第三話 砕けかけた結界と差し伸べられた矢
神託を受けた夜から、数日が過ぎていた。
セリナの旅路は、決して順風満帆ではなかったが――
それでも、どこか導かれているような感覚があった。
道を選ぶたび、森を抜けるたび
「こちらだ」という曖昧で、それでいて確かな感覚が、胸の奥に小さく灯る。
それは言葉ではなく、ただの直感。その直感を信じて歩き続けていた。
その夜
その感覚は唐突に断ち切られた。
――重い、衝撃音
地面を踏み砕くような低い振動が背後から迫ってくる。
木々が揺れ、鳥が一斉に飛び立つ
何か大きなものが近づいている。
振り返った瞬間、セリナは理解した。
強力な魔獣
空白地帯に棲むそれは並の冒険者では太刀打ちできない存在だった。
巨大な体躯、鋭い牙
そして殺意に満ちた目
「……っ」
逃げた
必死に
ただ前へ
獣避けの香を焚き、森の地形を利用し、少しでも距離を稼ぐ
だが、それでも足音は近づいてくる。
重い規則正しい足音。それは、確実にこちらを追っている。
やがて、背後の気配が――
止まった
それは諦めではない
獲物を追い詰めた捕食者の静かな間だった。
次の一撃で仕留める、その準備。
「……ここまで、ですか……」
セリナは歯を食いしばり、両手を胸の前で組む。
結界魔法、展開
淡い光が広がり、彼女の身体を包み込む。
聖女見習いとして学んだ、基本的な防御魔法
これでどこまで耐えられるか。
次の瞬間、魔獣の一撃が結界に叩きつけられた。
――鈍い音
――軋む感覚。
「……っ」
結界に細かなヒビが走る。
視界の端で光の膜が歪んでいくのが見える。
攻撃魔法を使えない自分には反撃の手段はない
回復はできても削ることはできない
耐えるしかない
時間の問題だった。
もう一撃、二撃――
ヒビは、確実に広がっていく
光が弱まり、結界が薄くなっていく
「……神様……」
祈りは言葉にならなかった。
心の中で必死に願う
助けてください、と
結界が砕ける――
そう覚悟した
その瞬間
――ヒュンッ
空気を裂く音
次いで重い衝撃音と魔獣の咆哮
「……え?」
魔獣の巨体がぐらりと揺れる。
その肩口には一本の矢が深々と突き刺さっていた。
矢羽が震え、血が滴る。
「……命中」
低く、確信に満ちた声
木々の間から飛び出してきたのは、猫のようにしなやかな動きの少女
猫獣人の斥候、フィア・ルゥだった。
◆◆◆
少し前
小川のそばで《ルミナ・ヴェール》は休憩を取っていた。
「この辺り、静かすぎない?」
フィアが耳を動かしながら言う。
獣人特有の鋭い聴覚が何かを感じ取っている。
「魔力の流れが歪んでるわね……」
ミレイア・ノートが周囲を警戒する。
エルフの感覚が、異常を察知している。
その時
――ドン、と
森の奥から重い衝撃音が響いた。
全員が即座に身構える。
手が武器へ伸び、魔力が集まる。
「魔獣同士の争いか?」
リーナ・エルシェが呟く
フィアの耳がぴくりと動いた。
「……違う」
「人の声、聞こえた」
「たぶん……女の人」
アリア・フェルゼンは一瞬も迷わなかった。
「……助けに行こう」
「フィア、先行できる?」
「任せて!」
その判断に、誰も異を唱えない。
危険な空白地帯
依頼外の救助
それでも《ルミナ・ヴェール》は、そういうパーティだった。
困っている人を見捨てない。
それが、彼女たちの信念。
◆◆◆
フィアの矢が魔獣の注意を引きつける。
「今だよ!」
続いて仲間たちが合流し、連携の取れた動きで魔獣を牽制、包囲する。
アリアの剣が閃き
リーナの魔法が炸裂し
ミレイアが補助魔法で支援する。
数合の後、魔獣は地に伏し
静寂が戻る。
セリナは崩れ落ちそうになる身体を必死で支えながら
目の前の光景を見つめていた。
――助けられた?
見知らぬ冒険者たちに……
「怪我は?」
剣を携えた女性が声を掛ける。
「……は、はい……結界で防ぐことが出来ていたので、なんとか……」
ミレイアがすぐに近付き状況を確認する。
優しい目でセリナを見つめる。
「結界魔法……聖女系ね」
その言葉にアリアは静かに頷いた。
「君、一人でここに?」
「……はい」
少し迷ってからセリナは続ける。
「……元、聖女見習いです」
空気が、僅かに変わった。
事情を聞くうちに、神託らしきものを確かめるための旅だと分かる。
それは《ルミナ・ヴェール》の極秘依頼とも、無関係ではない気配を帯びていた。
「……私たちは、空白地帯の奥を目指している」
アリアは言葉を選びながら告げる。
「もし良ければ、同行しない?」
セリナは慌てて首を振った。
「で、でも……ご迷惑に……」
その時、フィアが割って入る。
「じゃあさ!」
「目的地まで護衛するから、セリナは料理担当!」
「え?」
「私たち、全員料理下手でさぁ」
リーナが短く頷く
「事実」
ミレイアも苦笑した。
「……それは、切実ですね」
セリナは思わず、小さく笑ってしまった。
緊張が解けていく。
胸の奥で張り詰めていたものが、ゆっくりとほどけていく。
「……それなら、私にも出来ることがあります」
こうして
セリナと《ルミナ・ヴェール》の四人は、同じ道を歩き始めた。
彼女の直感が示す先――
静の支配エリアへと
まだ互いを深く知らぬまま、それでも確かに近づきながら
静とツキ
セリナと冒険者たち
その出会いは、もうすぐそこまで迫っていた。
世界は――また少しだけ、動き始めている。
静かに、だが確実に
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