閑話 それぞれの思い
◆ 静の思い ◆
屋敷の廊下を歩きながら、静はふと立ち止まった。
少し前までこの場所は、ツキと自分だけの世界だった。
一人と一匹
それで十分に楽しく、穏やかで、満ち足りていた。
朝起きて、ツキに餌をやり、畑を見たり料理をしたり
散歩をして、夜は一緒に眠る。
そんな日々がずっと続くと思っていた。
だが今は違う
笑い声がある
足音が増え食卓が賑やかになった
誰かのために作った料理が「美味しい」と返ってくる。
――それが、こんなにも嬉しいなんて
ツキの世話をし、畑を見て、静かに暮らす日々も好きだった。
けれど人と話し、想いを交わし、この世界のことを少しずつ知っていくことに
自然と胸が弾むようになっている自分がいる。
アリアの頼もしい佇まい
リーナの真剣な眼差し
ミレイアの優しい微笑み
フィアの明るい笑い声
そして、セリナの祈るような美しい瞳
どれも一人では経験できなかったこと
「……悪くないな」
小さく呟くと、足元でツキが顔を上げた。
「にゃぁ?」
静は笑ってその頭を撫でる
柔らかな毛並みが、手のひらに心地よい。
この世界にはまだ知らないことがたくさんある。
それを――
誰かと一緒に知っていくのも、きっと悪くない。
◆セリナの思い◆
夜、用意された部屋で一人になったセリナは
胸に手を当てて静かに息を整えていた。
不安がなかったと言えば、嘘になる。
神託を信じて歩いてきた道は、いつも孤独と隣り合わせだった。
教会を出て、一人で旅を始めたときも
魔獣に襲われたときも
誰も頼れる人がいなかった。
けれど今ははっきりと思える
――ここまで来て本当によかった
アリアたち《ルミナ・ヴェール》との出会い
静という不思議な青年との出会い
そして、ツキという小さな存在
どれもが、運命を大きく変える出来事だった。
もし、あの時魔獣に襲われていなければ
もし、アリアたちに助けられていなければ
もし、この屋敷に辿り着いていなければ
「……恩返し、しないとね」
自分に出来ることは多くない
それでも、誰かの役に立ちたい
そう思える場所にようやく辿り着けたのだから
料理を教えてもらおう
掃除や洗濯もできる限り手伝おう
そして、祈りを
この場所が、いつまでも穏やかであるように
ふと、ツキの姿が脳裏に浮かぶ
あの子猫から感じる、不思議な感覚
神聖で、けれど教会のそれとはどこか違う。
神々に近しい存在なのかもしれない――
そう思いかけて、すぐに首を振る。
食いしん坊で、甘えん坊で、人懐っこい
あんな可愛い子が、そんな大層な存在なはずがない。
「……ふふ」
微笑みながら、セリナは目を閉じた。
明日からの生活を思い描きながら。
◆《ルミナ・ヴェール》それぞれの思い◆
◆アリア◆
地図を広げながらアリアは考える。
どこから調査を始めるべきか
どこまでを依頼として報告するべきか
だが同時にこの屋敷と静という存在の扱いには
慎重にならざるを得なかった。
――守るべきものだ
直感がそう告げている。
この場所は特別で、その主の静は善良だ。
だからこそ、教会や国家に知られすぎてはいけない
利用されてはいけない
報告は最小限に。詳細は伏せて
ただ「安全である」とだけ伝えればいい
◆フィア◆
ベッドに転がりながら、フィアは尻尾を揺らす。
頭の中はほとんど食事のことと、ツキのこと。
「明日は何食べれるかな~
ツキ、また触れるかな~」
探索?……まあ、そのうち
アリアが何とかするでしょ
◆リーナ◆
屋敷の設備を思い返しながら、リーナは興奮を抑えきれずにいた。
魔道具とも違う、けれど魔力を感じる仕組み。
結界に支配エリア、解析したいことは山ほどある。
「……本当に、興味深いわ」
静に許可を取って、詳しく調べさせてもらおう。
きっと、新しい発見があるはずだ。
◆ミレイア◆
窓の外に広がる果実林や畑を眺めながら、ミレイアは静かに思う。
ここの植生は森とも違う、とても生命力に満ちている。
この土地は――優しい。
そう感じるのは、森の民としての感覚なのかもしれない。
それぞれが、違う思いを胸に抱きながら
同じ屋根の下で、夜は静かに更けていく。
世界は――また少しだけ、動き始めている。
静かに、だが確実に。
この出会いが、どんな未来を紡ぐのか。まだ誰も知らない。
だが、確かなことが一つある。
この場所は――
もう、一人だけの場所ではない。
それぞれの想いが交差し、それぞれの未来が重なり合う場所へと
変わり始めている。
月明かりが
屋敷を優しく照らしていた。
イメージソングを作成してみました。
もし興味を持って頂けましたら、曲を聴きながら読んでくれたら嬉しいです。
物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。
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カクコムでも先行掲載しています。
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