閑話 観測者の独白
世界は常に、音を立てて動いている。
人の祈りが重なり、国の思惑が絡み
小さな日常が静かに積み上がることで
その振動は、わずかずつ位相を変えていく。
目に見えない変化
確かに存在する変化
教会
国家
辺境の屋敷
月を仰ぐ、名もなき夜。
それらは本来、交わるはずのない線だった。
それぞれが独立して存在し、それぞれが別の方向を向いている。
教会は信仰を、国家は秩序を、屋敷は静寂を、そして夜は祈りを
だが今、確かに――ひとつの流れとして、収束し始めている。
まるで、目に見えない糸が
それぞれを結びつけているかのように。
偶然ではない
必然でもない
世界がそうなるように動いている
聖女制度は秩序のために整えられた。
信仰を管理し、奇跡を分類し、国にとって
"都合のよい神意"だけを選び取るための仕組みとして。
それは何百年も前に確立され、今もなお機能している。
司祭たちは誠実だった。彼らは嘘をついているわけではない。
制度に従っているだけだ。
だが誠実さは、必ずしも真実を掬い上げない。
曖昧な応え
言葉にならない導き
制度に記載できない兆し
それらは記録されず、語られず
いつの時代も
"なかったこと"にされてきた。
都合の悪いものは、排除される
理解できないものは、無視される
それが、人間の作った制度だ。
辺境の屋敷では、静が鍋をかき混ぜ
ツキがいつも通りの距離でそれを眺めている。
何も起きていないようでいて、その場には確かに余白があった。
世界がまだ名前を与えていない空白
だが、その空白こそが、意味を持つ。
そこへ向かう意識が、ひとつ、またひとつと
無自覚のまま触れ始めている。
教会の者たちは、あの場所を観測している。
国家の者たちは、あの場所を警戒している。
冒険者たちは、あの場所を探している。
そして、一人の少女は、あの場所へ向かって歩いている。
誰も、理由を明確には言えない。
皆、引き寄せられている。
セリナが見た夢は、神託と呼ぶにはあまりに不完全だった。
言葉は途切れ、映像は曖昧で、意味は不明瞭。
教会が認定する「神託」の基準を、何一つ満たしていない。
だが――
だからこそ、届いた。
強い言葉ではなく
命令でもなく
選択肢として
確かめよ
それだけで十分だった。
彼女は自分の意志で、歩き出した。
誰かに言われたからではなく、自分がそうしたいと思ったから。
わたしは観ている
導きはしない
人が自ら歩き出す瞬間だけを
等しく見届けるために
それが、観測者としての役割だ。
手を差し伸べることも、声をかけることも
許されていない。ただ、記録するだけ。
国家が動く
教会が判断を下す
日常は何も知らずに続いていく
それでも――月は、そこに在り続ける。
静かな場所で
名を持たない応えが、
誰かに見つけられる日を待ちながら
次に世界が音を立てるとき、その中心に立つのは
選ばれた者ではない。
選んだ者だ。
それをわたしは知っている。
静は、この世界に来ることを
ツキは、静の傍にいることを
セリナは、教会を出て旅に出ること
冒険者たちは、この依頼を受けることを選んだ。
全て、自分の意志で
その選択がやがて一つの場所で交わる。
わたしは、その瞬間を待っている。
記録するために
見届けるために
世界は――
また少しだけ動き始めている。
静かに確実に
その動きはやがて大きなうねりとなるだろう。
それが、いつなのか
どこでなのか
どのような形でなのか
まだ、誰も知らない
だが、確かなことが一つある。
それは、もう止められない。
流れは始まり、歯車は回り
物語は動き出した。
わたしはただそれを見守る。
遠くから、静かに、ただ在ることで
――観測者として
カクコムでも先行掲載しています。
もし続きが気になって読んでいただける方が居たら下記のページでお願いします。
https://kakuyomu.jp/works/822139842423376578




