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観測者に見守られる屋敷で生きることにした ~静は世界を支配しない~  作者: 灯乃しんわ
第十章 静かな善意が風になる

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第二話 街に馴染む善意

フォルツの午後は、朝よりも少しだけ柔らかい賑わいを見せていた。


昼の仕事を終えた者が行き交い、露店の呼び声が通りにほどよく広がる。

こんがりと焼けたパンの匂い、香草の香り、荷車の軋む音。


宿の一室での休憩を終えた静たちは、約束どおり現地確認のため外へ出ていた。


「お待たせしました」


フォルティナが軽く頭を下げる。

その隣には、腕を組んだフレイア。

二人とも午前の仕事を終えて戻ってきたばかりらしく、表情は整っているのに、どこか忙しさの余韻が残っていた。


「いえ。私たちも良い休憩になりました」

セリナが柔らかな微笑みで返す。


静は周囲を一度見回してから、短く頷いた。

「じゃあ、まずは明日の予定地から見に行こうか」


「ええ。先に広場の導線を慎重に見ていきましょう」

フォルティナはすぐに実務の顔に戻る。


◆◆◆


炊き出し予定地は、フォルツの中心から少し外れた広場の一角だった。

人通りは多いが完全に往来を塞いでしまうほど狭くはない。

少し離れた場所には荷車の退避スペースもあり

何より診療用の簡易天幕を張る場所としても、視線と導線のバランスがよかった。


「炊き出しはこの辺りです」


フォルティナが示した位置には、すでに地面へ印が付けられている。

鍋の設置場所、薪の仮置き、そして人々が並ぶ列の折り返し位置。

細かな配慮が目に見える形で残っていた。


「列は直線に延ばさず、あちらの角で一度折る形にします。そうすれば、急な急患や荷車が通る際も、人の流れを止めることなく捌けますので」


「うん、いいと思う」

静は素直に答えた。

「待つ人も、通る人も困らない方がいいしね」


その言葉にフォルティナの肩の力がほんの少しだけ抜ける。

実務の説明が『伝わっている』感触はそれだけでありがたかった。


フレイアは会話に入らず、半歩外側で周囲を見ている。

視線は広場の入口、屋台の並び、人の滞留しやすい角、物陰――

必要な場所だけを軽くなぞるように動いていた。


(……今日の空気は悪くないわね)


興味は向けられている。

けれど、こにあるのは不信感や敵意ではない。

『何かやるらしい』という街の自然な好奇心の範囲だ。


◆◆◆


《ルミナ・ヴェール》の四人も広場へ着いた時点で自然に散っていた。


アリアは全体を見渡せる位置に立ち、広場全体の流れを確認する。

リーナは人の往来の速さと溜まり方を観察し、狭くなりやすい箇所を静かに記憶していく。

ミレイアは地面や壁際に残る魔力の偏りを確かめ、診療所を置く位置に問題がないかを見ていた。

そしてフィアは、何も言わず静とセリナの近くにいる。


護衛のために『張り付いている』のではない。

ただ自然に、会話の輪に混ざれる距離を保ったまま立っている。


「こっちの通り、夕方は市場帰りの人でかなり混みそう」

リーナが戻ってきて短く告げる。


「市場が閉まる時間帯ですね」

フォルティナが即座に頷く。

「開始時刻を少し早めれば、混雑の山を避けられるかもしれません」


ミレイアも合流し、穏やかに言った。

「診療側の場所、魔力の流れはとても安定しているわ。

 人の気配も抜けやすいから、待つ人の負担も少ないと思う」


セリナが安心したように微笑む。

「それなら、良かったです」


フィアは周囲を見ながらぼそりと呟いた。

「思ったより『やれそう』な場所だね」


アリアが軽く笑う。

「ええ。特別な舞台って感じじゃないのがいいわ」


それは静も同じ印象だった。

広場は生活の延長にある。

だからこそ、ここでやる意味がある。


◆◆◆


一通り広場を見たあと、フォルティナが言った。


「このまま周辺の露店を見て回りませんか? 明日の材料の最終確認を兼ねて」


「材料の確認?」

静が聞く。


「ええ。それと、地元で用意できるものは地元で賄った方が、受け止められ方が柔らかくなります」


押しつけではなく、街の循環の中に馴染ませる

その考え方は今回の趣旨に合っていた。


「いいですね」

セリナも頷く。

「当日不足した時の補填先を把握しておけると安心です」


「決まりね」

フレイアが肩をすくめる。

「じゃ、私は周り見ながらついてく。ティナ、案内は任せたわよ」


「ええ」


◆◆◆


露店通りは、広場よりもさらに生活の匂いが濃かった。

天日干しにされた色とりどりの野菜、鼻をくすぐる乾燥香草、

樽に詰められた豆、燻製にされた干し肉。

品の並べ方にも店主の癖が出ていて、歩くだけでも見ていて飽きない。


静はある露店の前で足を止め、籠に盛られた玉ねぎを見た。

形は少し不揃いだが、締まりがよく香りも強い。


「これ、スープに合いそう」


店主がすぐに胸を張る。

「だろ? 煮ると甘くなるよ。今朝入ったばっかりだ」


フォルティナが自然な口調で間に入り、量や価格の目安を確認する。

領主としてではなく、実務慣れした一人の交渉役として。

そのやり取りは滑らかで、店主側も構えていない。


セリナは別の店先で、細かく挽かれた小麦粉と香草の束を見ていた。


「こちらの粉、焼き菓子にも使えそうですね。とても丁寧な仕事です」


「お、嬢ちゃん見る目あるね」

年配の女性店主が笑う。

「細かめに挽いてるから、口当たりが良いよ」


セリナは嬉しそうに微笑み、香草の束も手に取った。

「香りもいいです。少し混ぜるだけでも、食べやすくなりそう」


静が横から覗き込む。

「子ども向けでもいけそう?」


「はい。入れすぎなければ、風味がやわらかくなります」


そんな会話をしている間もフィアは半歩後ろにいて

視線だけは通りの先を拾っている。

アリアたちも適度に位置を変えながら、自然に包む形を崩さない。


◆◆◆


そんなやり取りの最中だった。


「わ、見て! ねこさん!」

「うさぎさんみたいなのもいるよ! みずいろでふわふわ!」

「かわいい! ねぇ、かわいいよ!」


通りの向こうから、子供たちの歓声が弾けるように飛んできた。


視線の先では、ツキ、あかね、ルゥの三匹が

いつの間にか少しだけ前へ出て店先を見ている。

人の多い場所でも怯える様子はなく、けれど勝手に遠くへ行くほどでもない。


ツキは声をかけられると、ぴんと耳を立てて振り返った。

「にゃ」


どこか落ち着いた返事。


あかねは子どもたちの勢いに少しだけ目を丸くしつつ、ツキの横で胸を張るように立つ。

「きゅ」


ルゥは一歩下がって静の足元近くへ戻りかけて、でも気になるのか、また顔を出す。

「くぅ?」


「さわっていい?」

一人の小さな女の子が、壊れ物に触れるような仕草で、恐る恐る尋ねた。


セリナがその場にしゃがみ込み、子供と同じ目線で微笑む。

「優しく、撫でてあげてくださいね。

 この子たちも皆さんと仲良くなりたいと思いますよ」


その言葉に背中を押され、子供たちがそっと手を伸ばした。

ツキは慣れた様子でされるがまま、あかねは少し誇らしげに、ルゥは戸惑いながらも逃げずにその場にいる。


「ふわふわ……!」

「ちっちゃい角ある!」

「かわいい……」


通りの空気が、ふっと和らぐ。

露店の店主たちも手を止め、笑い混じりにその様子を見ていた。


フレイアはその光景を見ながら、口元だけで笑う。


(……こういうの、強いのよね)


警戒を解こうとして解くより、

先に『可愛い』や『温かい』が届く方が、街との距離はずっと自然に縮まる。


◆◆◆


フォルティナは子どもたちへの対応を見守りつつ、説明の続きをしようとして――

また視線がルゥへ吸い寄せられた。


淡い水色の毛並み、垂れた耳、小さな角

子どもの手に触れられて、少し困ったようにしながらも静の方をちらちら見ている。


(……可愛い)


それだけではない。

近くにいると、どこか心が静まるような感覚がある。

けれど今は、その不思議さより先に『愛らしさ』が勝ってしまう。


「ティナ」

フレイアが小声で呼ぶ。


フォルティナははっとして咳払いを一つ。

「……失礼しました。続きをご説明します」


フレイアは笑いを堪えながら肩をすくめた。

「うん、知ってる。可愛いわよね」


「……ええ、とても」


短い肯定に、フレイアは少しだけ目を細める。

午前中から張っていた空気が、今のフォルティナには確かに和らいでいた。


◆◆◆


子どもたちが去ったあと、静たちは通りの端で買った品を一度整理した。

当日用の候補、補填先、価格感、代替案。


アリアが周囲を確認して戻ってくる。

「大きな問題はなさそう。多少の噂にはなるだろうけど、変な熱はまだないわ」


リーナも短く続ける。

「人流、時間をずらせば十分捌ける」


ミレイアは頷く。

「診療側も、並び方を少し工夫すれば落ち着くと思う」


フィアは荷を持ち直しながら言った。

「あと、三匹は普通に人気者」


ツキが「にゃ」と鳴き、あかねが「きゅ」と続く。

ルゥは少し遅れて「くぅ」と鳴いた。


セリナがくすっと笑う。

「頼もしいですね」


◆◆◆


帰り道、広場をもう一度横切る。

昼より少し傾いた光が石畳を照らしていた。


フォルティナは立ち止まり、広場全体を静かに見渡す。

炊き出しの列、診療を待つ人、鍋の湯気、配られる焼き菓子。

まだ始まっていないはずの景色が、少しだけ想像できた。


『特別な施し』ではなく、『街の中で自然に行われること』として成立するか。


今日見た限りでは――十分に可能性がある。


「……いけそうですね」

フォルティナが小さく言う。


「うん」

静はいつもの調子で頷く。

「無理せずやれそうなら、それが一番いい」


セリナも胸の前で手を重ね、柔らかく微笑んだ。

「はい。皆さんにとって、少しでも温かい時間になるようにしたいです」


フレイアは二人を見て、それから広場へ視線を戻す。


(……きっと、うまくいくわ)


根拠のない楽観ではない。

人の流れを見て、空気を見て、言葉の届き方を見たうえでの手応えだった。


「じゃ、今日はここまでにしましょう」

フレイアが軽く手を振る。

「ティナ、戻ったら最終調整。私はギルド側にも一応流しとく」


「お願いします、フレイ」


「任せなさい」


フォルティナは頷き、次に静とセリナへ向き直る。


「本日はありがとうございました。

 おかげで机上の確認だけでは分からない部分まで整えられました」


静は首を振る。

「こちらこそ助かりました。やる前に見られてよかった」


セリナも頭を下げる。

「明日、よろしくお願いします」


フォルティナの表情が、仕事の顔のまま少しだけ柔らかくなる。

「ええ。……こちらこそ」


その視線が最後にもう一度だけルゥへ向いた。


ルゥは静の足元で、何も知らない顔で首を傾げる。

「くぅ?」


フォルティナはほんの少し笑ってしまう。


「……明日も、来てくれるのね」


ルゥは意味が分かったわけでもないだろう。

それでも、短く元気に鳴いた。


「くぅ」


石畳の上を夕方の風が静かに抜けていく。


善意を誇るためではなく、押しつけるためでもなく。

街の中へそっと置いていくための準備が

今日ひとつ整った。


イメージソングを作成してみました。

もし興味を持って頂けましたら、曲を聴きながら読んでくれたら嬉しいです。

物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。

https://suno.com/@10monoshin8


カクコムでも先行掲載しています。

もし続きが気になって読んでいただける方が居たら下記のページでお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/822139842423376578

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