

 祭壇の跡地で、一人の美青年が所在なげに膝を突いていた。

 白銀の髪はそのままに、銀河を失った瞳は「孤独を知る人間の青」へと染まった元神子――ヴォイド。

 彼は、駆け寄った私の影に怯えることもなく、ただ震える手で私のドレスの裾を掴んだ。


「……結衣。……私は、……神であることを捨てて、……君の隣にログイン(降臨)したよ。……これからは、……一人の男として、……君に愛を学ばせてほしいんだ。……二択なんて、もう言わないから……」


 かつての絶対的な支配者の面影はない。そこにあるのは、前世で私が画面越しに救いたいと願った、不器用な「最推し」そのものの姿だった。


「……宜しくてよ、ヴォイド様。……ただし、私の助手として、アルベルトの三倍は働いていただきますわ。……スローライフを維持するのも、楽ではありませんのよ?」


 私が扇子をパタつかせながら不敵に微笑むと、ヴォイドは救われたような、けれど情けないほどに幸せそうな顔をして頷いた。


「…………。……さて、……神子だろうが何だろうが、……リリアーヌを泣かせた罪は消えんぞ」


 背後から、凍てつくような殺気と、それ以上の「執着」を孕んだ魔力が押し寄せた。

 ゼノス公爵が、ヴォイドを氷の瞳で射抜きながら歩み寄り、私の腰を当然のように抱き寄せた。


「……リリアーヌ。……君の隣は、私の指定席だ。……神子だろうが執事だろうが、……割り込ませるつもりはない」


「……左様でございますか、閣下。……お嬢様の影として、……その不浄な神子を監視クリーニングするのは私の役目です。……お嬢様、……今夜は、……これまでの失態を挽回するための、……最高に濃厚なティータイムを用意しておりますよ」


 シオンが影の中から現れ、私の手首に熱い接吻を落とす。

 ゼノスの氷、シオンの影、ハシムの富、……そして新しく加わったヴォイドの執着。

 四人の男たちの、もはや物理的な質量を感じるほどの「溺愛」が、私を中心にして渦巻いていた。


(……ヒェッ! ……平和になった途端に、これですの!? ……でも、……この重すぎる愛さえも、……私がデバッグして勝ち取った『報酬ボーナス』なんですわね!!)


 王都『セント・ルミナス』の中央広場。そこには、神話の再編デバッグを終えた世界で最も清らかな、そして最も力強い「歌声」が響き渡っていた。


 巨大な魔導スクリーンの前で、アリア様が虹色の魔力を放ちながら、この世界の新しい夜明けを歌い上げる。

「――リリアーヌ様! 私の歌、届いていますか!? ……愛しています、お姉様!!」

 ステージから叫ぶアリア様の屈託のない笑顔。観客席を埋め尽くす民衆の地鳴りのような歓声。……そこには、バッドエンドの欠片も、絶望のノイズも、一ピクセルたりとも残っていなかった。


 私は、その熱狂をバルコニーから眺め、満足げに扇子を畳んだ。

 私の隣には、冷徹な仮面をかなぐり捨てて私を愛でるゼノス閣下。

 背後には、空気の一粒まで私のために管理しようとするシオン。

 そして足元には、アルベルトに「このコードの書き方は甘いね」と生意気な指導を始めている、一人の人間となったヴォイド。


「……リリアーヌ。……君の瞳に映る景色を、私が一生をかけて凍結(保存)してやろう。……二度と、君を悲劇の舞台へは立たせん」

「……お嬢様。……夜の仕度は整いました。……もう、誰にも邪魔されない、貴女だけの安らぎへお連れしましょう」


 二人の重すぎる愛の言葉に、私は「……ふふ。……期待していますわよ」と、悪役令嬢らしい不敵な微笑みを返した。


 深夜。喧騒が遠のいた私の寝室で、私はシオンに命じて、一つの『宝箱』を運ばせた。

 中に入っているのは、ヴォイドの呪いによって顕現した、前世の私の象徴――グレーのパーカーと、スウェット。


「……シオン。……それを、一番奥に仕舞っておいてくださるかしら」

「……御意、お嬢様。……貴女がかつて歩んできた『孤独な戦いの記録』として、私の影の最深部で、永遠に守り続けましょう」


 私は、そのボロボロの衣類にそっと触れた。

 前世の孤独。……画面越しにしか触れられなかった、愛。……そして、悪役としての破滅の運命。

 それらすべてを「デバッグ」し、私は今、自分自身の力で、この温かな体温と、信じ合える仲間たちを手に入れたのだ。


(……ああ。……本当に、お疲れ様。……私(結衣)。……そして、……リリアーヌ


 枕元で『シル・フォン』が、チリンと通知音を鳴らした。

 画面には、アルベルトから届いた『明日も、もふもふメンテナンスの予定です』という、この上なく平和なメッセージ。

 そして、シルが「キュアァッ!」と、私の布団に潜り込んできて、その大きな頭を私の胸元に押し付けてきた。


「……ふふ。……シル、……貴方もおやすみなさい」


 私は、シルの白銀のたてがみに顔を埋め、深い、深い、幸福な眠りへと誘われていった。

 

 邪魔者はもういない。

 システムの綻びも、神の横暴も、……すべては私の書き換えた『最高の日常』の中に、心地よい余韻として溶けていった。

 

 窓の外には、永遠に続く平和な王都の灯り。

 私はカメラ(読者)に向かって、最後の一瞥を投げ、不敵に、そして世界一幸せそうに微笑んだ。


「……さあ、皆様。……私のデバッグは、ここからが本当の始まりですわよ。……永遠に続くこのハッピーエンド、……どうぞ、ご堪能あそばせ!」


 画面に大きく、黄金の文字が浮かび上がる。

 

 ――『COMPLETE - True Happy End』

 ――『Thank you for Playing with Liliane & Yui』


 リリアーヌ・アステリア(結衣)の、全方位溺愛スローライフ。

 その物語は、一点の曇りもない多幸感の中で、美しく、そして永遠に続いていく。



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