来訪者2
店長が心配そうな顔をしてこちらを見る。
「……噂レベルです」
「先日、あなたがこの事務所に出入りしていたことは把握しています」
高圧的な言い方。本当に警察は大嫌いだ。頭の中で吐き捨てて、フル回転させる。サラシ屋は、警察に捕まる可能性が高いことをやっている。ここで、私が洗いざらい話してしまえば、灰本に迷惑がかかるのは間違いない。下手をすれば、捕まってしまう可能性すらある。
灰本は、確かに気に入らないが、力になってくれたことは確かだしそこまでの極悪人にはみえなか。
恩を仇で返すような真似はしたくない。
「だったら、直接その事務所に行けばいいのでは?」
「行きましたが、もぬけの殻でした」
以前、私が時間外に乗り込んだ時のことを思い出す。相沢が言っている通り、依頼者が来ないときは、事務所はまるで存在していなかったかのような雰囲気だった。灰本が言っていた「もしものために」が、ちゃんと機能していることに、胸を撫でおろしていると、相沢がたたみかけてきた。
「プライバシーを勝手にネットにさらしている悪人ですからね。捕まえるために、ご協力いただきたいのです。まず、あそこの代表をしている人の名前は?」
「知りません」
「本人に会ったのなら、知っているでしょう?」
「名前を明かされませんでした」
「なら、顔の特徴は?」
「ロン毛で、ぼうぼうに髭が生えていて、顔は森林のように鬱蒼としていました」
「ふざけてるのか?」
相沢の鋭い視線と私のメラメラした視線がぶつかって、バチバチ火花が散る。
「私、昔から警察の方に対していいイメージがないんです」
本当のことだ。実家を取り出す前、警察へ何度かいったことがあるが、ひどい対応だった。それ以来、警察という存在を信用していない。
「では、あなたもサラシ屋の仲間ということでよろしいですか?」
「どうして、そうなるんですか?」
「ご協力いただけないということは、庇っているということでしょう?」
さらにカチンとくる。その勢いで口を開こうとしたところで「お疲れっすー」間の抜けた挨拶が、響いてて来た。ちょうど松井が出勤してきたようだが、上がった熱は収まらない。し、松井のことなんてどうでもいい。
「警察は、私のような警察嫌いの他愛のない女子大生の話を聞かないと、そのサラシ屋っていうのを捕まえられないんですか? ずいぶんと、無能でいらっしゃいますね」
「なんだと?」
鋭い瞳が、吊り上がって般若のようになる。無駄に足音を乱雑にまき散らして、近づいてくる。その途中で、相沢のポケットから警察手帳が落ちた。しかし、相沢は構わずさらに距離を詰めてくる。相沢が手を出たら、むしろそっちの方が悪者になるだろう。相沢の太い手が伸びてくる。胸倉をつかまれるのかもしれない。店長が慌てて寄ってきていた。
「刑事さん暴力は、いかんでしょう」
「黙ってろ」
相沢の腕をとろうとした店長の手は、さっと振り払われておろおろしている。
殴るなら殴ればいい。それはそれで、こっちが刑事を警察に突き出してやる。思い切り、睨み返したところで「あのー、取り込み中悪いんすけど」と、やる気のない声が割ってきた。松井は、相沢が落とした警察手帳を、スマホで撮影しながら、のんびりと近づいてくる。そして、バチバチ火花を散らしている私たちの真横までやってきて、面倒くさそうな顔をしながら警察手帳をずいっと相沢へ差し返却するため、差し出す。
そんなことする暇あるのなら、私を助けなさいよ。イラっとしたところで、松井はいった。
「これ、偽物っすね」
「え?」
店長と私の声が重なった。途端、相沢の目は焦りに変わる。松井の手から手帳をひったくり、くるりと踵を返して店から猛ダッシュして逃げていった。
唖然とする私と店長をよそに、あくびをする松井。いつもやる気のない松井が怪しい男を撃退したことに驚きを隠せないまま、私は尋ねた。
「松井さん、どうして偽物って、わかったんですか?」
「昔、コスプレ衣装扱ってた店で働いてたんだよ。ああいうの偽物、見慣れてんの」
あくびをしながら、スマホを見せてくる。店長とのぞき込むと、先ほどの手帳の写真が写っていた。
上部に先ほどの名前の相沢文明とあり、警部補と階級が書かれている。下部には、警察のエンブレム。金色のテレビなどでよく見かけるものだ。怪しいところはなさそうだが。
「これのどこが、偽物なんだい?」
店長が首をかしげると、松井は面倒くさそうにいった。
「まず、上部の個人情報を示す部分には証明写真がついてるはずがそれがないこと。あと、下部のエンブレム。POLICEと刻まれたその下の帯のところに、所属する県警が刻まれているはずなのに、それがない」
「なるほど」
店長と、私の声が重なると共に、ざわざわと胸騒ぎがする。
相沢の目的は、一体何だったのだろう。