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仮領主

 フラッツ家爵位剥奪後、同地の収める事となったのは王家派閥でもあり燐領のバーモンド男爵家が領地を引き継ぎ、新たに子爵の爵位を得ることとなった。

 旧フラッツ家のマナーハウスを射抜きする形で新たな副領主が着任することになった。

 任命されたのはバーモンド男爵家次男であるトマス・バーモンドだ、二十代も後半になる青年貴族で秀才だったが背が低く小太りで容姿が良いとは言えなかった。

 小太りの腹を突き出しながらトテトテと歩く様子から狸男爵と陰口を叩かれているのを本人も知っていたが、それを気にするような価値観は持っていない。

 跡取りでは無かったトマスは王宮の事務官として都市計画に従事していたが実家の領地拡大により呼び戻され、旧フラッツ領掌握の任を任されてしまったのだ。

 旧フラッツ家のマナーハウスは高い外壁が野球場ほどもある敷地を囲み、敷地の中には小川が横切り数百本の薔薇庭園と遊歩道が整備されている。

 敷地の中央には彫刻の施された石造りの堅牢でモダンなマナーハウスが街を見下ろすように建てられている、扉を開けば絵画や彫刻、芸術品と呼べる品々が部屋や廊下を埋めている。

 トマスは執務室で次官と書類を前に奮闘していた。

 会議室のように大きな執務室にコの字型にテーブルを配置して外側にそれぞれの係の次官たちが書類を持って決済をまっている、トマスはテーブルの内側を巡りながら次官からの説明を受けて指示を出していく、その処理能力は的確で早い、秀才と呼ばれるだけの事はあった。

 「それでぃ、貴金属類のぉ売却リストはできたのですかぁ」

 語尾にへんなイントネーションが付く。

 「閣下、それが地下の宝物庫の鍵を開けることが出来ないため調査が進んでおりません」

 「扉は壊してしまっていいですぅ、壊せなかったら壁を崩してしまいなさい」

 「しかしよろしいのですか、扉も装飾の施された文化的価値を持つ物ですが」

 「かまいませんよぉ、開かない扉は扉ではあぁりません、倉庫内の調査が先です、それに鍵の紛失は旧フラッツ家使用人たちが後から盗みに入るつもりで持ち逃げしたに決まぁっています、とっとと売り払ってしまいましょう」

 財務整理、住民基本台帳、領内施設の整備計画、税収目録と会計、登録のない住民も含めれば五千人近くが領民となる、実家バーモント旧男爵領地の倍だ、統合されて新バーモント子爵家は貴族階級の中の下といった領地の統治をまかされたのだ。

 会計書類と金庫を確認してトマスは驚いた、予算がバーモントと比較して一桁違った、

そのほとんどがフラッツ家による娯楽遊興、芸術品の購入、酒や煙草の嗜好品、いわば贅沢消費に費やされている。

 「金持ちと灰吹きは溜まるほど汚いとはよく言ったものだなぁ」

 目立った産業のない領地内、税収のほとんどは農業と畜産、小規模の炭鉱があるだけだ、領民からの税金だけではこの予算は作れない。

 「なにか別の財布を持っていたようですねぇ」

 狸男爵はフンフンと鼻を鳴らす、嗅ぎ分けるのは不正の臭い。

 トマスの価値観は信仰による正義、生来の容姿を得られなかった次男は王宮次官の仕事に生きる価値を見出した仕事人間だ。

 トマスはマナーハウスの廊下を次の執務に向かう途中で、開いた扉から肖像画を外しているのを見かけて立ち止まる。

 「あれは・・・」歴代のフラッツ家、家族の肖像画だ、その中でも現行の子爵夫妻の画は特大サイズ、自己顕示欲と画の大きさは比例する。

 「馬鹿げた大きさだなぁ、燃やしぃてしまいなさい」

 ただ肖像画を飾るだけの部屋がバーモンド家のマナーハウスと同等だ、何よりトマスは見栄と無駄使いが大嫌いだ。

 「!」そんなトマスが飾られた一枚の絵の前で脚を止めた。

 「カーニャたん・・・」

 隣領だったフラッツ家とバーモンド家は国の派閥が明確化する前までは付き合いがあった、トマスは幼いカーニャの事を良く覚えている。

 幼ない頃のカーニャはトマスに良く懐いていた、挨拶に来て暇を持て余した姫の相手をさせられたものだ、絵本を読み聞かせをせがまれた、楽しい話、悲しい話、怖い話、なんでも夢中になって聞いてくれた、読み聞かせた一言一句に泣き笑うカーニャの純真な瞳を覚えている。

 「大きくなったらトマスのお嫁さんになるぅ!」

 自分の役目も貴族としての男の価値も知らない幼い姫は十歳の祝賀会でそう宣誓して周囲を困らせた。

 子爵の令嬢に自分では役不足だと承知していたが嬉しかった、最初で最後の告白を受けたようなものだ。

 隣国との大戦後、兵役からトマスが帰ったあとは両家は別派閥となり敵対関係になった、自然と付き合いはなくなりカーニャと顔を合わすことも減っていった。

 最後に顔を見たのは国王主催のいつかの舞踏会だったろうか、着飾り化粧した顔はすっかり大人の令嬢、ハイヒールを履きこなした彼女は視界の隅に映った自分に一瞥もくれずに通り過ぎていった、絵本好きの幼女はいなかった。

 それでいい、頼もしくもあり寂しくもあったが社交界の海を可憐に泳ぎ回るカーニャを眩しく見送ったものだ。

 爵位剥奪が決まり最初にフラッツ家の解体にやってきたのは王宮直属の軍属たち、否応なく明け渡しを迫られたカーニャは身一つで放り出されたという。

 半年前に義賊によって当主を殺され窮地に陥っていたフラッツ家にも軍属は情け容赦なかった、一応後継人とされた街の商会もカーニャの居場所を知らないという、隠匿して痛ぶっているに違いなかった、自分の派遣が早ければ匿ってやれたかもしれない。

 今はどうしているのか、早く探し出してやりたかった。

 「もう・・・遅いか」既に半年、生きているとは思えなかった、気位いの高かったカーニャ、今年で十七歳になったはずだ、王家に敵対したと言っても彼女になんの罪があったというのか、それが貴族の務めだと分かっていても心が痛かった。

 役夫たちが肖像画を外して外へ持ち出している。

 「旦那、この絵はどうします?」あまりに長い事絵を見ていたトマスに役夫が聞いた。

「この絵は額から外して私の執務室に運んでくれ、額は捨てて構わん」

「へい、承知しやした」

 絵の中のカーニャは微笑みを湛えたまま部屋を出ていった、部屋の窓から見える広大な敷地の隅に掘られた穴に無用となった調度品たちが黒い煙を昇らせているのが見えた、黒い煙が怨念のように棚引いていた。


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