エリクサーの丘に
「エミー・・・・・・」
「フローラ・・・・・・デル兄たちの墓標の事でいろいろ尽力してくたんだってな、ありがとう」
「やめて、私はどうやって謝ったらいいか言葉が見つからない」
「デル兄たちが死んだのは王宮の責でもましてフローラの責任じゃない」
悲しい微笑の目には湧きだした涙を溜めている、俯けば頬を伝うだろう。
「行くの?」
「ああ、ティアを連れて行く、何処にあるかも分からない島だけれどデル兄たちは行って、そして帰ってきた、存在しているなら行けるだろう」
「ティアちゃんは平気?」
「大丈夫だとは言えない、時間が必要だ、君なら彼女の気持ちが分かるだろう」
「そうね、必要なのは慰めより使命、悲しみから目を逸らすことを許してくれる何か、見つめ過ぎれば吞まれてしまう」
フローラも父親を魔獣ヤーグルに殺されている。
「結婚式の事、聞いたよ、良く決断したな」
「私は今後ずっとこの王宮の中だけで終わるような事はしたくない、皇太子妃となっても自分のルーツを失わずにいたい、あの森の空気を忘れないためにあの場所で区切りをつけたい・・・・・・というのは半分、実はアオギリたちに祝ってもらいたいだけかも」
「おめ・・・・・・」フローラの指が開こうとするエミーの唇を押さえた。
「エミーにも来てほしい」
「遠くから見ているよ、婚約披露の時も見ていた」
「やっぱり」
「岩人の里に四人知り合いが世話になっている、領主たるバロネスに断る時間がなかった、事後了解で済まない」
「いいよ、貴方は私同然、なんなら今からでも人生交代してみる気はない?きっとバレないわよ」
「遠慮するよ、だいたい私は男だ、エドと添い遂げるのは勘弁だ」
「あら、いい人よ、いい意味で王族らしくない」
「知っている」
「もう会えないと思っていたわ、逃げるようにいなくなって」
「今ここにいては説得力が無くなるけれど、この顔は君にとって両刃の剣だ、不必要に近くにいない方がいい」
「いつ頃発つの?」
「まずは情報を集めなきゃならない、デル兄たちの山小屋に行ってみる、全てはそこからだ」
「マンさんがデルさんと約束していたクルーザー船、ブラックコーラル号は無事だったわ」
「!」「良くあの砲撃を受けて無事に済んだな」
「武器改装のために一時的に試験航海に出ていたみたい、造船所自体は燃えちゃったから今は王家禁軍の港に係留しているわ、必要になるまで私が責任を持って預かります」
「ブラックコーラル号、もしかしてミストレス・ブラックパールの船か!?」
「皮肉よね、仇敵の力を借りるみたいで釈然としないわ」
「あの後ミストレスはどうなったの?」
「王様が何処かに幽閉したそうよ、場所は王様しか知らないみたい」
「死罪にはなっていないのだな」
「話を聞く限り昔は真面な人だったみたい、前の戦争でご主人や息子を失くしてからおかしくなったって、愛情の裏返りは怖いものね」
「納得できるのか」
「もう、いいわ、貴方のお蔭でケジメはついたもの、それに過去に囚われすぎるとそれこそミストレスの二の舞になる、視野は広く、でしょ」
「大人になったのだな、立派な皇太子妃になれる」
「やめてよ、忙しすぎて考える暇がないの、新しい事を始めるためには整理が必要なのよ、直ぐにキャパオーバーになっちゃう」
「なんか誇らしいよ、君は素敵だ」
「随分持ち上げるじゃない、なんか企んでる?」
「バレたか、自分は騙せないな」
「いいわ、エミーの話なら何だって聞くわ」
「頼もしい、実は・・・・・・」
王宮内で賓客の拉致事件が発生したことで警備部の責任は追及を免れない、先にも王妃暗殺を狙った毒鍋の侵入も許していることから責任者は更迭、一度解体してからの再構築をすることとなった。
立ち上げまでの責任者をチーム・エドワードのモリスとジュン少尉が担っていた。
「モリス、ジュン少尉、闘技場での援護には感謝する、お蔭で無事に脱出することができたよ」
「謝るのはこっちだ、俺達がだらしないばかりにこんなことになっちまって、本当に悪い事をした」
「情けないよ、王様も王妃様も酷く気落ちしていらっしゃる、戦時中はもっと緊張感があった、少し世の中が平和になったと思ったらこれだ、安寧に胡坐をかいちまう、人選からもう一度やり直しだ」
「今日はその事できたんだ、デル兄とルイスを撃った銃がまだ野放しになっている、今後の警備体制を根本的に見直した方がいい」
「どういうことだ?」
「恐らくこの世界のものじゃない、その射程は恐ろしく遠い、五百メートルを超えるものだ」
「五百だって!?」
「それは確かか!」
モリスとジュン少尉の顔色が変わる、警備範囲が圧倒的に変わる。
「射撃ポイントは見つけた、間違いない、デル兄たちは五百メートル先から狙撃されて一撃で心臓を貫かれたんだ」
「五百メートルは私でも無理だ、マスケット銃なら有効射程はいいとこ百メートル、それに狙って当てるなんてことは出来ない」
「銃の威力もそうだが恐ろしいのは目だ、五百メートル先の拳大の的に焦点を合わせられる目を持っている」
「それが本当なら王族や要人の警護方法は随分と考え直さなきゃならない」
「たぶん二人以上だ、発砲音は一つだったらしい、しかし同時に二人やられた、別目標にタイミングを合わせて引金を引いたとしか思えない」
「どんな形の武器なのかも分からなくちゃ探しようがないな」
「不確かなヒントだが、現場に残っていた車輪の轍は細い縞模様があった、それにオリーブオイルを焦がした匂い、そんな乗り物で移動している」
「乗り物?」「それも彼の地の物だってことか」
「ああ、だとすれば非常に目立つはずだ、もしそんな情報があったら私にも教えてほしい」
「やるつもりなのかい?」
「この国の、エドやフローラたちの脅威になるなら放ってはおけない、なによりデル兄たちの命の分は償ってもらう」
「エミー、あんたも無茶するなよ、といっても釈迦に説法だな」
「矢面に立つのは貴方たちも同じ、視野を広く、慎重にな」
「ああ、肝に銘じておくよ」
「さよならは言わないぜ、ムートンの式で会うぞ」
「その時は無礼講だ、絶対酔いつぶれるなよ」
「私は酒を飲んでも酔わない、無駄だよ」
「それまでに決着が付くといいな」
「いや、つけて見せるさ」
新たな警備部本部となる大きな広間には未だに数人が出入りしているのみだが、仕切られた武器庫の中に収納されているのはマスケット銃を改良したミニエー銃だ。
銃身にライフルリングと呼ばれる溝が刻まれ、ドングリ型の弾丸を使用する、従来のものより数段直進性と飛距離が改善されてはいるが、今だ薬莢はなく一発ごとに火薬を銃身に摘めて使用するものだ。
しかし、時代の主戦力は刀剣から銃の世界に移っていく。
「ティアちゃん、私の為に貴方から父親を二人とも奪う事になってしまった、本当にごめんなさい」
王妃は膝をついて小さな身体を抱きしめた。
「お父さんはラテラおばちゃんを責めたりしないよ、それでおばちゃんの具合が悪くなったら頑張ったお父さんたちの努力が無駄になっちゃう、だからいいの、お父さんたちは私がお母さんの所に連れていく、エミーお姉ちゃんと一緒に」
「どうしても行くの?ここにいてもいいのよ、出来るならいてちょうだい」
「ラテラおばちゃんも、フローラお姉さんも、ハーディじいちゃんもみんな優しいし大好きだよ、でも行かなきゃ、お母さんずっと何年も一人で待っているんだもの、きっと寂しいよ、私が連れていくの、そして立派な父親だったってお母さんに言ってあげるんだ」
「ティアちゃん・・・・・・」堪えきれずに王妃は泣いた。
「大丈夫、心配しないで、またすぐ会えるもの、一度実家の小屋に帰ってみるってエミーお姉ちゃんがいってた、その後また必ず会いに来るから、それまでラテラおばちゃんも元気にしていてね」
優しく頭を撫でたのはティアの方だった。
神獣は二人の墓標の前にいた、しゃがみ込んで土を掘っている。
「何をしているの?」エミーが聞く。
「種を植えるの」小さな掌を開くと植物の種が数粒握られている。
「これは何の種なの?」見たことの無い種類の種だ。
「エリクサーだよ、エリクサーを作るときの蜂蜜の樹なの」
「ギョウリュウバイの樹?」
「名前は分んない、でもお母さんの島から持ってきたんだって、小屋の周りにもたくさん植えてあるよ、春になると斜面一面が黄色になってすごく綺麗なんだ」
「お母さんと過ごした島をこの花を見ると思い出すっていつも言ってた、お母さんの事を沢山話してくれた、忘れない」
少女の瞳に映ったデルとルイスの姿はまだ見ぬ母と共に黄色の丘の中にいる。
「エミーの事も聞いていたよ、優秀な弟だって自慢してた」
二人の墓標を囲むように種を植えていく、何年か先には黄色の花が墓標を飾るだろう。
果たすことの出来なかった夢に慰めの花を手向けにして、いつか彼の島に辿り着いたなら、そこに二人の墓標を建てよう、愛しいマヒメの傍で眠れるように。
墓標の向こうに歩き去る二人の背中が見えた。
振り返った優しく笑う二人の顔、神獣は生涯忘れない。
「さよなら、お父さん、ありがとう」
Fin.
蜂蜜とエリクサー 完結しました、ありがとうございました。
エミーの物語はもう少し続きます、次章「神獣の騎士」2月半ばには始めようと思います、よろしくお願いします。




