「紙飛行機に背中を押されたんだ」と、先生は悪役令嬢に微笑んだ
『助けて』とだけ書いた紙で飛行機を折り、窓から飛ばした。
どうしてそんなことをしたのか、自分でもよく分からない。
もしかしたら前世の記憶のせいかも。中学生の時に、男子がよく教室の窓から飛ばしていた。毎度先生に叱られるのに、飽きもせずに。
でなければ弱音を吐く場所がほしかったか、運命が変わることを期待していたか。
一年ほど前から、私がどんな言動をしても全て裏目に出てしまう。覚えのない罪で非難され厭われる。
なぜこんなことになってしまうのかと毎晩悔し涙で枕を濡らし、底知れぬ恐怖に震え上がった。
だけど今朝突然思い出した前世の記憶によって、その理由がわかったわ。私は小説の中の悪役令嬢。主役のふたり――男爵令嬢と王太子の恋を燃え上がらせるためだけの存在なのよ。
何も知らないままでいたかった。
だって今日は小説のクライマックスだもの。これから開かれる卒業パーティーで私は警備兵たちに殺される。男爵令嬢を殺めようとしたとの理由で。
逃げ出したいけれど、寮の部屋の前では王太子の従者が見張っている。窓から出ようにも、ここは三階。もういっそ……
「誰だ! 紙飛行機なんかを飛ばした生徒は!」
突然外から怒鳴り声が聞こえてきた。
窓を開いて下を見ると、今年度赴任したばかりのリオン先生とバチリと目が合った。彼の手の中には私の紙飛行機がある。
「君かね、ニコラ!」
「すみません」
この世界の学校でもダメなことだとは思わなかったわ。
「反省文ものだぞ。今すぐそこへ行くから逃げるなよ!」
先生がここに来る?
リオン先生は兄の友人で、幼いころから親しくしてきた。彼のお嫁さんになりたいと願っていたころもあるくらい。
たとえ死亡エンドを避けられなくても、最後に先生との時間が持てるなら幸せだわ。
ほどなくやって来た先生の剣幕はかなりのものだった。私の手首をつかみ、王太子の従者たちの抗議を無視して私を寮の外へ連れ出した。そのまま学園の敷地をぐんぐん進む。
「どちらに行くのですか」
「助かる所だ」
その言葉に息をのんだ。
「前から何かがおかしいとは思っていた。そこにこれだ」と、先生は右手に持った紙飛行機を振った。「ひと演技、がんばった」
「どうして私が書いたものだと」
「……君の筆跡ぐらいわかる」
答えた先生の耳が赤い。
「私に関わると先生が罰せられるかもしれません」
「その覚悟もなしに迎えにいったとでも?」
先生は優しく微笑むと手首を離し、代わりに私の手を握りしめた。
第6回 なろうラジオ大賞のノミネート作品に選ばれ、番組内で朗読していただきました(2025,03,14)。
ありがとうございました!
なお番組はYou Tubeにある公式アーカイブで聞くことができます。【第337回】です。
URL
https://youtu.be/jmNTp2Aq5Bw?si=4OdwgjBDjaWj9L_z