第九話 まだ名前のない、守り方
屋敷に戻ってから、静は卵の置き場所を整え始めた。
用意してあった籠の中に、柔らかい布を何枚も重ねる。
肌触りのいいもの、保温性のあるもの、少し厚手のもの
丁寧に、慎重に、一枚一枚確かめながら敷いていく。
「割れないように……冷えないように……」
独り言のように呟きながら、布の位置を何度も調整する。
少しでも隙間があれば埋め、少しでも偏りがあれば直す。
まるで、赤ん坊の寝床を整えるかのような、細やかな気配りだった。
ツキは、その一部始終を真剣な顔で見ていた。
「にゃ、にゃ」
まるで――そうそう、そんな感じ。
と確認するように
籠の中央に卵をそっと置くと、ツキはすぐに近寄り
鼻先でくん、と匂いを確かめる。
慎重に、でも興味深そうに卵の周りを一周する。
「……気になる?」
「にゃぁ」
短く、けれどはっきりとした返事だった。
それ以来、ツキは卵のそばを離れなくなった。
日中、静やセリナが作業をしている間も
ツキは籠の近くに陣取り、時折位置を変えながら卵を見守る。
ときどき、布がずれていないかを確認するように前足で軽く押し
満足すると、また静かに座り込む。
まるで、自分が責任者であるかのような、堂々とした態度だった。
夜になると、その行動はさらに分かりやすくなった。
静が寝支度を整えている間、ツキは卵の入った籠をじっと見つめてから――
「にゃ」
小さく鳴いて中へ入った。
「……一緒に寝るの?」
静が思わず聞くと、ツキは当たり前のように籠の中で丸くなる。
卵を包む布に身体を寄せ、慎重に、でも迷いなく。
まるで
――私が温めるの
――だいじょうぶ、私がいるから
そう言っているみたいだった。
翌朝、籠の中で卵と寄り添って眠るツキを見て、誰も起こそうとはしなかった。
「……お姉ちゃん、ですね」
セリナが小さく微笑む。
アリアは腕を組み、静かに頷いた。
「守護している、というより……世話をしている、か」
「そうそう、完全に"私の妹(弟)"って顔してるよね」
フィアがくすくすと笑う。
ミレイアは少し距離を置いて卵を観察してから言った。
「孵化前なのに、ここまで安心しているのは珍しいですね。
環境として、かなり合っているのでしょう」
誰も、卵の正体を急いで知ろうとはしなかった。
それよりも
ちゃんと温かいか
冷えていないか
衝撃を与えていないか
皆の意識は、自然とそちらに向いていた。
その日の午後
セリナは礼拝堂に足を運んでいた。
いつも通り静かな祈りの時間
けれど今日は胸の内に浮かぶものが一つ多い。
(……無事に、孵りますように)
卵のことを思い浮かべながら、いつもより少しだけ丁寧に祈りを捧げる。
(正体は分かりませんが……あの子は、きっと生きています)
(どうか……)
祈りを終え顔を上げた、その時だった。
――心の奥に短い言葉が落ちてくる。
『大丈夫です』
それだけ、理由も説明もない。
けれど不思議と不安は消えていた。
(……ありがとうございます。ルーナフィリス様)
セリナは胸の内でそう答え、静かに頭を下げた。
その夜もツキは卵と一緒に眠っていた。
籠の中で布に包まれた卵のそば
小さな体を寄せ、温度を分け与えるように
静はその様子を見て、そっと灯りを落とす。
「……まだ何の卵か、分からないけどね」
ツキは眠ったまま、かすかに尻尾を動かした。
まるで
――分からなくてもいい
――守るの
そう言っているみたいだった。
卵はまだ孵らない。
それでもこの屋敷の中には、確かに一つ、守られている命があり
誰かが当たり前のように優しく見守っている。
それだけで――今は十分だった。
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