第四話 静かな緊張、祝福される声
その日、ツキの様子がいつもと少し違っていた。
朝から落ち着きなく、屋敷の中を行ったり来たりしている。
静が声をかけると近寄ってはくるものの、すぐにまた耳をぴくりと動かし
どこか遠くを気にしているようだった。
尻尾も落ち着きなく揺れ、時折窓の外を見つめている。
「……どうした、ツキ?」
問いかけても返ってくるのは「にゃ……」
という曖昧な鳴き声だけだ。
甘えるようでいて、何かを探しているようでもある。
いつもなら、静の膝に乗って丸くなっている時間なのに、今日は違う。
その様子を見ているうちに、静の胸にも
言葉にできないもやもやが溜まっていった。
理由は分からない。
ただ、今日は何かが違う――そんな感覚だけが残る。
最近は日課になりつつあった海へ向かう散歩も、この日は取りやめにした。
代わりにツキを連れて屋敷の外へ出て
果樹園と呼んでも差し支えないほど広がった木々の間を歩く。
瑞々しい葉を揺らす野菜畑を眺めながら、ゆっくりと時間を過ごした。
ツキは時折立ち止まり、何かを確かめるように周囲を見回す。
静もそれに付き合い、ただ静かに待つ。
昼食を終え、後片付けをしていた、その時だった。
――視界の端が淡く光る。
「……え?」
ステータスボードが自動的に展開されていた。
表示されたマップの上に、見慣れない光点が浮かんでいる。
数は、五つ。
色はすべて黄色
――中立を示す色。
静がこの世界に転移してから支配エリア内に表示された
初めての『他者の反応』だった。
「……こっちに、向かってる?」
光点はゆっくりと、だが確実に屋敷のある方向へと近づいている。
上位支配エリアコアが存在するこの領域に
侵入できているということは――
「少なくとも、敵意は……ない、よね?」
緊張で喉が少しだけ鳴った。
心臓が、少し速く打っている。
人との出会い
それも、この世界で初めての
静はツキを抱き寄せ、背を撫でる。
その温もりに、少しだけ心が落ち着いた。
「……大丈夫だよな」
ツキは「にゃ……」と小さく鳴いて、静の腕に身を委ねた。
その重みが、心地よい。
静はそれ以上動かず、ただ待つことにした。
◆◆◆
場面は変わり
セリナと《ルミナ・ヴェール》の四人は立ち止まっていた。
目の前には薄く霞が掛かった空間が広がっている。
それはこれまで進んできた空白地帯とは、明らかに違っていた。
境界線がある
そうとしか言いようのないほど、はっきりと
まるで世界そのものが、ここから先を区切っているかのようだった。
霞の向こう側は、ぼんやりと景色が見えるが、詳細は掴めない。
「……周囲の様子と明らかに違うな」
アリア・フェルゼンが慎重に言葉を選びながら呟く。
「どうする?」
「ここまで来たんだし、いっちゃえば?」
フィア・ルゥは、いつもの調子で肩をすくめた。
軽口のようでいて、その瞳は油断なく霞の奥を見据えている。
「この先の魔力……かなり安定しています」
リーナ・エルシェが、静かに分析する。
「乱れも、害意も感じません。
少なくとも、危険な結界ではないと思います」
「……結界、ですね」
ミレイア・ノートは霞の縁に手をかざし、そっと目を細めた。
「拒絶するためのものではなく……
"区切る"ための結界のように感じます」
全員の視線が、セリナへと向いた。
セリナは霞の向こうを見つめたまま、小さく息を吸う。
――ここだ
理由は分からない。
けれど、この先に自分が求めていた『何か』がある。
胸の奥で何かが共鳴している。
「……この先に」
セリナははっきりと口にした。
「私が、ずっと探していた答えがある気がします」
その言葉にアリアは一瞬だけ目を閉じ、そして頷いた。
「なら、進もう」
全員が意思を揃え、霞の中へと足を踏み出した。
その瞬間――
セリナの耳に声が届いた。
途切れず、歪まず、混じらず。はっきりと、言葉として
『――迷い子よ』
胸が、震えた。
『よくここまで来ました』
それは静かで、やさしく、確かな声
『この先に貴女を待つ者がいます』
『恐れず、進みなさい』
『月はすでに――』
そこで声は途切れた。
セリナはその場で立ち尽くし、涙が自然と溢れてきた。
「……セリナ?」
異変に気づいたミレイアが振り返る。
「どうかした……の?」
その問いかけにセリナは顔を上げた。
美しい瞳から、大粒の涙が零れ落ちている。
「……聞こえたんです」
声は、震えている
「……やっと、言葉として……」
それ以上、言葉が続かなかった。
嬉しさと、安堵と、そして少しの驚き。
全てが混ざり合って、胸が一杯になる。
ミレイアはそっとセリナに近づき、優しく微笑む。
「そっか」
静かな声だった。
「よく、今まで頑張ったね」
肩にそっと手を置く。その温もりがセリナを包み込む。
「自分を信じて、ここまで来て……本当に良かった」
アリアは静かに頷き、フィアは明るく笑い、リーナは安堵の息を吐いた。
祝福の視線の中でセリナは涙を拭い、深く息を整える。
「……ありがとうございます」
晴れやかな顔でそう言い。
「ここまで来られたのも、皆さんが一緒だったからです」
そして、霞の向こうを見据える。
「きっと、この先に……私が探していた答えがあります」
セリナは一歩、踏み出した。
「行きましょう」
運命が静かに重なろうとしていた。
――出会いは、もうすぐそこにある。
世界は――また少しだけ動き始めている。
静かに、だが確実に。
二つの道が、一つに繋がろうとしている。
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