第三話 木の実と、ちょっと得意な案内役
朝の空気はまだ少しだけ、冷たかった。
静は籠を手に屋敷の外へ出る。
朝食用の食材を集める、いつもの収穫。
霜が降りるほどではないが、息が白く見える。
その少し前を黒い影が跳ねる
ツキだった。
本人はどうやら「見回り」をしているつもりらしく
時折立ち止まっては周囲を見渡し
またぴょこんと歩き出す。
尻尾を立てて、誇らしげに
――ただ、どう見ても
(……散歩だよな)
静は苦笑する。
ツキは草の間から顔を出した赤い果実を見つけると、ぴたりと足を止めた。
「にゃぁ」
ちらっと静を見る。
「にゃぁ、にゃぁ」
もう一度、少し強めに鳴く
まるで「見て見て」と言っているかのように
「……ん~、食べたいのかな?」
静が近づくと、ツキはその場でくるりと一回転し
誇らしげに果実を見上げた。
ステータスメニューをそっと開く
「食用可能か……」
小さく頷き籠に入れると
ツキは満足そうに「にゃぁ」と鳴いた。
完全に自分の手柄という顔だった。
◆◆◆
その頃、屋敷の中ではセリナが礼拝堂を整えていた。
床を拭き、簡素な祭壇に花を供え、静かに手を合わせる。
朝の光が差し込み、部屋全体が柔らかく照らされている。
「……今日も穏やかな一日になりますように」
祈りの中で、ふと、柔らかな気配が降りてくる。
『もっと、自由にしていいのですよ』
声は短く、穏やかだった。
『楽しんでいますか?』
問いかけというより、気遣いのような響き。
(……はい)
セリナは心の中で答える。
最近はこうして時折、一言二言だけが聞こえる。
明日は冷える、とか
無理はしないように、とか
神託というより
――まるで娘を案じる母の声のようだった。
(今日はですね……)
セリナは祈りの中で静かに語る。
昨日あったこと
ツキがはしゃいでいたこと
静が少し照れた顔で料理を教えてくれたこと
話すたびに胸の奥があたたかくなる。
◆◆◆
朝食のあと、静がふと思い出したように言った。
「そうだ、セリナ、木の実を採りに行ってみない?」
「木の実ですか?」
「うん。この間ツキがさ、果樹園の先の森で見つけたんだ」
ツキがぴんと耳を立てる。
「向こうじゃ見たことない種類なんだけど、ステータスでは『食用可能』って出てて、何かに使えそうかなって」
セリナは少し考え、にこりと微笑んだ。
「ツキが見つけたなら、きっと美味しい木の実だと思います」
そう言ってツキを見る。
「ね?ツキ」
「にゃぁ」
胸を張るように鳴くツキ
完全に誇らしげだった。
◆◆◆
森の中は静かで木漏れ日が心地よかった。
ツキは少し前を歩き、時折立ち止まっては
「にゃぁ」と鳴いて振り返る。
――完全に案内役だった。
「あ、これは……」
セリナが指差す
「とても甘い木の実ですね。市場にもあまり出回らないんですよ」
「へぇ……」
説明を聞くたび、ツキが「にゃぁ」と鳴く。
――まるで
「でしょ?」と言っているかのように
「こちらは焼き菓子に合いますし、これは保存食にもできます」
「にゃぁ」
呼ばれてもいないのに、毎回返事をする。
やがてツキは静の足元に寄ってきて
前足でちょん、と触れた。
「……何か作ってほしいの?」
「にゃぁ」
即答だった。
そのまま静の足にすり、と頬を寄せる。
「はいはい……」
静は苦笑しながら、ツキの頭を撫でる。
「下処理して、明日なにか作ろうか」
「はい。楽しみですね」
ツキは嬉しそうに尻尾を揺らした。
二人と一匹の、何も起こらない、穏やかな一日
木漏れ日が優しく照らしていた。
――その日常は確かに世界の外側で育っていた。




