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サラシ屋  作者: 雨宮 瑞樹


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12/25

止まれない理由

「なんで知ってるんですか?」

「柴田さんが依頼のメールをくれたでしょ? その時、ここの地図を添付ファイルとしてメールで送りましたよね?」

「あぁ、はい。貰いましたけど、それが何か?」

「そこにちょっとウイルスを仕込ませてもらってまして。あなたの情報は全部こちらへ筒抜けになってるんですよ」

 コーヒーを飲みながらしれっと言うから、まるで大したことの内容に聞こえるが、とんでもない話だ。

 唖然としていると、灰本は困り顔をしながらも涼しい目でいう。


「すみません。こっちも自分の身を守るために、仕方なく、です。依頼してくる人間すべてが善良な人ばかりではないのでね。普段の言動やスマホの中身を確認して、見極めも必要ということです」

「ということは、今まで受けてきた依頼者の全部のスマホに、今もってことですか?」

「まさか。ずっと盗聴やらしているほど、暇ではないですし、そんな悪趣味はないですよ。依頼終了と共にウイルスは削除しています」

 それなら、まぁ納得はする。

 灰本が言う通り、サラシ屋を目の敵にするような奴が、わざと依頼しに来る可能性もあるわけだ。

 それなりの情報や言動を把握するのは、大事なことかもしれないが。

 矛盾していることが、一つ。

「この前、灰本さんと会ったときに、私の依頼は終了って言ったじゃないですか。灰本さんが言う通りなら、その時点でウイルスは消去されているはずでしょう? それなのに、どうして、そのままなんですか?」

 おぞましいとばかりにいってやる。灰本は、あからさまに目をそらしていく。そして、一つ大きくため息をつくと、半眼をこちらへ向けてきていた。

 

「あの時、確かに依頼終了にしようと思った。猪突猛進な人間にかまっているほど、こっちも暇じゃない。このまま放っておけばいいと。しかし、猛獣を野放しにすると、いろいろな人に迷惑をかけるものだ。監視が必要かと思いましてね。落ち着いたのを確認してから、削除の方がいいかなと」

 コーヒーを飲み干した灰本は、涼しい顔だ。

 この前は、瞬間湯沸かし器。今回は、猛獣ですって? カチンとくる。

「ほら、また感情的になる。そういうところ。直した方がいいですよ」

 涼しい顔をしていうから、余計火に油だ。

 

「私はこういう人間なんで。直す気にはなれません」

 灰本をきっと睨む。尖った瞳とかち合った。

「一人で何ができる? また、痛い目を見て終わりだぞ」

 口調が変わった。いつも淡々としている灰本の声に感情がのっている。怒りが孕んだ声だ。ビリっと、部屋の空気が震える。

 その刺激を受けて、もらったコーヒーを一気に飲み干した。

 普段ミルクを入れてコーヒーを飲んでいるから、口の中が酷く苦かった。苦くて、苦くて、ひりひりする。


「誰かがやらなかったら、犯人はずっと捕まらない。この先も人を傷つけ続ける。やりたい放題。傷ついた人は、一生消えない傷を抱え続けなきゃいけないっていうのに、危害を加えた相手は、毎日普通に楽しく暮らしている。そんなこと許されていいの? 私は絶対に許せない。そんな理不尽な世の中で、あっていいはずがない。情報は、時間が経てばすぐに消えてしまう。警察犬と一緒。犯人の痕跡がまだ残っている今ならば、そいつに辿り着けるかもしれない。私は、このチャンスをどうしても逃したくない」

 灰本の暗い視線を向けてくる。その中に僅かな憂いが含まれている気がした。それが、ずっと胸の奥底に封印していた暗い影を疼かせる。

 灰本は目敏い。更に刺激するように尋ねてきた。


「この事件は、自分自身被害を被ったわけではない。友人の話だろう? 他人のためにどうして、そこまでする?」

 灰本は、ピクリとも睫毛を動かすことはなかった。ただじっと、こちらを見据えているだけだ。

 何も読み取れない瞳の前で、こんな話したくもないのに、どうしても溢れた。

 

「五年前。私は、妹を――陽菜を亡くしました。自殺でした。原因は、いじめ」

 一度決壊してしまった堤防から、どんどん流れてくる。もう止まらなかった。

「私は、陽菜から一度相談を受けていました。『実は今学校で、嫌なことがあるんだ』当時、陽菜は中学三年生。中学卒業まで、半年を切っていたし、大した話じゃないと思っていた。ちょっとした喧嘩でもしたのだろうと。だから、私は言いました『あと少しで卒業して、新しい学校へ行けるようになる。環境変わるんだから。がんばれ』と」

 軽々しく言った言葉だった。その軽々しさが、何倍の後悔となっては必ず、重くのしかかってくる。そんな当たり前のことを、私はわかっていなかった。

「それから、一週間後。陽菜は自殺しました。いじめを受けているなんて知らなかった。そんな言い訳は、一切通用しない」

 手が震えて、心臓が痛くなる。声が震えそうになるのを、必死に押し殺す。

 灰本は、完全な無表情。なんの感情も見えなかった。そのせいか、余 計に口が回った。

 

「いじめていた奴らは、後悔なんて微塵もしていなかった。大人から責められることさえも、なかった。ずっと、何事もなかったように笑って、卒業していきました。私は、そいつらも、大人たちも、自分自身も、許せませんでした。あの時、陽菜が縋ってきた手を、しっかりと握ってやっていたら。あと少しだから我慢しろなんて言わず、その場で立ち上がって、いじめていた奴らのところに乗り込んでいたら。きっと、こんな取り返しのつかないことには、なっていなかった」

 あの日、うんざりする程感じた、全身焼けるような痛みが、全身を覆っていく。 世の中平等なんて、誰が言った。理不尽だらけじゃないか。真面目に、善良に生きていても、ある日突然現れた悪を前に、泣き寝入りしかできないなんて。そんなこと、あってはならなかったはずだ。

「家族と絶縁したっていうのは、妹の自殺が原因か」

 どうして、それを知っているの?

 そういえば、亜由美のところへ牛丼を差し入れしたときに、両親の話をしていた。それを盗聴していたのかと、うっすらと思いだしながら、その先が勝手に溢れだした。

「両親は、加害者に何も言いませんでした。もう何を言っても遅いと言って、あきらめた。両親は、自分たちが受けた傷なめ合って生きていこうと決めたようです。私は、そんな二人のようになりたくない。あの時のような過ちを、二度と犯したくないんです。繰り返しては、いけない」

 蛍光灯が白々しい。

 私の指先、心臓、髪の毛までも冷えてきっていた。

「まるで、暴走列車だな」

 また新たな頭にくるあだ名が加えられるが、そんな怒りはあの日に比べれば大したことはない。

「何とでも、どうぞ。私は、止まる気はありません」

「それが、妹への償いとでも思っているのか。話にならない」

 そんな挑発に私は、乗らない。固く口を引き結ぶ。

 

「暴走列車は、乗客を巻き込む。暴走した列車の車体であるお前はいいだろう。それが本望だからな。十分、自己満足感に浸れるだろう。だがな、その乗客と、見ている人間にまで、被害が及ぶ。それが、わからないのか?」

 灰本の鋭い声で、絶対に止まらないと決めていた一直線のレールが、いきなりカーブし始める。

 でも。それでも、私はスピードを緩めない。

 緩めるつもりなんかないのに。

 目の前がぼんやりして見えなくなる。



「それでも、私は、諦めません」

 私は立ち上がり、そのまま事務所を出るドアを閉める隙間から聞こえてきたのは「頑固者め」という、灰本の声だった。

 


 


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