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葬送

 デルとルイスの遺体は王宮関係者の専用墓地に並んで埋葬された、葬儀の日、その日は暖かな南風が吹いていた、墓地に植えられた春の花が咲き始めて優しい香りが漂っている。

 黒衣の列の先頭には国王夫妻、皇太子と婚約者、王宮の要職者たちが献花に訪れて二人に感謝と別離の花を供えた。

 特にラテラ王妃は心痛のあまり病が再発するのではないかとハーディ医師を心配させた、なによりもあれほど明るく飛び回っていたティア姫が笑わなくなってしまった、隣に立っている女性の手を掴んで離さない、その姿が周囲の涙を誘った、仲の良い親子であればこそ余計に悲しさが人々の心を抉る。

 「ティア姫の隣にいるのは誰だ?」

 「デル殿の妹さんだそうだ」

 「そうなのか、なんか冷たそうな女だな」

 「ああ、ベールで隠れているが啜り泣き一つ聞こえない、縁遠かったのかも知れないな」

 「何か不気味な女だ」

 「ティア姫はどうするのだ、身寄りはないのだろう?彼女が引き取るのかな」

 「流石に王家の養子とはいかんだろうが王妃様が手元に置きたがっているという話だ」

 「人懐こい娘だ、王妃様も離れるのは辛かろう」

 「街に降りれば孤児など珍しくはないがティア姫には不幸になってほしくはないな」

 「俺もだよ」

 葬送の列を迎える側に立っているのは黒いベールで顔を隠したエミーと黒いワンピースのティアだけだ。

 フローラに会うのはムートンの森以来だ、久しぶり相対したフローラは少し大人になっていた、もう簡単に抱き合って再会を喜べる身分ではないし苦い再会になってしまった。

 何よりも知り合いだと周りに感づかれてはいけない、顔を見られるのはもっと駄目だ、二人は声を出さずに頷いて献花を見送った。

 去っていく背中が俯いて震えている、エドが優しく肩を抱いた、一度だけ振り向いた顔が涙で赤く腫れている。

 フローラならそうなる、デル兄のために自分の分まで泣いてくれた。

 エルザたちも王宮に残ってはいるが参列者の側、献花できるのは王宮関係者の後になる。

 「ティア、これからどうしたい?」献花の列に頭を向けながらエミーは聞いてみた。

 「・・・・・・まだわかんない」

 インプが聞いていた、デル兄の最後の言葉。

 “エミー、ティアを頼む”

 「そう、泣いてもいいのよ」

 「ううん、泣かない、デル父さんもルイ父さんも私が泣いたら眠らないの、よく怖い夢をみたの、真っ暗な海の底、誰もいなくて音もしない、私一人しかいない、怖くなって泳いでもやっぱり誰もいない、怖くて泣いてしまう、でも目を開けると必ず父さんたちの顔が見えた、心配そうな顔、髪を撫でてくれて・・・・・・優しい手だった」

 「そうか・・・・・・」

 「もう撫でて貰えない、お父さんに触れない」

 「忘れないで二人の手を、貴方は二人に深く愛されていた、少し羨ましい」

 「人は死んだらどうなるの?」 

 「分からない」「でも思い出は消えない、ティアが生きている限りデル兄とルイスの思い出が死ぬ事はない」

 「会いにいったのかな、漂流島のお母さんに・・・・・・」

 「いや、ティアの傍に二人はいる、君が連れて行くんだ、デル兄とルイスを」

 「!」「そうか、私が連れて行けばいいんだ、あんなに会いたがっていたんだもの、合わせてあげなきゃ」

 「そうだな、付き合うよ」

 片手でティアを楽々と抱きかかえる。

 「だから、今は泣いていい」

 「うっ・・・・・・くっ」「お父さん・・・・・・」

 それでもティアは奥歯を噛んで声を殺した、エミーの薄い胸に埋めた目から止めどなく涙が溢れて春風が塩の匂いをエミーに届けた。

 「さよなら、兄さん・・・・・・」

 

 禁軍がニースの港に到着した時、既にザ・ノアは港を抜け出し外洋に出航していた、国軍のガレオン船が後を追っているが蒸気船の足は速い、何処へ向かったかも不明な状況では雲を掴むような話だった。

 狙撃者の痕跡は見つけることが出来た、エミーの推察どおり狙撃ポイントと見られる街道に車輪の轍が残されていた、馬車の車輪とは違うものだ、ホランドたちが聞いたガラガラという音は分からないが、エミーの鼻は土に染みついた油の匂いを嗅ぎ取っていた、油、何の油なのか、王宮で出された食事の中にヒントがあった、オリーブオイルの匂いだ。

 狙撃者は彼の地の機械を使って移動している、目立つはずだ、どこかで目撃情報が必ず上がる、それを辿ればあるいはザ・ノアに行き着くかもしれない。

 なぜ二人の命を奪わなければならなかったか確かめたい、そして必ず殺す。

 怒りや復讐、少し違う。

 正義や道徳とも違う、怨みを買っているのは同じだ、自分の方が殺しているかもしれない、死は誰の上にも降る、早いか遅いかの違いだけだ。

 生きて死ぬ、結果は同じ、私は他人の感情に寄生する毒蜂、最後の瞬間は幸福な人を感じながら・・・・・・そうは上手くいかないだろう、なにしろ神様は悪魔が嫌いらしい。


「すっかり懐かれたねぇ」エミーの膝の上に乗っているティアを見てエルザが笑った。

 「エルザ、いろいろと世話になった、ムートンに戻るのか?」

 「あー、そのことなんだがな、ホランドとインプとも話したんだけれど・・・・・・」

 「なによ、勿体付けないで」エルザの歯切れが珍しく悪い、照れくさそうに頭を搔いている。

 「俺が言おう」ホランドが立ち上がった。

 「?」

 「エミー、お前はティアと、そのナントカ島を目指すのだろう?」

 「ああ、その積もりだ」三人が目配せして頷いた。

 「決まりだ、儂たちも同行させてくれ」インプが自分から話すのは珍しい。

 「それは・・・・・・私に貴方たちを雇えるほどのお金はないわ」

 「金などいらない、何なら幾らかは出してもいい、私たちも行きたいんだ」

 「理由はなんだ?貴方たちはプロだろう、金の契約なしに慈善事業はしないのでは」

 「時と場合によるさ、エリクサーを飲んだ後にあたしは見ちまったんだ、天を衝く巨大な山の風景、あれは彼の地の風景だ、どうしてか懐かしい、覚えがある、行ってみたいんだ」

 「儂らも同じじゃが、理由はもう一つある」

 「俺たちを囚われていたあの忌々しい船から助けてくれたのはティア姫だ、俺たちは姫の騎士として同行する」

 「ふふっ、神獣の騎士か、いいわね!歓迎するわ」

 「お船・・・・・・」

 「船?船がどうかしたのか、ティア」

 「約束したの、マンおじちゃんと、王妃様の病気をエリクサーで治したら船をくれるって約束したんだ」

 「デル兄たちはその船で漂流島へ向かうつもりだったのね」

 「なるほど、王宮にエリクサーが持ち込まれたって言うのはティアたちのことだったんだな」

 「おっ、おい、ひょっとして船ってニースの造船所にあったんじゃないかい、だとしたらマズいよ、あそこは教団の砲撃で火の海だ、みんな燃えちまった」

 「あいつら追撃を躱すために湾内にある船を潰していったんだ」

 「直ぐには行けない、何処へ舵を取ればいいのか分からない」

 「彼の地って言っていたじゃろ、そんなに遠いのか?」

 「其処はね、この世界にはない場所なんだって、お父さんたちも偶然入口に入っちゃたんだって」

 「この世界にはないって、じゃあ・・・・・・」

 「勘違いしてはいけないわ、デル兄たちは生きていた、死んで戻ったわけじゃない、彼らがいったなら私たちも行けないはずはない」

 「そういう理屈もあるかのう」

 「ヒントは必ずある、まずはティアが育った山小屋だ、デル兄たちが必ず何か残しているはずだ」

 「なるほど、ティア、家までの道は覚えているかい?」

 「もちろん、覚えているよ」

 「あの船がなんの目的で航海に出たのかは分からないが、拳銃や闘技場に降った白い閃光爆弾、この世界の武器とは思えない、ダーク・エリクサーや黄金のエリクサーもそうだ、教団のいう選民とは彼の地の血を引くものことを言っているんじゃないか」

 「奴らが言うにホランドと儂は彼の地の血が濃いそうじゃ、まあ、言われてみれば常人とはちいとばかり違うのは確かじゃ」

 「そうだ、俺は角が生えてしまった、戻らん」

 「一度カーニャとトマスの所にも寄りたい、教団の船は出て行ったが根絶やしになったわけじゃない、何より五百メートル先から人を殺せる武器を持った奴がいる、放ってはおけない」

 「その武器、たぶん銃なのだろうね、使った人間自体も彼の地の者なのかもしれないねぇ」

 「そうだな、そんな武器はこの世界に存在してはいけないな、それは悪魔の手だ」

 エミーの指が首へと伸びる、細く切れた目が彼の地まで見透かしているか。


 「彼の地の悪魔、この世界で犯した罪は償ってもらうわ」


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