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サラシ屋  作者: 雨宮 瑞樹


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17/25

正体2

 引きずられるようにして、ひたすら階段を上がって、強制的に地上へ出た。

 裏口は、入口側とは違って、表通り街灯が少ない裏通りに面しているようだった。先ほどまでいた地下よりも更に暗く感じる。まるで、すべての罪を見逃してやるといっているかのようだ。数メートル先に、黒塗りのバンが影に隠れて止まっている。その方向へ、二人がつま先を向けていく。

 あれが、トランシーバで言っていた車なのだろう。

 誰かが運転席から出てくるのが見えた。サングラスに黒マスク。おそらく、入口で立っていたガードマンだろう。こちらへ近づいてくる。

 乗れば、確実にアウトだ。

 私は、肺いっぱいに酸素を取り込んでいく。 このままおとなしくしていると思ったら、大間違いだ。思い切り叫べば、誰かしらの耳に届くだろう。それを敏感に察知した櫻井の足がピタリと止まった。抱えることに専念していた櫻井の右手が動く。

 再び私の首筋にナイフを突きつけていた。

 先ほどは、ナイフの冷たさだけだったが、今度はチクッとした痛みも追加されていた。


「大声を出したら、本当に刺すぞ」

 櫻井が低く囁く。大久保と同様に店にいた時とは、ぞっとするほど顔が変わっている。ナイフの方へ黒目だけ動かす。ナイフの先端が、首の皮膚を軽く傷つけていた。首からツーっと一筋の血が流れている。

「甘く見るなよ、紫田。櫻井さんは、怒ると俺でも手に負えないんだ」

 左腕を抱えてくる大久保は、耳打ちしていた。その目は、櫻井へ向いていて、微かな恐れが孕んでいた。

 櫻井の切れ長な双眸は、この暗さに浮き出るほど、冷酷に冴えている。普通ならば、多少といえど血を見れば多少の動揺が表れてもよさそうなものだが、櫻井の瞳は全く揺れない。大久保の言っていることは、真実なのだろう。

 普通ならば、この状況と警告を聞けば、沈黙するよりほかに選択肢はなくなるだろう。

 でも、私は違う。

「刺したければ、刺せばいい」

 私の声もまた、キンと冴えわたってよく響いた。リズムよく近づいてきていたガードマン足どりは、微かに乱れる。

「早くこちらへ。サツに嗅ぎつけられますよ」

 ガードマンが叫んだ。その忠告で、ナイフを握っている櫻井の手が反応する。

「これ以上、本気で俺を怒らせない方がいい」

 本当は、その手を動かしたいのだろう。

 その衝動懸命に抑えているのか、声が僅かに震えているが、更なる鋭さが加えられていた。最後の警告と言わんばかりだ。それでも、私は目を逸らすことなく見返す。

 

 こいつらは、この闇を使って、散々うまく身を隠して逃げおおせてきた。捕まるか、捕まらないかギリギリの場所で、のらりくらりと。そうやっている間に、犠牲はどんどん増えていった。その中に亜由美はいた。

 被害にあった後の亜由美は、ずっと苦しんでいた。この世は地獄だ。こんな酷い世界で、なぜ自分は生きていなければいけないのか。死んだ方が楽だと、叫んでいた。

 それを目の当たりにして、思った。

 まただ、と。

 原因は違えど、あの日と同じことが、繰り返されている。傷つけられた方はズタズタで、傷つけた方は、普通の日常を笑って暮らしている。このままでいれば、またどこか違う場所で、妹や亜由美のように傷つく人が現れる。そんなの、許せない。

 もしこの身一つで、それに歯止めがかかるのなら、私はそれで構わない。

 刺された方が、好都合とさえ思う。思い切り絶叫してやればいい。

 刺されれば、こいつらの悪を白日の下へと晒せる。

 いくら隠しとおしたくても、言葉で交わそうとしても、私が倒れさえすれば確実な証拠となるのだから。

 面倒ごとにかかわりたくない思っている無関心な人々が、全員振り向くくらいの大きさで、叫び続けてやる。

 

「刺し違えても、あんたたちを突き出してやる」

 私は、自然と薄く笑っていた。

 それに触発されたように櫻井の目が、血走る。白目だけでなく黒目までも赤みを帯びている。

「櫻井さん、ここでやるとマズい! せめて、違う移動を!」

 大久保が、慌てて止めに入る。しかし、櫻井の瞳孔は完全に開ききっていた。

 ナイフが動く。その直前。

「馬鹿か!」 という罵声が聞こえた。次の瞬間、鋭い何かが、しゅっと音を立てた。

 刹那、首の冷たい感触が消えた。ドサッという重いものと、カランという堅いものが落ちた気配。地面を見やると、櫻井がナイフと一緒に地面へ、蹲っていた。

 いったい何が起きたのか。

 私だけでなく大久保も突然倒れた櫻井を前に、唖然と立ち尽くしている。

 そして、気付けば、ガードマンが目の前にいた。

「さすがに、殺しちゃまずいでしょう」

 サングラに黒いマスク。黒く覆われている隙間から、隠しきれないほどの怒りが滲んでいる。


 

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