31話
トントン、トントンとまな板の上で食材を切る音が聞こえた。
その音を聞いて、まどろんでいた俺はガバッと体を起こす。
キッキンに立つ西條さんに向かって「ごめん!思いっきり寝ちゃってた!」と、そう言って急いで彼女の元へと駆け寄った。
「いいよ!気持ちよさそうに寝てたから起こすのも悪いなぁーと思って……それに……」
最後の方はゴニョゴニョと小さな声だったので何て言ったのかは俺には聞き取れなかった。
「ほんとごめん!何か手伝えることない??」
「夜ご飯の仕込みしてるから、切った野菜をお鍋で炒めてくれるかな?」
「わかった」
鍋でニンジンとジャガイモと玉ねぎを炒める。
「野菜がしんなりしてきたらこれも入れて、うちの肉じゃがはひき肉で作るんだよー」と牛ひき肉を冷蔵庫から出してきた西條さん。
「へぇ、うちの母さんはいつも普通のお肉で作ってるな。」
しばらく炒めて、野菜に火が通ってきたのでひき肉を入れる。
「うちのパパがご飯に掛けて食べるからひき肉になったってママが言ってた!甘めの味付けだけど直樹くんの口に合うかな?」
「昼のオムライスも美味しかったし、明里さんの作る料理なら何だって美味しいはずだよ。」
「もうっ!それは言いすぎだよっ!」
と体をぶつけてくる西條さん。
2人でイチャイチャしているとお肉も火が通った。
「じゃあお水入れて味付けしていくね。後は煮込むだけだから直樹くんはゆっくりしてて大丈夫だよ、ありがと!」
と西條さんは手際よく調味料を鍋に入れいく。
その姿を見ていて『こういうの良いよなぁ』と思う。
「よし、あとはしばらく弱火で置いておくね。」
窓の外を見るともう夕方になって来ていた。
「…晩ご飯は一緒に食べてから帰るの?」
「どうしよっかなぁー…直樹くんは私と一緒に食べたいのかなぁー?」とニヤニヤしながら聞いてくる西條さんに
「うん、明里さんとまだ一緒にいたいかな…」
と、思い切って今の気持ちをストレートに伝えてみた。
そんな返事が来ると思っていなかったのか
「あ、えっと…そ、そこまで言うならご飯食べて帰ろっかなぁー…」と視線をキョロキョロさせながら言う西條さん。
言った後に自分がなかなか大胆な事を言ってしまったと気づき俺は照れた、かなり照れた。
一緒に居たいと言われて西條も照れている様子。
お互い話すのが気恥ずかしくなったのか無言の空間に、肉じゃがを煮込むコトコトという音だけがやけに大きく聞こえた。
それから肉じゃがが出来上がりお皿に盛り付け、サラダと即席の味噌汁をテーブルに運び一緒に晩ご飯を食べることに。
「「いただきます」」
「西條家の味付けも気に入ってくれると嬉しいな」
一口肉じゃがを食べるといつもの母が作るのに比べて甘口の味付けだが、とても美味しい。
「めっちゃ美味しい!俺、この味好きだな。」
「良かったー、多めに作ったから明日にでも温めて食べてね!」
嬉しそう話す西條さん。
会話も弾みながら食べ終わった俺たち。
「洗い物終わったらそろそろ帰るね!」
外はもう日が落ちて完全に夜になっていた。
「うん、ありがとう、洗うのは俺がするから拭いていってくれるかな?」
「もちろん!キッチンも借りたし、綺麗にしなくちゃ!」
俺が洗い、西條さんが拭いて食器を片付ける。
なんだか同棲中のカップルのような雰囲気の2人
お互い無言でいても嫌な空気感とはならない。
片付けも終わり時計を見ると8時を過ぎ「じゃあそろそろ帰るね!」と西條さんが言う。
「家まで送るよ、ついでにDVDも返しに行ってくるね」
「そういやDVD今日までだったね!一緒に借りたし、私も一緒に行くよ!」
「いやいや、もう時間も遅いし外も暗いから明里さんを送った後に1人で行くよ、親御さんに心配かけちゃ悪いし。」
んーと考えながら「確かに…ママは大丈夫だけど、パパはちょっとうるさいかも」
苦笑いしながら言う西條さん。
返すDVDの準備をし、俺たちは家を出た。
暗くなった道を2人で歩く。
「今日はありがとう。明里さんの料理食べれて嬉しかった。また今度お礼するね。」
「いやいや、私が言い出してご飯作っただけだからほんと気にしないで!」
と言って手をブンブンと振っている西條さん。
「あんな美味しいご飯作ってもらってなにもお返ししないのは俺の気がすまないよ」
「えー…なんか気使わせちゃったなぁ……じゃ、じゃあさ、1つお願い聞いて欲しいなぁーなんて」
…なんだろう?
「俺にできることなら何でも言って、で、でも、無理そうなのは出来ないよ?」
「うん、そんな難しくはない…かな?」
「おっけー、じゃあお願いって何かな?」
「あー…えっとね…そのー…」
言いづらそうな様子の西條。
「あれだよ!あれ!よ、夜になっちゃったからちょっと肌寒いなー…って思ったり…」
と手を擦り合わせながら俺のことをチラチラと見てくる西條さん。
…5月に入ってるからそんなに寒く無いと思うんだけど…と不思議に思う。
…女の子だから冷えるのかな?
「あぁ、俺のシャツで良かったら羽織る?」と聞いてみるが
「えっと…そういうことじゃなくって…」と言われ俺はどうしたら良いか分からない。
「…手」
「手??」
「な、直樹くんと、て、手…繋ぎたいなぁ…」
「えぇ!?俺と!?」
「あ、いや、や、やっぱ今の無し!何でも無い!」
そう言って早足になってしまった西條さん。
そんな西條さんを追いかけ
〝キュッ“
と、軽くの手を握った。
「お、俺でいいなら、手…繋ごう?」
驚く西條さんの女の子らしい小さな手を優しく握る。
驚いた顔から嬉しそうな顔になった彼女は少しうつむいて「……くん…だからい…の…」と何かを囁いていた。
手を繋いでから一言も話さずに歩く俺たち。
…女の子の手…ちっちゃいんだな…それに柔らかい…
時折〝ニギニギ“と手の感触を楽しんでいるような西條さん。
イタズラ心で俺がギュッと握り返すと驚いたようにビクッと肩を揺らす西條さんを眺めながら、手を繋いでいるという現実を噛み締める。
もう少しで西條さんの家に着くという所まで来ると、彼女の歩く速度が遅くなってきた。
そのスピードに合わせて歩く俺。
しかし、とうとう家の前まで来てしまった。
俯いていた西條さんが顔を上げ「着いちゃったね…なんだかあっという間だった気がする」
そう言った西條さんの頬は暗くても分かるほど赤く染まっていた。
「そう…だね。」
そう答えるのがやっとの俺も頬に熱を感じる。
「今日は1日楽しかったよ…ありがとう。」
手を離し微笑みながら言う彼女の顔は、なんとも艶っぽく見え、心の中を掻き乱す。
「う、うん、俺も今日めちゃめちゃ楽しかった。途中寝ちゃったけど」
「よく寝てたね、可愛かったよ、ふふっ」
笑われてまた別の熱さが込み上げてくる。
「そこまで笑わなくても…」
「ごめんごめん、寝てるときのこと思い出しちゃって」
「寝ちゃった俺が悪いから何も言えないけどね」
「また明後日よろしくね。千晴に藤岡くんのこと聞くから、手伝ってね」
「うん、また明後日。じゃあ今日はありがとう」
そう言って彼女の家を後にした。
「送ってくれてありがと!気をつけて帰ってね!バイバイ!」
西條さんに見送られながらレンタルショップへと向かうのだった。




