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観測者に見守られる屋敷で生きることにした ~静は世界を支配しない~  作者: 灯乃しんわ
第十三章 夏の気配と広がる世界

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第一話 空白の先にあるもの

夏の気配が近づいてきた頃、《ルミナ・ヴェール》はいつもの定期調査で空白地帯の奥へと足を踏み入れていた。

春の間に何度か歩いた道のりも、季節が変わるにつれて少しずつ顔を変える。

木々の葉が濃くなり、鳥の声が増え、足元の草が勢いを増していた。


空白地帯の内側は相変わらず穏やかで、魔物の気配もない。

それでも定期的に歩いて確かめることが、彼女たちなりの仕事だった。


今日は洞窟の奥まで入ってみよう、とアリアが言い出したのは入り口付近で見慣れない風の流れを感じたからだった。


◆◆◆


「……ここ、こんなに続いてたっけ?」


アリアが足を止め、ランタンの光を先へ向けながら呟く。

何度か足を踏み入れた場所のはずなのに、一歩進むごとに空気の感触が書き換わっていくような、奇妙な感覚があった。


乾いた足音が、岩肌に吸い込まれていく。


「前は、このあたりで引き返したわね。……少し、様子が違うわ」


リーナが壁面に指先を滑らせる。

魔術師としての感覚が、岩の表面に残るわずかな規則性を拾い上げていた。


(……魔力の痕跡。ごく微量だけど、均質に分布している。自然の岩盤にこういう分布はしない)


口には出さない。

ただ、ペンダントをそっと握った。


ひんやりとした静寂の中に、微かな動きがある。

それは、行き止まりの洞窟には本来存在しないはずの――


「風……?」


ミレイアが顔を上げ、耳を澄ませた。


自然に吹き抜ける乱暴な風ではない。

細く、一定のまるでこの洞窟が呼吸をしているかのような

穏やかな『流れ』だった。


「少しだけ、見てみる?」


アリアの提案に三人は短く頷いた。

互いの距離を保ちつつ、足元を確かめながらさらに奥へと進む。


◆◆◆


やがて、通路がゆるやかに広がり始めると

岩肌の色が暗がりの中でもわかるほどに変わっていく。

粗かった表面が、どこか意図的に整えられたような、幾何学的な輪郭を持ち始めていた。


そして――


「……開けてる」


フィアが小さく声を漏らした。

視界の先に柔らかな光があった。

それは洞窟の出口というより、静かに別の空気へ繋がっているように見えた。


一歩、踏み出す。

足元の感触が自然な土から、誰かが均した後のような安定した地面へと変わった。


「……谷?」


目の前に広がっていたのは、驚くほど静かな空間だった。

両側を緩やかな岩壁に囲まれ、その隙間を埋めるようにまばらな木々が立っている。

そして、何よりも目を引いたのは――


「石……だよね、これ」


フィアが指差した先には、規則的に並んだ石の塊があった。

自然に崩落したにしては整いすぎている、柱の跡のような構造物。

それらは主張することなく、ただ風景の中に溶け込んでいた。


「……遺跡、みたいね」


ミレイアが呟くが、その声に緊張はない。

むしろ、屋敷の庭にいる時のような、不思議な安らぎさえ感じていた。


「うーん、どうだろう」


アリアが近くの石に触れる。

冷たい岩の感触。

けれど角の取れ方は自然が長い年月をかけて削ったものとは、どこか質が違って見えた。


「昔のもの……かもしれないわね」


断定はしない。

ただ、そういう『気配』がそこにあった。


◆◆◆


ふと見ると、地面の隙間に小さな結晶が顔を出していた。

透明に近く、わずかに属性の予感を含んだ淡い輝き。


「綺麗……ね。持って帰る?」


フィアがしゃがみ込み、覗き込む。

その時、リーナが静かに隣にしゃがんだ。

指先を結晶のすぐ近くまで近づけ、触れるか触れないかの距離で止める。


(……魔力の自発的な放出。微量だけど、継続的。これは単なる鉱石じゃない)


脳裏に屋敷コアのステータスウィンドウが浮かんだ。

休止中の支配エリアコアを初めて見た時の感覚に、どこか似ていた。


(……静に見せた方がいいかもしれない)


口には出さないが、立ち上がりながらアリアへ視線を向けた。

アリアはその視線を受けて、少しだけ考えて首を横に振る。


「今日はいいわ。場所がわかれば、それで十分ね。」


無理に何かを奪う必要はない。

ここにあるという事実を、ただ受け取ればいい。

それが、あの屋敷で静たちと過ごすうちに身についた、彼女たちなりの誠実さだった。


リーナは小さく頷いた。

同意見だった。


◆◆◆


風が静かに谷を吹き抜ける。

音はほとんどない。澄んだ空気が流れているだけ。


「静を連れてきたら、なんて言うかな」


フィアがふと思い出したように笑うと、アリアも口元を和らげた。


「そうね。たぶん――」

「『使えそう』って、言うんじゃないかしら」


アリアの言葉に、リーナもミレイアも小さく吹き出した。


「絶対そう言う」


フィアが笑いながら続けた。


「で、セリナが『素敵な場所ですね』って言って、静が『じゃあ今度みんなで来ようか』ってなるんでしょ」

「……目に浮かぶわね」


ミレイアが穏やかに笑う。

特別な場所、という感じはしない。

ただ、少しだけ不思議で、少しだけ整っている。

それだけの場所。


「戻りましょうか」


誰からともなく言った。

もう少し見て回ることもできたが、今日はこれで十分な気がした。

来ようと思えばいつでも来られる。

その程度の心地よい距離感。


◆◆◆


振り返ると、来た道がそのまま続いている。

迷うことはなさそうだった。


最後にもう一度だけ、谷を見渡す。

石は何も語らず、ただそこに在るだけ。

それでいいのだと、そう思えた。


「……うん、覚えたわ」


アリアが呟き、歩き出す。

三人も後に続く。


再び洞窟の薄暗さの中へ戻っても、足取りは驚くほど軽かった。

特別なことは、何も起きていない。

ただ少しだけ、奥へ行っただけ。

それだけのこと。


それでも――


彼女たちの知る世界が、また少しだけ

静かに広がった気がしていた。

イメージソングを作成してみました。

もし興味を持って頂けましたら、曲を聴きながら読んでくれたら嬉しいです。

物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。

https://suno.com/@10monoshin8


カクコムでも先行掲載しています。

もし続きが気になって読んでいただける方が居たら下記のページでお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/822139842423376578

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