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サラシ屋  作者: 雨宮 瑞樹


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13/25

意外な人物

 翌朝。布団から出て、顔を洗う。しばらくしてから、私は春香へ連絡を入れた。

『今朝、体調悪くて病院に行ってきた。検査したら、今流行りの感染症にかかっちゃったみたい。今日は大学休むね』

『マジ? 大学終わったら、食べ物差し入れしに行くよ』

『微熱くらいで、症状は軽いの。しばらくひきこもることになると思うけど、食料は調達してあるし、準備万端。春香は、喘息持ちでしょ? うつって重症化でもしたらそれこそ大変なんだから、絶対来ちゃダメだよ』

『なんか怪しいけど、とりあえずわかった。じゃあ、頻繁に連絡頂戴ね。体調に何か変化があったら、すぐ教えてよ』

『了解』

 

 一通りのやり取りをして、準備のためにクローゼットへと向かった。春香は変に勘が働く時がある。ほっと安堵しながら、服をに取った。

 昨夜のうちに、今夜の会場である『ベニート』を検索済。店の雰囲気は把握している。

 貴族の隠れ家を思わせる重厚な雰囲気を漂わせるバー。ジーンズにスニーカーという軽装では、完全に浮いてしまうだろう。周りに馴染む程度の服装でいかなければ、怪しまれてしまう。

 普段、スカートなんて無縁で、気蓮進まないが、我慢するしかない。私がやるべきことは、浅川美咲の正体を暴き、証拠を手に入れることだ。自分を殺し、それだけに集中すればいい。

 ブラックの膝丈、長袖ワンピースに袖を通した。傷も隠れてちょうどいい。


 ずっと使用している大きなトートバッグから、必要最低限のものだけ確認して、黒のショルダーミニバッグへ移ししかえていく。教科書やノートを避けて、財布、スマホを入れる。会場入りした後は、ずっとスマホで録音し続けるつもりだから、充電が足りなくなる可能性もある。モバイルバッテリーも必須。それだけ入れたら、もう何も入りそうになかった。

 小柄なお洒落なバッグというものは、恨めしいほど収納量が少ない。

 パンパンになっている見た目くらい、私の中に不安が膨れ上がりそうになる。

 ダメダメ。無心だ。両手でパチンと頬を叩いた。気合いを入れ直す。

 トートバッグを仕舞おうと、手を伸ばしたら、バッグが横倒しになって、中身がバラっと出てきた。

 そろそろ、口がちゃんと閉まるものに新調しよう。ふうっと息を吐きながら、中身を元に戻していく。

 灰本の名刺が埋もれていた荷物の中から、顔を出していた。

 無意識に、私はそれを手にしていた。

 昨日のことを思い出す。再び、私のことを酷い言い方をしていた。その怒りが再燃しそうになるが、点火しそうだった火は、彼の言葉でしゅっと消えていく。

 灰本の放ったことは、全部本当で、今も胸の中心で鎮座している。

 実際、本当に行くべきなのか、足は鉛のように重くなっていた。

 でも。

 灰本の名刺を机の上に置く。

 

 全身の酸素を吐き出し、余計な思考は排除して、洗面所へと向かった。

 鏡に映った自分自身を睨む。

 彼とはこの先、会うこともない。少なくとも、彼には迷惑は掛からないはずだ。

 そして、頭を中を整理していく。

 

 今回のイベントの参加人数は不明。ホームページを見た限り、愛犬会は二十人程度メンバー程度。全員集まるということは、恐らくない。多くて、半分くらいか数人程度だろう。

 浅川美咲はどう動くか。

 まず、浅川は、集まった女性たちの中から、真犯人に捧げるための女性を決めるだろう。

 実際に狙われた亜由美は、モデルのような美しさを兼ね備えていた。ならば、私は、亜由美と似たような女性に張り付き続ければいい。その間、私は一切飲食しないように気をつける。みんなは酒も入って、盛り上がることだろう。

 そうこうしている間に、浅川はどうにかして、ターゲットの女性へ食べ物、飲み物に薬を混入。様子がおかしくなったターゲットに浅川は声をかけ、亜由美と同じような手口で、店の外へ連れ出すはずだ。

 その後は、直接犯人の手に渡るか、運び屋によって連れていかれる可能性が高い。

 

 私は、その瞬間の写真を何としても手に入れ、警察へ通報。そして、相手が車であれば、タクシーを拾いその後を追う。徒歩ならば、気付かれないように尾行。

 その先で、真犯人を見極められるはずだ。その現場も押さえつつ、すぐに飛び出し思い切り騒ぐなりし、警察がやってくるまでの時間稼ぎをする。


 まずは、いいイメージだけを頭に強く刻みこみつつ、様々なパターンを想定していく。

 鏡に映った自分へ、一層濃い化粧を施した。

 絶対に、うまくいく。絶対に崩れるな。成功のイメージだけを頭に刻み込む。

 自分を奮い立たせ、バッグを肩にかけ、家を出た。地下鉄へ乗り継ぎをして、六本木へと向かう。

 

 まったく縁のない街に降り立ち、地図を開いたスマホを片手に、歩いていく。その最中、ドンと誰かにぶつかった。

 地図に注目しすぎていたことは否めないが、道のど真ん中でズボンに手を突っ込んで突っ立ている方も大概だろうと思う。しかし、先にぶつかった方は私の方だ。仕方なくすみませんと、頭を下げようとしたら。


「救いようがない大馬鹿者とは、このことだな」

 弾けるように顔を上げる。私は目が飛び出さんばかりに、大きくさせるしかなかった。

 長身な上整った顔が、威圧感丸出しに見下ろしてくる。こめかみに青筋がうっすら浮き出ているのは、気のせいだろうと思うことにして言い返す。

「私を止めに来たんですか」

「暴走列車は、止められない」

「わかっているのなら、放っておいて」

 容赦なく昨日の腕の傷の部分を捕まれる。ビリビリした痛みが走って、悶絶しそうになった。痛っという呻き声で、痛みを散らしながら、捕まれた手を振り払う。何を考えているんだ。鋭く睨みつけるが、涼しい顔だ。

「こんな傷だけじゃ、済まなくなるぞ」

 研ぎ澄まされたナイフのような尖った瞳。無表情で冷たい声だ。

 私はただ無言で、睨み返す。そして、その横を通り過ぎようとしたら、今度は手を捕まれた。

「離してください」

 はぁっと、これ見よがしの大きなため息が聞こえる。そんなに嫌なら、構わないでくれればいい。

 灰本の目が鋭い。嫌な予感がする。昨日のこともあり、背筋が凍りそうになる。平気だと虚勢を張りながら、灰本の冷たく尖った目を睨み返すことしかできない。灰本のこぶしが私の眼前に。殴られる。身を固くしたとき、その手がぱっと開かれた。指に絡みついたチェーン。そこから下へ伸びているチャームが、ゆらゆら揺れている。

「これを、つけていけ」

 灰本の両手は私の顔を掠めて、ゆっくり首の回った。灰本の顔が至近距離にあり近すぎて、先ほどの嫌な予感は、心臓の鼓動ですっ飛んでいた。私の首にネックレスを付け終えると、また一つ溜息をついて離れていくと同時に落ち着いていく心拍。視線を下ろし、自分の胸元を確認した。ハートのトップスのネックレスがあった。

「何ですか、これ?」

「お守りだ」

 灰本はそれだけいうと、またふうっと深い息をつく。そして、また胸に穴があくのではと思えるくらい今までで一番鋭く睨まられる。

「いいか? 絶対に、誰も信じるな。出てきたものを口にするな。中に潜入したら、それですべては解決すると思えばいい。それ以上の深追いは厳禁。異変が起きたら、すぐにその場から逃げろ。自分のことだけを考えろ。わかったな?」

 距離がまだそれほどない分、いつもよりも何十倍も灰本の気迫が伝わってくる。私は、ごくりと固唾をのみ込んだ時。

 

「柴田!」

 聞き覚えのある声が飛んできて、振り返った。その先に、長身の大久保が血相を変えて走ってくる。灰本も長身だが、それ以上の長身のお陰で、人ごみにまみれない。大久保だった。

 なんで、どうしてと、頭の中は大混乱。そして、息を切らして目の前に来ると、灰本を敵意むき出しにして睨んでいる。

「柴田に何をした」

 大久保が、鋭く問いただし始める。温厚な大久保の意外過ぎる行動に、慌てて止めに入った。

「何もされてないから、落ち着いて」

 灰本と大久保の間に立つ。頭に血が上っていた大久保は、正気を取り戻したのか苦々しく頭をかいた。

「ごめん、遠くから二人の姿が見えてさ。まるで、柴田が因縁つけられているように見えたから」

 あぁ、そういうことか。確かにあのやり取りは、そう認識されるかもしれない。

「で、この人は?」

 大久保は、少しの敵意と警戒心むき出しだ。どう答えようか考えていると、灰本は営業スマイルを作る。

「私は、柴田さんのバイト先『晴天』の同僚で松井と申します」

 え? っと、思わず声が出そうになったが、灰本と目が合う。話を合わせろと、書いてあって、押し黙る。余計な口出ししないように、沈黙を守ることにした。

「あぁ、バイト先の」

「あなたこそ、どうしてここへ?」

 今度は灰本が聞き返す。あぁ……と、敵意をひっこめて柴田を見やる。そして、ちょっと怒った顔をしていった。

「春香が言っていたんだ。『柴田から、昨日SNSのことでしつこく質問されたと思ったら、今日は大学来ないって連絡があった。何か変なことしようとしているかもしれない』って。それで、詳しい話を聞いたんだ。そしたら、春香がベニートっていう店のことを教えてくれた。柴田、その話しているときすごい形相してたって言っていたから、もしかして前あった友達の事件と関係しているんじゃないかって思ったんだ。

 柴田、相談している人はいないって言っていたし。気になって。もしかしたら、柴田一人で乗り込もうとしてるんじゃないかって」

 灰本から冷たい視線が送られてきて、ぎょっとする。春香の勘は、鋭い。そして、灰本の視線が怖い。


「で、やっぱり、柴田これからその店行こうとしてるの?」

 聞きながら、灰本をちらっと見る。その眼は、やっぱり鋭い。

「あぁ、勘違いしないでください。僕は、さっきたまたま道端で会ったので、声かけただけですよ。見ていたから知ってるでしょ? 僕は面倒事は嫌いですし。お友達にお任せします。というわけで、お邪魔虫はここで」

 灰本は、会釈をしてくるりと踵を返す。

「え……は、松井さん!」

 スタスタと歩いていってしまう灰本。私は呆然と見送ることしかできなかった。

 灰本の背中を見送りながら、相変わらず訝しい目つきをしている大久保は、再度確認してくる。


「さっきの、本当にバイト先の人?」

「うん、そう。前話さなかったっけ? やる気のない大学七年生がいるって」

 灰本さんのせいだからねと思いながら、本物の松井の話を織り交ぜてやれば、大久保は、だいぶ信じているようだった。ならば、ダメ押しで更に情報を付け加える。


「昔、コスプレ衣装屋でバイトしてたんだって」

「へぇ、そんな風に見えないけどなぁ。人って見た目じゃ判断できないっていうのは、本当なんだなぁ」

「そうなんだよねー」

 大久保は、もう完全に信じたようだった。目元はいつも通りに戻っている。

 よくわからない設定に付き合わされたお返しだ。

 

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