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二 儀式

 その日の天気は最悪だった。

 土砂降りの雨に、今にも落ちそうでびっくりするほどの雷。

 僕は、居間で、窓に降りかかる雨の波模様を見ていた。

 ピンポーンとチャイムが鳴る。

 玄関ドアを開けると、レインコートを着たケンタが立っていた。

 激しい雨がレインコートを強く打ちつけ、その防水布から休むことなくボツボツと叩く音が響いていた。不定期に鳴る雷鳴の光が、透明のレインコートを照らす。ケンタの顔はびしょ濡れで、前髪からしずくがたれていた。

「ど、どうしたの?」

「ダイスケに片付けを手伝ってほしいんだ」

「こんな悪天候の日に?」

「あぁ」

「わ、わかったよ。ケンタの頼みだもん。準備するから待ってて」

 ケンタの家まで歩いて15分ぐらい。

 別に暇だったから、いいよと返事をしたけど、ケンタの真剣な顔つきから、何かあったのだと思う。それに、ケンタの着ているシャツが、雨でにじんで赤い色が広がっているけど、それがなんだか血のように感じた。


「入って」

「うん。って家の中暗くない?」

 電気をつけずに行こうとするケンタにツッコミをいれた。

「ごめん、ごめん。やっぱり、気が少し動揺してるみたいだ」

 パチンと電気をつける。

 靴を脱いで上がろうとしたときだった。

「ひぃー」

 僕は思わず驚いて飛び上がった。

 ケンタのお母さんが廊下で仰向けに倒れている。そしてその胸あたりには包丁が突き刺さっていた。

「ちょっとした出来心だったんだ」

「え?」

「うるさいって階段から突き落としたらまだ生きていて、このままだと警察に捕まると思って、台所にあった包丁で止めを刺した」

「まじかよ……」

「俺さ、医者になりたいって話したじゃん? 警察に捕まって、こんなつまらないことで足踏みしてられないじゃん」

 その話をするケンタの顔からは笑みがこぼれていて、とてつもない恐怖を感じ体が震えた。

「こっちにきて」

 僕はケンタに呼ばれた。

 黒目が上を向き、苦痛で口元がぐにゃりとゆがんだお母さんの横を、「ごめんなさい、ごめんなさい」と小声で何度も謝りながら(なぜ僕が謝らなくちゃいけないんだ)、つま先立ちで通り抜けた。

 居間に入ると、ケンタが「部屋を一緒に片付けてほしい」と言う。

 中央にあった机や、ソファーを二人で持ち上げて、隅の方に置いた。そしてケンタは、コーディネートされたカーテンを外して、真っ黒なカーテンにつけかえた。

 部屋の中の電気を消す。廊下の明かりが少し入る程度にしか周りが見えなくなった。

「これから何をするの?」

「まぁ見てなって」


 ふーん、ふんふん、ふーんと鼻歌を歌いながら木の箱を持ってきて、中から小さくて細い棒のようなものを取り出した。

「これ何?」

「チョークだよ。これから絵を描くんだ」

 そう言うと、床にゴリゴリと何かを描き始めた。

 この状況で絵?! どうかしてる思った。

 そう思えば思うほど、僕の気持ちがソワソワしてしまい、どうにか落ち着かせようとぎゅっと拳に力を入れた。

「俺さ、学校の勉強の合間にさ、人を生き返らせる方法を研究していたんだ」

 ガリッ、ガリッとチョークの擦れる音が部屋中に響く。気がつけば雨の音が聞こえなくなっていた。

「そうそう、この鼻歌は何のアニメでしょうか?」

「…こッ……これ…はッ」

 別に寒いわけじゃないのに、口が震えてうまくしゃべれない。

「はは、そんな怖がるなよ。でさ、このアニメの魔王の手下に魔法使いいるじゃん。その魔法使いが死んだ人を生き返らせるシーン。すごくない? 感動して俺もやりたいと思ったんだよね」

 だんだんと床に模様らしき絵が出来上がってきた。

 大きな円の中に星型図形。五芒星だ。

 ケンタは「よし、できた!」と一声入れると、白い蝋燭を箱から取り出して火をつける。そしてそれを五芒星の頂点に一本ずつ置いて合計五本を置いていった。

「魔法陣の出来上がり!」

 そう言うと、ケンタは足首まである丈で、顔がすっぽり隠れてしまうぐらいの大きいフードの黒い服を羽織った。

「さぁ、ダイスケ、これから儀式を始めるよ!」


 ケンタが言うには、廊下で倒れているお母さんを、この五芒星の中央に置かなければならないらしい。

 僕はお母さんの胸に突き刺さった包丁をなるべく見ないようにしつつ、ケンタは脇から、僕は足首を持って、「よいしょ!」と同時に声を掛け合い、なんとか持ち上げた。二人がかりでもくそ重い。

「なぜ僕がこんなことしなくちゃいけないんだ」

「許してくれよ。さすがに一人じゃ持ち上がらないさ」

 お互いによたよたしながら居間に入り、五芒星の中央にお母さんを仰向けで置いた。

「まず、この包丁を抜かなくちゃね」

 天井に垂直で臨む包丁の取っ手を、ケンタは両手で握って引き抜いた。

 想像していたのとは違い、簡単にそしてあっけなく抜けたように感じた。ただ、包丁は黒く、その先端からは黒い液がぽたぽたと垂れていた。多分、血だと思うけど、蝋燭の炎のおかげで、黒っぽい曖昧な色になっていた。

 ケンタは床に包丁を置くと、ぶつぶつと意味不明な言葉を繰り返し始め、両手を広げてぐるぐると自分自身を回転させた。

 けっこうな速さで30回ぐらい回り、ふらふらしながら木箱から赤い蝋燭を取り出した。そしてその蝋燭に火をつけて、お母さんの横に座った。

 ゆらゆらと揺れる蝋燭の炎が、ケンタの横顔を不気味に照らしていた。

「別にエッチなことをするわけじゃないからな」

 そう言うと、ケンタはお母さんの服を胸までめくり始めた。

 僕は女性の生の体を見てしまうと思って、とっさに両手で顔を覆ったんだけど、好奇心で指の隙間からのぞいてしまった。

 何をするかと思ったら、お母さんのお腹に蝋燭を垂らしている。

 熱そうに垂れる赤い蝋が、何かの模様を作り出しているように感じた。

「お母さん、これから生き返らせるからね。新しいお母さんとして、生き返らせるからね」

 ケンタはお母さんのお腹に数回せっぷんを繰り返した後、隣に置いていた凶器の包丁を再度握った。

 そしてお母さんの側で、正座をして、その包丁でへそあたりを思いっきり突き刺した。ぐーっと胸に向かって一直線に切り裂いていく。

 その動きに追従しながら、黒い液がぶわっと吹き出した。

「もう見ていられない!!」

 僕は声をあげた。

「無理に見る必要はないんだよ」

 その後も、僕の背後でケンタは何かをやっていたんだと思う。

 ぐちゃぐちゃと納豆をまぜるような音が鳴り響いていた。


 ケンタはお母さんのお腹の傷を縫っていた。

 途中から見始めたから、絶対とは言えないんだけど、多分そばに裁縫箱があるから、その糸と針で縫っているんだと思う。

 裁縫セットって人に使えるんかい?

「な、縫うのうまいだろ?」

 よくわからないから、きれいに縫えてるねと言っといた。

 医者になるために、日頃からカエルとかの生き物で練習をしていたらしい。

 あー恐ろしい。頭が痛くなってきた。

「ふー、終わったぁー。ダイスケありがとうー!」 

 ケンタの顔はとても満足そうだった。

 部屋の電気をつける。

 魔法陣の上でお母さんが寝ていて、床中に血が飛んでいた。

 僕は、あのフワフワした異様な空間から、現実に戻されたような気がして、地に足が接着剤でくっついているような気がした。

「明日、授業参観だろ?」

「えっ?」

 振り向くと、ケンタのほほが血で汚れていた。

「顔、洗ったほうがいいよ」

「ん?」

 集中していて本人は言われるまで気づいていなかったらしく、ぬぐったシャツが赤色に汚れてとても驚いていた。

「お母さん、このままどうするの?」

「あと数時間後で生き返るはずさ。明日の授業参観には来てくれるはずだよ」

「ふーん、そう」

 素っ気なく返事をした。

 その後は、どうやって帰ったのかあんまり覚えていない。この出来事で放心状態だったんだと思う。

 帰宅後は、食欲がないと親に丁寧に説明をして、夕食は食べずに風呂だけ入り、とにかく布団にもぐって寝た。

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