第三話 集められた声とそれぞれの夜
午後
教会中央監察局――その最深部に位置する大広間には
早朝とは比べものにならないほどの緊張が満ちていた。
円卓を囲む席はすでに半分以上が埋まっているが
まだ全員が揃ったわけではない。
重厚な石造りの壁には各国の紋章が掲げられ
天井には複雑な魔法陣が刻まれている。
「――転移準備、最終確認」
監察官の合図とともに
大広間の床に刻まれた複数の転移陣が淡く光を放ち始めた。
それは通常の転移魔法とは異なる。
教会中央監察局の支配エリアコアを介し
特別認証をもってのみ起動される緊急招集用転移機能
大量の魔力と魔石を消費するため、世界的危機
あるいは神託対応以外ではまず使用許可が下りることはない。
「……ここまでやるか」
王国側の騎士団長が思わず呟いた。
その直後――空間が歪む。
光が収束し、ひとつ、またひとつと、転移陣の上に人影が現れた。
重厚な外套を纏ったドワーフたち。
グランヴェル帝国、地晶大殿の上層神官団である。
彼らの装束には大地を象徴する茶色と金色の刺繍が施されている。
続いて柔らかな水色と白を基調とした法衣の一団
セレニア自治連邦、水環聖殿の代表者たち。
その法衣はまるで流れる水のように優雅だ。
最後に風を思わせる軽装と外套。
同じくセレニア自治連邦、風巡神殿の関係者。
彼らの装束は動きやすさを重視した実用的なものだった。
転移の余韻が収まり、彼らは静かに周囲を見渡す。
「……これは」
水環聖殿の神官が、低く息を吐いた。
「緊急招集、というわけですね」
「ええ」
教会中央監察局の議長が頷く。
円卓に着席する間も小声でのやり取りが止まらない。
各国の代表者たちは互いに情報を交換し合っている。
やがて全員が席に着く。
円卓を囲む席には、ルミエール王国、グランヴェル帝国、セレニア自治連邦
それぞれの代表者と随行の騎士、神官、書記官が集められている。
加えて、冒険者ギルド中央本部より派遣された代表席
――ギルドマスター、フレイア
彼女は背筋を伸ばして座っていたが、内心では何度も
重いため息を噛み殺していた。
(……転移招集まで使う案件なんて、聞いてないんだけど……
もう「大ごと」確定じゃない……)
議長が円卓を軽く叩く。
「――合同会議を再開する」
「本件は、火属性神フレアリア様より降ろされた神託
焔守護竜の誕生に端を発する」
場が静まる
「まず確認しておく
現時点で、焔守護竜による被害報告は一切ない」
その言葉に、即座に反論が上がる。
「だが、兆候が"ない"だけだ」
グランヴェル帝国の代表が、低く言った。
「守護竜とは、世界の均衡が揺らぐ前触れとして現れる存在
過去の記録を見ても、平穏に終わった例は少ない」
「それは『巨大な竜』を前提とした話ではありませんか?」
セレニア自治連邦の代表が静かに切り返す。
「今回の神託には、姿や規模に関する内容はありません」
水環聖殿の神官が静かに反論する。
「我々が先に剣を向けることこそ、神意に背く行為ではありませんか」
「だからこそ危険だ」
王国側の騎士団長が声を強める。
「想定外というのは、最悪の可能性を含む」
意見が飛び交い、会議は喧々諤々とした様相を呈していく。
「近隣地域へ、調査部隊を出すべきだ」
「神殿騎士団を中心に、結界反応の確認を」
「いや、刺激は最小限に抑えるべきだ」
「確認のみ、接触は厳禁」
「それでも、何もせず待つわけにはいかない」
そんな中、フレイアが静かに手を挙げた。
「……冒険者ギルドとして、意見を述べます」
視線が集まる。
「現場は『竜』という言葉に非常に敏感です」
「善意や正義感で、独断行動に出る者が現れれば――
それが最悪の引き金になりかねない」
彼女は、はっきりと言った。
「よって、該当地域における竜種関連依頼の全面凍結
単独調査の禁止を、正式に要請します」
内心では、胃のあたりがきりきりと痛んでいた。
(お願いだから……誰も、勝手に英雄になろうとしないで……)
議長は深く頷く。
「……本件は、誰か一国の判断で動かして良い話ではない」
慎重に……だが確実に進める」
◆◆◆
同じ頃、屋敷では――
浴場の中からは楽しげな声が聞こえてくる。
静は屋敷の外、畑と果樹の並ぶ一角に立っていた。
いつものように収穫の確認をしながら、手を伸ばす。
熟れたトマト
香りの立つ果実
必要な分を手早く採取し、ステータスへと取り込んでいく。
それが特別な行為であるかのような様子はない。
この屋敷ではいつもの当たり前の光景だった。
収穫を終えると、静は屋敷へ戻りそのまま追加の品を呼び出す。
冷えた炭酸飲料
甘味のある瓶詰めの飲み物
氷菓子やアイス
湯上がりに合う冷たい甘味
「……よし、これ位あればいいかな」
浴場から上がった一同が居間に集まっていた。
湯上がりのあかねは、もふもふの毛並みを少し逆立てながら
満足そうに丸くなっている。
「きゅ……」
ツキはその隣で当然のように"見守り位置"を確保していた。
「にゃ」
――問題なし
そこへ静が冷たい飲み物と甘味を抱えて戻ってくる。
「湯上がりにちょうどいいと思って」
並べられたのは見慣れない瓶と包み
「これは……飲み物ですか?」
セリナが首を傾げる
瓶を開けた瞬間、シュワッと小気味よい音が立った。
「なにこれ!? 泡が!」
フィアが目を丸くし、一口飲んで声を上げる。
「びっくりするけど……おいしい!」
アリアも慎重に口に含み、ゆっくりと頷いた。
「刺激があるのに、後味がすっきりしてるわ」
ミレイアやリーアも美味しそうに飲んでいた。
セリナはあかねに少しだけ分けてあげた。
「きゅ?」
ぺろり
「きゅぅ……」
気に入ったらしい
ツキも興味深そうに匂いを嗅ぎ、舐めてみて、首を傾げた。
「にゃ……?」
居間には驚きと笑いが、穏やかに混ざり合っていた。
◆◆◆
一方、その夜
教会中央監察局の大広間では、ようやく会議が終わりを迎えようとしていた。
灯りは落とされ、疲労の色が隠せない顔が並ぶ。
「……では、方針を確認する」
議長の声が、静かに響く
「各国・各神殿は、それぞれ割り当てられた地域を調査」
「目的は確認のみ、接触・刺激は厳禁」
「報告は定期的に中央へ」
「すべての情報は共有する」
異論はもう出なかった。
それぞれが限界を迎えている。
転移陣が再び起動し、各国の代表者たちは順に帰国していった。
その後――
ルミエール王国・冒険者ギルド本部では
会議を終えたフレイアは夜間担当として詰めていた
サブマスターの前に立っていた。
「竜種関連依頼の全面凍結を行う
最優先事項として、全国の支部へ通達して」
サブマスターは即座に頷く。
「了解しました。各支部には、国および教会関係者との連携も指示します」
「お願い」
フレイアは、少し間を置いて続けた。
「空白地帯の調査については――《ルミナ・ヴェール》に任せる」
内容が内容だから、私が直接説明するわ」
「その間は本部の代理をお願い
何かあれば緊急連絡用の魔道具を使用してちょうだい」
「承知しました」
短いやり取りだったが、そこには確かな信頼があった。
外套を手に取り、フレイアは息をつく。
(……仕事よ)
そう自分に言い聞かせる。
公私は、きちんと分ける。
それでも――
「……行ってくるわ」
世界は重く動いている。
その歯車のひとつとして、フレイアもまた静かに歩き出した。
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