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観測者に見守られる屋敷で生きることにした ~静は世界を支配しない~  作者: 灯乃しんわ
第七章 静かな日常が世界に届く

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閑話 ざわめく報告と湯気の向こう

教会中央監察局の分室では、夜を越えても灯りが消えなかった。


広間ではなく小規模な会議室では

各地から集められた報告書の量は机に山を成し

壁際では書記官たちが次々と新しい記録を貼り出している。

室内には疲労の色が濃く、誰もが睡眠不足の表情を浮かべていた。


「――まず、グランヴェル帝国方面からの第一次報告です」

監察官の一人がやや疲れた声で読み上げた。


手元の羊皮紙には几帳面な文字がびっしりと並んでいる。


「北西鉱山地帯にて、高魔力反応を確認。

 竜種と思われる影を一度視認。現地の鉱夫複数名が証言しています。しかし……」


彼は一瞬、言葉を選ぶ。

「該当個体は確認できず。代わりに、異常成長した岩棲魔獣を発見。

 神殿騎士と上級冒険者により討伐済み。焔属性反応は確認されていません」


室内に、小さなざわめきが走る。


誰かが溜息をついた。

別の誰かが額に手を当てて首を振る。


「次、セレニア自治連邦、水環聖殿からの報告」

別の監察官が立ち上がり、新しい紙を読み上げる。


「河川流域にて、魔力濃度の急上昇を検知。一時的に竜の胎動と誤認されましたが

 結果は古代水精霊の目覚めによるものと判明。

 現在は水環聖殿が対応中。竜種との関連性は、認められず」


「……また違うのか」

誰かが、思わず零した。


風巡神殿からの報告も似たような調子だった。

突風

局地的な嵐

翼を持つ影の目撃証言


住民たちは確かに何かを見たと主張している。

だが、実体は確認できず、竜種に該当する個体はいずれも不在

調査隊が現地に到着した時には、すでに痕跡すら消えていた。


「共通点は――」

監察官の一人が、苛立ちを隠さずに言った。


「強い兆候はあるが、決定的な存在がいないことです。まるで幻を追いかけているようなものだ」


「そして、焔属性に限っては――」

別の者が続ける。


「確実な反応が一切掴めていない。

 火属性神フレアリア様の神託があったにもかかわらず、です」


沈黙


それが、逆に不気味だった。

火属性神フレアリアの神託は、確かに降りている。


焔守護竜の誕生を告げる明確な言葉

各火属性神殿の聖女たちが同時に受け取った、疑いようのない神託


それなのに世界のどこを探しても、それらしい存在は見つからない。


「場所の特定が、根本的に間違っている可能性は?」

年配の監察官が言う


「だが、神託に場所を限定する情報は含まれていなかったはずだ」

別の者が反論する


「だからこそ問題なんだ」

机を軽く叩く音


「各地で無関係な事象が連鎖的に過剰反応を起こしている。

 このままでは無駄に戦力を消耗するだけだ。

 現場の冒険者も神殿騎士も疲弊している」


「新たな調査区域を指定すべきだ」

「いや、これ以上広げるのは危険だ。人員も予算も限界に近い」

「では、どうする? 神託を無視するわけにはいかないだろう」

「無視はしない。ただ、もっと効率的な方法を――」


声が重なり会議室の空気は次第に荒れ

決定打はなく、指示だけが増えていく


確認せよ

刺激するな

報告を急げ

異常があれば即時連絡

不確定情報でも構わない。とにかく見逃すな


世界は今、分からないものを前にして必死に動き続けていた。

そして誰一人として気づいていなかった。

探しているものが、すでに見つかっていることに


それが誰も予想しなかった場所で、ただ穏やかに暮らしていることに……


◆◆◆


一方、その頃


屋敷のキッチンにはまったく別の種類の熱気が満ちていた。


「フレイアさん、辛さはどのくらいが大丈夫ですか?」


セリナが鍋をかき混ぜながら、柔らかく尋ねる。

エプロン姿が板についていて、その手つきはまるで

長年料理をしてきた主婦のようだ。


「……辛さ、ですか?」

フレイアは一瞬、聞き返した。


料理に辛さの調整という概念があることは知っているが

わざわざ客に尋ねるほど細やかな配慮は珍しい。


「はい。香辛料の量で、印象が変わるので」

セリナは優しく微笑む。

「あまり辛いのが得意でなければ、控えめにしますし、お好きなら少し強めにもできますよ」


静が隣で別の鍋の蓋を開ける。

ふわりと鼻腔をくすぐる、今まで嗅いだことのない香りが広がった。

深く、温かく、少し刺激的で、それでいて不思議と落ち着く匂い。

食欲を直接刺激するような、でもどこか懐かしいような、不思議な香り。


「今日は、少し疲れが溜まっていそうだったので」

静はそう言って、鍋をかき混ぜる。


「カレーという料理です。こちらはハンバーグですね。どちらも、私の地元では定番の家庭料理でした」


「……見たことがありません」

フレイアは率直に言った。


王都でも、帝国でも、自治連邦でも

これほど直截に食欲を刺激する料理の香りは、記憶にない。

貴族の晩餐会で出される繊細な料理とも、冒険者が好む豪快な肉料理とも違う。


「でも……」


言葉を選びながら、続ける。

「不思議ですね。重たくないのに、落ち着く……まるで、帰ってきたような気分になります」


「それは良かったです」

静が穏やかに笑う。


その時だった。


「……きゅ?」

小さな声が、足元から聞こえた。


あかねが、じっと鍋の方を見上げている。

いつもより少しだけ落ち着かない様子で

ふわふわの尻尾がゆっくりと左右に揺れていた。

琥珀色の瞳が鍋から立ち上る湯気を真剣に追っている。


そのとき、あかねの額のあたりが、ほんの一瞬、あたたかく瞬いたように見えた。

光と呼ぶほどはっきりしたものではない。

ただの揺らぎ

熱というより、ぬくもりに近い感覚

まるで暖炉の前で感じる優しい温もりのような


「……?」

セリナが、ふと手を止めた。


神託と呼べるほどのものではない

言葉も、声も、意味もない

けれど、空気が、わずかに変わった

刺激はなく、威圧もない


ただ、胸の奥に触れるような、温かい気配だけがふわりと広がった。

まるで誰かに優しく微笑みかけられたような、そんな感覚。


(……あかね、から?)


理由は分からない

属性を断定できるほどの情報もない

けれど確かに、そこにいる小さな存在から

何かが伝わった気がした。


(……おいしそう)


そんな、感情に近い何か。

純粋で、素直で、無邪気な想い。


セリナは一瞬だけ考え込み、少し照れたように微笑んだ。

「静様」


「うん?」


「これ……出来上がったら、少しだけ、お供えもしてみませんか?」


「お供え?」

静が不思議そうに聞き返す。


「はい。理由は、うまく説明できないのですが……」


少し困ったように笑って、

「なんとなく、そうした方がいい気がして。

 女神様が、喜んでくださるような……そんな気がするんです」


「……なるほど」

静は特に深く考え込む様子もなく、頷いた。


「じゃあ、少し取り分けておこうか。どうせなら、丁寧にお皿に盛って」


「はい」


そのやり取りを、フレイアは黙って見ていた。


はっきりとした神託ではなく

神威が降りたわけでもなく

けれど、空気が一瞬だけ濃くなった……


屋敷全体の神気がかすかに波打った

まるで何かが応えたかのように



(……錯覚?)

いや、と否定する。


エルフとしての感覚が確かに捉えていた。

理由は分からない。

ただ、料理の香りと、あの小さな存在と、神気に満ちたこの屋敷が

一瞬だけ重なった、そんな気がした。


世界では今、焔守護竜の誕生を巡って、神殿も国も混乱している。

各地で調査隊が走り回り、監察局では夜通し会議が続いている。


だが、ここでは


「ツキ、近づきすぎ」


「にゃ」

黒猫が鍋の縁に前足をかけようとして、静に優しく止められる。


「……あかねも、もう少し待っててくださいね」

セリナが微笑みながら、淡い夕日色をした小さな生き物に声をかける。


そんな何気ない日常の中で、神に近い何かが

ただの感覚として滲み出ている。


フレイアは鍋から立ち上る湯気を見つめながら、

そのことを静かに噛みしめていた。


世界が必死に探しているものは

もしかしたら、もうここにあるのかもしれない……

ただ、誰もそれに気づいていないだけなのだろうか。


イメージソングを作成してみました。

もし興味を持って頂けましたら、曲を聴きながら読んでくれたら嬉しいです。

物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。

https://suno.com/@10monoshin8


カクコムでも先行掲載しています。

もし続きが気になって読んでいただける方が居たら下記のページでお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/822139842423376578

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