第四話 海へ向かう、静かな気分転換
朝の屋敷は少しだけ静かだった。
食卓に並ぶ席は変わらないはずなのに
人の気配が減っただけで、空間が広く感じられる。
いつもなら賑やかな朝食の時間も
今日は静かだ。
「……やっぱり、静かですね」
セリナが湯気の立つスープを前にそう言った。
「うん」
静も小さく頷く
悪くはない。けれど、少しだけ物足りない。
アリアたちの笑い声が、恋しい。
「……気分転換にさ」
静は思いついたように言った。
「南の方、行ってみない?前に話してた……海の方」
セリナは一瞬驚き、それから、柔らかく微笑んだ。
「……いいですね。ツキも喜びそうです」
「にゃ?」
名前を呼ばれたわけでもないのに、ツキが顔を上げ、尻尾をぴんと立てた。
そのまま、「にゃ、にゃっ」と短く鳴いて、玄関の方へ小走りに向かう。
「……もう分かってるみたいだね」
静は苦笑した。
そうして二人と一匹は
特別な準備もせず、屋敷を後にした。
南へ向かう道は穏やかだった。
風に潮の匂いが混じり、遠くから、かすかに波の音が聞こえてくる。
空は青く、雲は少ない。
歩いているだけで、心が軽くなる。
しばらく歩いたところで――ツキがふいに足を止めた。
「にゃ?」
きょろきょろと周囲を見回し、それから少し先へ進む。
「にゃ、にゃ!」
振り返り、まるで「こっちだよ」と言うように鳴いた。
その表情は、どこか誇らしげだ。
「……案内してるつもり、かな?」
静がそう言うと、セリナがくすりと笑う。
「きっと、そうですね」
ツキの後を追うと
道の脇、草に半ば埋もれるように、休止中の支配エリアコアがあった。
「……見つけたな」
静がそう言うと、ツキは胸を張るように座り
得意げな顔をしているようで「にゃ」と鳴いた。
「はいはい、すごいすごい」
静は苦笑しながら、メニューを開く。
解放はいつも通り静かに終わった。
風が澄み、空気が少しだけ軽くなる。
それを確かめるように、ツキは一周ぐるりと歩き、満足そうに鳴いた。
「じゃ、行こっか」
そう言って、また歩き出す。
さらに進んだ先で、三人は思いがけない場所に出た。
海を見下ろす高台。一面に色とりどりの花が咲いている。
白、黄色、ピンク、青
風に揺れる花々が、まるで絨毯のように広がっている。
「……綺麗」
セリナが思わず声を漏らした。
「にゃ~!」
ツキは花の中へ飛び込み、嬉しそうに走り回る。
「ちょっと待って、ツキ」
セリナは膝をつき、いくつか花を摘み始めた。
器用に茎を編み、形を整えていく。
「……?」
不思議そうに見ていたツキの頭に、やがて小さな花の王冠が乗せられる。
「どうですか?」
「にゃ!」
ツキは一瞬固まり、それからくるりと一回転して見せた。
明らかに嬉しそうだ。
「似合ってるな」
静がそう言うと、ツキはさらに得意げに花畑を駆け回る。
その様子を見ながら、三人は高台に腰を下ろした。
セリナが広げた簡単な昼食
心地よい風
高い空
静は草の上に寝転がり、空を見上げる。
「……なんか、ピクニックに来てるみたいだね」
「ふふ……そうですね」
神託の話も、聖女の話も、誰も口にしなかった。
今は、ただ――穏やかな時間が流れている。
やがて日が傾き、海が夕焼けに染まる。
「そろそろ、帰ろっか」
「はい」
屋敷へ転移する前、静は一度だけ振り返った。
「……また、来ようか」
セリナは、柔らかく微笑む。
「ええ」
ツキも、「にゃ」と短く鳴く。
夕焼けが二人と一匹を優しく照らしていた。
世界が少しずつ騒がしくなっていることを
二人と一匹は知らないまま穏やかにすごしている。
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物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。
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