第五話 届いた想い、近づく足音
屋敷では今日も変わらぬ朝が始まっていた。
窓から差し込む柔らかな朝日が、廊下や部屋の中を優しく照らしている。
鳥のさえずりが遠くから聞こえ、風に揺れる木々の葉音が静かに響く。
いつもと同じ穏やかで平和な朝。
礼拝堂ではセリナが静かに祈りを捧げている。
祭壇の前に膝をつき、両手を胸の前で組み、目を閉じて深く呼吸する。
心を落ち着け、女神ルーナフィリスへと想いを馳せる。
いつも通りの、穏やかな時間
――そう思った。そのときだった
『……供えてくれた甘味、確かに受け取りました』
はっきりとした声が心の奥に響いた。
いつもの一言、二言とは違う。
やわらかく、確かな響きが、心に直接届く。
まるで目の前で誰かが語りかけてくるような、温かみのある声だった。
『ありがとう……私の愛しい聖女、セリナ』
「……っ」
思わず息を呑む。
けれど、驚きより先に、胸の奥がじんわりと温かくなった。
心臓が静かに高鳴り、全身に安心感が広がっていく。
(ちゃんと……届いたんですね)
セリナは祈りの姿勢のまま、心の中で語りかける。
目を閉じたまま、女神への感謝を込めて、言葉を紡いでいく。
(ルーナフィリス様のもとへ、ちゃんと届いたんですね。嬉しいです)
言葉は、自然と続いた。
(静様と二人で……いえ、ツキも一緒に、心を込めて作りました)
(また何かお送りしますので……よろしければ、お召し上がりください)
(ありがとうございます、ルーナフィリス様)
祈りを終えたセリナの表情は、どこか穏やかで満たされていた。
心の中に残る温かさが、彼女をそっと包み込んでいる。
ゆっくりと立ち上がり、祭壇に一礼してから、セリナは礼拝堂を後にした。
一方、キッチンでは、朝食の準備をする静の足元で
ツキが落ち着きなく耳を動かしていた。
ぴく、ぴく。
周囲を見回すように、小さく首を傾げる。
何かを感じ取っているような、少し警戒したような仕草だ。
「ん? どうかした、ツキ?」
静は手を止めて、ツキを見下ろす。
「にゃぁ」
答えになっているのかいないのか、よく分からない鳴き声
ツキはそのまま静を見上げているだけで、それ以上の反応を見せない。
静は少し考えてから、肩をすくめた。
「……気のせい、かな」
再び調理に意識を戻す。
フライパンを揺らし、野菜を炒める音が静かに響く。
朝食の準備は順調に進んでいた。
ツキはそれ以上何も言わず、ただ静の足元に座り込む。
けれどその尻尾はいつもより少しだけ忙しなく揺れていた。
まるで何かを気にしているかのように、左右に揺れ続けている。
朝食を終え、いつものように散歩の行き先を考えようと
静はマップを開いた。
「……あれ?」
空白地帯の端、フォルス側
そこに青い光点が四つ、はっきりと表示されている。
見間違いではない。
確かに四つの光点が、ゆっくりとこちらへ向かって移動している。
「これ……もしかして」
思わず声に出す。
「アリアたち、戻ってきたのかな?」
それを聞いたセリナが、首を傾げた。
「王都までの距離を考えると……少し、早すぎる気もしますね」
「だよね」
静は顎に手を当てる。
通常なら、王都まで往復するだけでも相当な日数がかかるはずだ。
それがこんなに早く戻ってくるというのは、何か理由があるに違いない。
「もしかしたら、何かトラブルがあったのかもしれない」
すぐに決断した。
「近くのコアまで転移して、迎えに行こうか」
「そうですね。もし緊急事態だったら、大変ですし……行きましょう」
セリナも賛成する。
ツキもその空気を感じ取ったのか、
「にゃぁ、にゃぁ」
――そうだね、と同意するように鳴いた。
◆◆◆
場面は変わり、空白地帯を進む、《ルミナ・ヴェール》の四人。
「前回と同じルートで進めば……静が気づくかもしれないわ」
アリアが言う。
マップを確認しながら、慎重に足を進める。
「そうね、マップに映ったら、近くのコアまで迎えに来るって言ってたわよね?」
リーアが続ける。
「言ってた言ってた!一番近いコア、あっちの方だったし、早く行こ♪」
フィアは相変わらず軽い。
足取りも軽快で、まるで遠足にでも来ているかのような雰囲気だ。
ミレイヤは周囲を見回しながら、落ち着いた声で言った。
「静なら、きっとすぐ気づくわ。
このルートは彼のエリア内だし、凶暴な魔獣はいないはず」
「……警戒は必要だけどね」
その言葉に、全員が頷く。
守られた場所を進んでいることを、誰もが肌で感じていた。
空気が穏やかで、周囲に敵意を感じさせる気配がない。
静が管理しているエリアは、明らかに安全だった。
そして支配エリアコア近く
転移の光が収まった直後
――真っ先に気づいたのはフィアだった。
「――あっ!」
ぱっと顔を上げる。
「静~!こっちこっち!ひさしぶり~!」
大きく手を振り、駆け寄ろうとする。
その表情は純粋な喜びに満ちていた。
「フィア」
アリアの声が、すぐに飛ぶ。
「嬉しいのは分かるけど、一応、周囲の警戒をしなさい」
「あ……ごめ~ん」
フィアは苦笑して立ち止まった。
「つい嬉しくて。ちゃんとするよ」
静はそんなやり取りを見て、少しだけ肩の力を抜く。
「……無事でよかった」
心からそう思った。
もしかしたら何かトラブルに巻き込まれたのではないかと
心配していたが、四人とも元気そうで安心した。
セリナもほっとしたように微笑んだ。
「お帰りなさい、皆さん」
ツキはというと、再会した四人を順番に見上げて、
「にゃ」
と、どこか誇らしげに鳴いた。
まるで「ちゃんと迎えに来たよ」とでも言いたげな
堂々とした鳴き声だった。
その後、一行は屋敷へと転移する。
まずは休息を取ってもらい、旅の疲れを癒すために。
静は四人を客室へと案内し、ゆっくり休んでもらうよう促した。
セリナも温かいお茶と軽食を準備する。
静はまだ知らない。
彼女たちがどれほど重い役目を背負って、ここへ戻ってきたのかを……
教会、王国、冒険者ギルド、三者の意向を背負い
慎重に接触するようにと命じられた任務
それがどれほどの緊張感を伴うものなのか、静にはまだ分からない。
――けれど
再び交わったこの日常は、確かに次の流れへとつながり始めていた。
静かに、しかし確実に、物語は動き出している。




