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第1話:(前編)限界オタク、全クリの果てに


「………………キッ、キタアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 深夜二時。静まり返ったワンルームマンションに、私の魂の叫びが響き渡った。

 液晶モニターの放つ光が、私の眼鏡の奥の瞳を爛々と照らし出している。画面に映し出されているのは、乙女ゲーム『純潔の聖女と七つの誓い』――通称『純七じゅんなな』のスタッフロールだ。


「ついに……ついにやったわ。全ルート、全スチル、全エンディング完全制覇……! 神様、仏様、開発チーム様、本当にありがとうございます……!」


 私はデスクに突っ伏し、祈るように両手を組んだ。

 今の私の姿は、お世辞にも「輝く二十代OL」とは言い難い。

 会社から帰宅して即座にPCを起動したため、シワの寄ったリクルートスーツは着たまま。

 髪は、ひっつめ髪が乱れてボサボサ。

 ストッキングを脱ぎ捨てる暇さえ惜しんで、私はこの瞬間のためにキーボードを叩き、マウスを連打し続けてきたのだ。


 佐藤結衣さとう ゆい、二十四歳。

 中堅商社の事務職として働く私の唯一の生存戦略であり、酸素であり、生きる意味。

 それがこの『純七』だった。


「ああ……アリアちゃん。聖女アリアちゃんマジ天使……。なんであんなに良い子が、最後は教会に裏切られて追放されなきゃいけないのよ。運営の血は何色なの? でも、その絶望した顔も最高に美しかったわ……尊い……」


 画面をスクロールし、今日回収したばかりのイベントスチルを眺める。

 このゲームのメインヒロインである聖女アリア。彼女は平民の出でありながら強大な聖なる力に目覚め、学園で王子や騎士たちと恋に落ちる。しかし、どのルートを通っても、中盤で必ず「偽聖女」の汚名を着せられ、国を追放されるという過酷な運命を背負っている。


 そのアリアを徹底的にいじめ抜き、最後には婚約破棄されて没落する役割……それが、悪役令嬢リリアーヌ・アステリアだ。


「リリアーヌもねぇ……。性格は最悪だけど、ビジュアルだけは私のストライクゾーンど真ん中なのよね。あの氷細工みたいな銀髪に、全てを見下すような紫の瞳。あんな完璧な美貌を持って生まれたのに、最後はボロ雑巾みたいに捨てられるなんて……。もったいない! 私ならその顔面偏差値を武器に、速攻で隣国に亡命してスローライフ送るのに!」


 私は独り言を止められない。限界オタクの夜は、常に語彙力との戦いなのだ。

 そして、私の視線は画面の端、隠しキャラである「専属執事シオン」の立ち絵に止まった。


「……そして、シオン。貴方はもう、別格よ。シオン、私のシオン。隠しルートでのあの独占欲、全年齢対象ギリギリの執着心……ひぇっ、思い出しただけで心臓が持たないわ」


 シオンは、悪役令嬢リリアーヌに影のように付き従う執事だ。

 普段は完璧な礼儀作法と微笑みを絶やさない有能な使用人。だが、リリアーヌを愛するがゆえに、彼女を傷つける者は王族であろうと秘密裏に排除しようとする狂気の持ち主でもある。

 いわゆるヤンデレ。それも、お嬢様への忠誠と殺意と愛が煮凝りになったような、最高に美味しいキャラクターだ。


「はぁ……。もし私がこの世界に行けたら、リリアーヌの代わりにシオンの愛を全身で受け止めて、アリアちゃんを救って、ついでに街の角にいるモブのイケメン騎士様たちを眺めながら、もふもふの聖獣と暮らすのに……」


 そんな妄想をしながら、私はようやくスーツを脱ぎ捨てた。

 パジャマに着替えようと手を伸ばしたが、あまりの達成感と連日の夜更かしによる睡魔が、一気に押し寄せてくる。


「……一瞬だけ。一瞬だけ目を閉じて、幸せに浸らせて……」


 ベッドに倒れ込み、私は最後の意識を振り絞ってモニターを見つめた。

 画面には、ゲームの冒頭。リリアーヌが鏡の前で、冷笑を浮かべて自分を見つめているシーンが映っていた。


 その美貌に、最後にもう一度だけ見惚れて――私の意識は、深い闇へと落ちていった。


 ――これが、佐藤結衣としての、最後の記憶。


 次に目を開けた時。

 私の鼻腔をくすぐったのは、安っぽい芳香剤の匂いではなく、高級な薔薇の香香だった。

 そして、耳に届いたのは――。


「……お嬢様。そろそろお目覚めのお時間ですよ。本日は大切な『卒業パーティー』の日なのですから」


 低く、甘く、それでいて冷徹な響きを含んだ、聞き覚えのありすぎる美声。


「……え?」


 私は弾かれたように目を開けた。

 視界に飛び込んできたのは、重厚なシャンデリアが吊るされた高い天井。

 そして、私の顔を覗き込んでいる、銀髪を後ろに流した絶世の美青年。


 その切れ長の瞳が、深い愛執を湛えて私を見つめている。


「……シオン?」


 ポツリと漏らしたその名に、青年――シオンは、口角をわずかに釣り上げて微笑んだ。


「はい、お嬢様。貴方の忠実な下僕、シオンにございます」


 その瞬間、私の頭の中に、エクセルで管理していたはずの『純七』のタイムラインが、濁流のように流れ込んできた。


 卒業パーティー。

 婚約破棄。

 断罪。

 国外追放。


 ……ちょ、ちょっと待って。

 よりによって、今日?

 物語が、終わる日じゃないの――――!?


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