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第四話 月へ向かう、静かな決意

最初は、ただの夢だと思っていた。


あの"応え"を感じた夜からセリナは時折、同じような夢を見るようになった。

内容ははっきりしない。

物語のような筋もなければ、言葉が整っているわけでもない。

映像も曖昧で、時には色すらはっきりしない。


ただ――断片だけが、確かに残る。


静かな場所

そして何かを確かめるように促す、曖昧な感覚


(……また、です)


目を覚ますと胸の奥に小さな余韻が残っている。

怖さはない、けれど安心とも違う。

まるでそっと背中に触れられているような――

そんな静かな圧だった。

誰かが、自分を呼んでいる。

それが誰なのか、何のためなのか、わからない。


セリナは何度か、司祭にそのことを相談した。


「夢、ですか……」


年配の司祭は眉を寄せ、慎重に言葉を選ぶ。

彼は長年この教会に仕えており、多くの聖女見習いを見てきた。

だが、このような事例は初めてだった。


「話に聞く"神託"とは、やはり違いますね。

 内容が曖昧で、言葉として結ばれていない」


「はい……」


「疲れや不安が、夢として表れているのかもしれません。

 あなたはずっと真面目に務めてきましたから」


責める調子ではなかった。

むしろ心配しているのが、はっきりと伝わってくる。

司祭の目には、優しさと、そして少しの困惑が浮かんでいた。


他の聖女見習いたちも同じだった。


「無理しすぎだよ、セリナ」

「少し休んだ方がいいんじゃない?」


誰も彼女を否定しなかった。皆、彼女のことを心配している。

だからこそセリナはそれ以上は夢の話をしなくなった。


誰かに心配をかけたくない。

それに……自分でもよくわからないのだ。


(……きっと、気のせい)


そう言い聞かせながら日々の務めに戻る。

いつも通りに祈り、癒し、寄り添う

朝は早く起き、夜は遅くまで働く

誰かのために、ただひたすらに


けれど――

夢は消えなかった。


むしろ、日を追うごとに鮮明になっていく


月の光

静かな場所

そして、確かめよという声


そして迎えた十六歳の朝

聖女見習いとして教会に在籍できる、制度上の節目の日。

これ以上は見習いではいられない。

決断を迫られる日だ。


目を覚ました瞬間から、胸の奥がざわついていた。

理由は分かっている。


(……今日で、終わるかもしれない)


いつものように身支度を整え、祈祷室へ向かう。

何度も歩いた廊下

何度も跪いた祭壇

セリナは静かに祈った


――どうか、導きを


けれど……

やはり所属する教会の祀る神からの

"神託"はなかった。


沈黙だけがそこにあった。

いつもと変わらない静かな祈祷室

何も答えてくれない祭壇


祈祷室を出ると司祭たちが待っていた。

皆、彼女の努力を知っている顔だった。


長年見守ってきた人々

彼女のことを本当に大切に思っている人々


「セリナ」


「……はい」


「聖女見習いとしての在籍は、ここまでです」


静かな宣告

制度として、避けられないもの

そんな司祭の声には後悔が滲んでいた。


「だが――」


司祭はすぐに言葉を続けた。


「治療師として、教会に残る道はある。

 あなたほど信頼されている者はいない」


「ええ、孤児院や炊き出しも……

 あなたがいなくなれば困ります」


助祭も、他の聖女も、皆が口々に言った。

居場所も役割もある。


ここに残ればきっと幸せに暮らせる。

誰もがそう思っていた。


それでも

セリナはゆっくりと首を振った。


「ありがとうございます。本当に……感謝しています」


深く頭を下げる。

心からの感謝、それでも


「でも……私は」


言葉を選びながら、続ける


「自分が何者なのかを……確かめたいんです」


静まり返る室内

誰もが驚いた顔をしている。


「ここに残れば、きっと穏やかに過ごせます。

 でも、それでは……

 この胸に残るものから、目を逸らしてしまう気がして」


夢のことは言わなかった。

誰も信じないだろうし、心配をかけるだけだ。

けれど、その決意は揺るがなかった。


「申し訳ありません」

もう一度、深く頭を下げる。


引き留める声を背にセリナは教会を後にする。


わずかな荷物

聖女見習いとして支給されていた給金と

信徒からのささやかなお布施。


それを元に必要最低限の装備を整える。

旅に必要な衣服、食料、水筒、地図。

武器は持たない。自分には、必要ないと思った。


そして、心の中で反芻する。


静かな場所

確かめよ


(……思い当たる場所は……ひとつだけ)


噂で聞いた辺境

人の手があまり入らない、静かな土地


最近、冒険者たちの間で話題になっている場所。

詳しくはわからないが、何かがあるらしい。


誰にも迷惑をかけないように……

誰にも期待されないように……

セリナは単身で歩き出した。


街の門を抜け、舗装された道を進む。

やがて道は細くなり、森の中へと続いていく

振り返れば教会の尖塔がまだ見える。

それでも、もう戻らない。


まだ知らない出会いの先へ


まだ名も持たない、"応え"の元へ


それが彼女の選んだ一歩だった


世界は――

また一つ動き始めている。

静かに

だが確実に。

カクコムでも先行掲載しています。


もし続きが気になって読んでいただける方が居たら下記のページでお願いします。


https://kakuyomu.jp/works/822139842423376578

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