来訪者
「そのイベントに絶対行っちゃダメだからね!」
校舎からでて、大学の中庭のベンチに座りながら、念を押す。勢い余って、鞄がひっくり返ってしまう。口がボタン式のため、隙間からボロボロも中身が落ちていた。ささっと拾い上げて、春香の顔面にぐいっと顔を突き出す。
春香の長い睫が太陽の光が当たって、距離が近いよと、嫌そうな影を作ってため息をつく。
「よくわからないけど、わかったよ。ちょうどその日、予定もあったし、行かない」
「よかった……」
一気に高まった緊張感がため息とともに抜けて、脱力する。
春香は、お母さんみたいと、笑いながら訝し気な瞳をよこしてくる。
「それにしても、どうして浅川さんのことを理穂が知ってるの? 理穂、ペットどころか、SNSだって一切やってないのに」
春香には、晒し屋のことも、亜由美が事件に巻き込まれたことも言っていない。
彼女は、ちゃんと気遣いもできるし、むやみやたらに周りに言いふらすような人間ではないと、わかっている。だけど、それでも。亜由美を思えば、事件直後は、とても口にできなかった。
だが、少しだけ時間が経って今ならば、亜由美と同じような被害にあわないように気を付けてという意味を込めて、この件のことを話すことはいいのかもしれないとは思う。しかし、普段はふわっとしているように見えるが意外と鋭い春香だ。私が怪しい動きをすれば、何かと詮索を受けることになるかもしれない。そうなると、少し面倒だ。
適当な嘘をついて、逃れよう。
「友達が、最近詐欺にあったの。やっぱり春香と同じように、ネットで知り合って、仲良くなった人に騙された。その人の名前は、浅川美咲」
「え?」
小さく叫んで、春香は胸を抑えていた。まさか自分も犯罪に巻き込まれそうになっていたなんてと、驚いている。
「この集まりって、いつどこでやるとか聞いた?」
まだ、衝撃が残っている春香は、ふうっと息をついて静かに言った。
「明日の夜、六本木の会員制バー『ベニート』に二十時集合って話になってた」
私は、頭に深く刻み込み、春香には絶対行くなとしつこく言って、別々の授業へと向かった。
しっぽをつかんだ高揚感と、緊張感に包まれたまま、授業中は、スマホに目を落とし続けていた。
所詮ネットの交流だ。相手の顔はお互い知らない。ならば、春香の代わりに私が行ったって、問題ないだろう。
授業中は、先ほど見せてもらった春香のZのページをちゃんと頭に叩き込んでいる。
あっという間に授業は終わりをつげ、講義室から出る。
そこで、肩を叩かれた。大久保だった。避けられていると思っていたから、驚いてしまう。
だが、謝るのにいいタイミングだ。大久保が何か言おうとするより先に、私が先に口を開いた。
「……この前は、ごめんね。心配してくれてたのに、逆ギレしちゃって」
前置きなく、いきなり頭を下げ始める私に、大久保は狼狽していた。
「それは、いつものことだろう?」
いつものこと……地味に傷ついて、そこから再び灰本の皮肉が木霊する。
瞬間湯沸かし器。
この性格。多少の反省は、必要なのかもしれない。
自省を込めてもう一度謝って、頭を上げる。大久保にいつも通りのクシャっとした笑顔が戻っていて、ほっとした。
「それで、この前サラシ屋に依頼した問題って、解決したの?」
「うん。おかげさまで。どんどん拡散していって、結局犯人は警察に捕まったの」
スマホで検索して、見せる。
捕まったというニュースに他、灰本が晒したらしき詳細情報も、検索トップに載っていた。
相手の勤め先の部署、住所、経歴……あらゆるものが晒されていて、金銭を受け取っているような怪しい画像もくっついている。すべて、灰本の仕事だろう。依頼した分については、きっちりこなしてくれていることに間違いはなかった。
「サラシ屋って、噂だけだって思ってたけど、本当に仕事するんだな。ということは、これで柴田もスッキリしたってことだな」
大久保は笑顔でそういうが、本当のところ、スッキリとは程遠いところにあるなんて、言えやしない。
勝手に目が泳ぎだす。
大久保は目敏く気づいて、切り込んでいた。
「まだ、何か引っかかってるんだ」
ギクッと跳ねそうな心臓を落ち着かせるために、肩くらいまで伸びた髪の毛撫でつける。
「犯人は捕まっても、友達の心の傷はなかなか簡単に消えないものでしょう?」
本当の答えは悟られないように、すり替えて言葉にする。
うまくいったはずだと思うのに、大久保は、浮かない顔をして、ずばりといった。
「柴田、まだ何かしようとしてる?」
喉の奥が詰まりそうになる。それでも何とか「そんなわけないでしょ」と笑ってみせるが、どう見ても納得いっていない顔だ。
「僕がいくら聞いても、柴田はきっと口を割らないんだろうな」
大久保は、顔を歪ませて、目を伏せた。本当に申し訳ないと思う。
灰本を紹介してくれたのは、大久保だ。本当なら、包み隠さず、今の状況を話すべきなのだろう。だが、そうしてしまえば、せっかくの好機を逃すことになってしまう。私は、口を引き結んだ。
長い沈黙が落ちる。
大久保は、真剣な顔をしていった。
「一つだけ教えてくれ。今、柴田がやろうとしていること、サラシ屋は知っているの? 誰か援護してくれる人とかは?」
大久保は、前と変わらず私の身を案じてくれている。
ならば、これ以上心配をかけないために、ハッキリと嘘をつくべきなのだろう。
だが、今は正直うまく嘘をつける自信がなかった。
無言の逃げを選んでいた。
授業をすべて終えた後、私はそのままバイトへ向かった。
晴天に到着。居酒屋の引き戸を開けた。
いつも通り、正面カウンター奥で焼き鳥をせっせと焼いているであろう岩城店長。
しかし、今日はその姿がない。休憩でもしているのだろうか。そのまま、暖簾奥のロッカーへ向かおうと、顔を向け踏み出そうとした。その足が止まる。店長は、黒いスーツを着た男と話し込んでいた。
見たことのない顔だ。見るからに怪しい。店長はお人よしだ。飛び込みの詐欺ということもあり得る。
実際、バイトしているときに怪しい業者が入ってきて、変な壺を売りつけられそうになった。その時松井もいたが、ぼんやり眺めていただけで、何も動こうとしないために、それを阻止したのは私だった。
私が来たことに気づいた店長が、手を振っていた。話していた男も顔をあげて、こちらを見る。
黒いスーツに地味なネクタイ。頭を丸めているため、店の蛍光灯が反射している。切れ長で細い目は、やけに鋭く見えた。やっぱり怪しい。
「おー、柴ちゃん。お疲れ様ー」
能天気な店長のあいさつを追いやって、眉を顰めながら私もそちらへ向かう。スーツの男がこちらに向き直った。
「柴田さんですか?」
いきなり名前を呼ばれて、さらに警戒心を強める。
「どちら様です?」
「申し遅れました。こういうものです」
黒いスーツの内ポケットから、名刺を差し出してきて受け取る。
『警視庁刑事部 捜査一課 相沢文明』
顔を上げて、まじまじと坊主頭を見やる。確かに目を鋭いし、警察っぽくはある。
「本当に刑事さんですか?」
そもそも、私は警察が嫌いだ。不信感を乗せて訝しんで尋ねると、相沢は苦笑しながら今度は警察手帳を取り出した。二つ折りの手帳を開く。上部に身分が書かれていて、下部にエンブレムがきらりと光る。印籠のように見せられた。
「信じていただけましたか?」
「一応、はい」
渋々返事をすると、相沢は手帳をズボンのポケットに軽く突っ込んで、咳払いをしていう。
「実は、ある事件の捜査で聞き込みをしていまして。お話をお聞かせ願いたいのです」
事件といえば、やはり亜由美の件だろう。ぎゅっと胸が痛くなる。
「サラシ屋のことです」
まったく無防備なところへの質問だった。思わず「え?」と、声を上げてしまう。
「やはり、知っていますね?」
決めつけの質問が飛んできて、しまったと思う。今更、知らないと嘘をついても、余計怪しまるだけだ。仕方なく頷くことしかできなかった。