正中線
正中線、身体の中心軸、正面を対極に分ける軸、これを取られることは負けに繋がる、既に空間を制されていることに気付けないフレディもまた素人だ。
しかし仮にもホランドや不意打ちでもエルザを一度は倒している身体能力は脅威だ、更に今は拳銃というチートな武器を手にしている。
だがエミーの目が測った危険度レベルで言えば左手に持った一本鞭の方が用心すべき武器に映っている。
あれは鞭ではない、ロープワーク、縛法または逮捕術という技がある、フレディの主力武器は左手、右手の拳銃はフェイク、黒服フレディはサウスポーだ。
正面から見ても華奢で細いエミーが半身になっていくと薄い身体は一本の棒にしか映らない、滑るように動く足捌きは止まらない。
「無駄な事を!」フレディがエミーに向けて正中線を晒して拳銃を向ける、肘を伸ばして射撃スタンスを取った、訓練を受けた動きか見様見真似か。
パアァンッ バシャッ 銃弾はエミーの脇を掠めて砂に飛び込んだ。
「!?」フレディは当てる積もりで引き金を引いた、しかし当たらない。
想像する以上に動く的に当てることは難しい、アメリカ合衆国警察のデータによると十メーター離れると命中率は十パーセント以下になる、訓練された警察官でさえ当たらない。
もちろん拳銃さえ見たことのなエミーはそんなデータを知る由もない、フレディは銃撃の基本通り目標に対して正中に構えて肘を伸ばし引金を引いている、直線にしか飛翔しない銃弾を躱すには正中を外せば良いだけだ。
発射されるタイミングは指を動かす人差し指の中指骨を見て測られている、単に静止視力だけではなく動態視力、空間視力、色覚、エミーの目は猛禽の世界を見ている。
不規則に正中線を切りながら動き続ける細い棒に当てるのは動かない的に当てるのに比較して桁違いに難しい。
フレディはポーカーフェイスを崩してはいないが目の前にある細い剣がなんとも目障りだ、突き付けられた切っ先は間合いの遥か外、届くはずもないが視線を外した一瞬に自分の喉に届く幻影が見える、この距離はエミーの間合いだ。
「あと何発撃てるの?六発、七発くらいかしら」
「何故分かる?拳銃など見たことはあるまいに!」
「簡単よ、そいつが吐き出した金管、それを収容出来る場所は限られる、大きさからみて入るのは八から九つでしょう、どうかしら?遠からずではなくて」
「ふんっ、その残弾が分かっていてまだやるというのか」
フレディの口調は言葉と裏腹に余裕がない。
「逆ね、その残弾で、まだそれに頼るつもりなの、早く本命を使う事をお勧めするわ」
「!?」
「あなたのファースト・ウェポンはその左手の金属ロープ、使う技は逮捕術縛法、出来れば私を殺さずに捕えたいと考えている、違うかしら左利きのフレディさん」
女の目が妖しく笑う、見透かされている。
「呆れたお嬢さんだ、いったい何者ですか!?」
撃鉄を下げて安全装置を掛けるとホルスターに仕舞う。
「ふふっ、自分が何者なのか私にも分からない、教えてもらえる?」
ジグロを鞘に音もなく仕舞う、剣が鞘に触れていない。
「やる気をなくして剣を収めたのではないな、ならば突いてくるがいい、その時こそ教えてあげよう、不死神の使徒に挑む愚かさを!」
鋼のロープに輪を結ぶ、フィッシャーマンズ・デッド・ノット、その輪を潜ればもう逃げることは出来ない、引かれれば永久に締まり続ける縛法。
「あなた・・・・・・心臓の鼓動が早くなっている、緊張しているのね、羨ましい」
「貴様は緊張していないというのか!?見下されてものだ」
「ちょっと違う、しないないではなく出来ないだけ」
半身に構えた女の懐に剣が隠れて見えない、畳まれた腕が筋肉、骨格の動きまでも隠している。
「あっ、言い忘れていたわ、私、女じゃないの、男なのよ」
「!?」
ヒュッ 小さな風切り音、遥か遠くから銀輪の残像が伸びてくる、届く!!
全身のバネを使って後ろへ飛ぶ、ヒュアッ 鼻面を掠めた!残した黒髪が切断されて空に舞う。
「くっ!」 ザッ スッ 再び剣は鞘に戻る 「すごい躱し方、よく靭帯を痛めないわね」
「毒蜂らしい姑息な技だ、正々堂々突き入れてこい!絡めとってやる!」
「弱者が工夫するのは当然、カウンター狙いだけでは技の組み立てが少なくなる、戦いの場で初手を制することは主導権を握るに等しい、殺しのストーリーはオープニングが書けなければエンディングも書けない」
行き当たりばったりで技は繋げない、最後の一太刀に向けて相手を誘導する、拮抗する同士ならストーリーの押し付け合い、乗せられ踊らされた方が死ぬ事になる。
ノスフェラトゥの兵士たちは学んでいない、書き換えにより得られた身体能力チートだけで蹂躙してきた、技術と理論が無い。
同等に近い身体能力、殺すこと壊すこと、自分が不利な状況で活路を見出すためには学ぶことが必要なのだ。
瞬発力だけで躱せるのは良くて二、三回、組み立てられた連撃を躱し続けることは不可能だ。
フレディはジリジリと後退する、一度石床を踏んでから迂回するように砂場に戻る、二人の間には踏まれていない砂地で隔てられた。
「では私の技も披露しよう、貴方に躱せるかな?」
左手のロープを鞭のように振り回して加速させる、バチンッ バチンッと派手な音が響く。
妙だ、フレディは先ほど部下がウルミンをかいくぐられて屠られたのを見ている、線の攻撃しか出来ない一本鞭では更に不利になる、罠の匂い。
均された砂地は怪しすぎる、これ見よがしの罠、トラ鋏か括り罠か。
フレディの下手な演技、誘導したいのは・・・・・・石床の方だ!
スンッ エミーが鼻を鳴らすと砂バンカーに向かってジャンプした「なっ!!」砂地に向かって真下に剣を突き刺す! ドスッ 「ぐえっ!」 罠は待ち伏せだった、掘られた穴にマスケット銃を持った兵士が隠れていた、石床に誘い出して正面の砂地から狙撃する作戦だったのだ。
フレディは絶句した、裏をかいたつもりが更に読まれていた。
「マスケット銃の匂いは隠せない、工夫が足りない」 氷の微笑。
気づけばエミーの立ち位置は左の壁沿い、鞭の有効範囲を消されている!ならば再度拳銃だとホルスターに手を伸ばした時には毒蜂の羽音が迫っていた。
「くそっ!」ノールックではホルスターからは抜けない、一瞬エミーから視線が外れた パアッンッ 抜きざまにトリガーをガク引き トスッ 「ごっおっ!?」 拳銃を向けた先にエミーいなかった、代わりにフレディが見たのは背中から腹に突き抜けたジグロの白刃、どうしてこうなったのか理解できない。
「がっ?」腹の中で内臓を切られる激痛が来た!背後に冷たい気配が姿を現す、しかも柵の向こう側だ、格子の隙間から剣が突き出されている。
「マスケット銃は火薬の匂いがきつ過ぎる、拳銃を持たせれば良かったのに、部下を信頼出来なかったのね」
「ぐっおおおっ」 ガボォッ 大量の吐血、ジグロが腎臓、肝臓を貫通してなおも上に向かって切り裂いていく、その先は・・・・・・。
「や、止め・・・ろ、わた・・・しは、神のし・・・と、こんなところ・・・」
身体の中をジグロが動いていく、心臓に切っ先がめり込む。
「ごめんなさい、もう苦しめたくない」
毒蜂の哀しそうな囁きに鉄球が空気を引き裂く音が重なった。
ボシュ ヒュウルルルルルルッ 落ちてくる! 「ちっ」 ジグロを引き抜くとエルザの元へと走る! バンッ 柵を飛び越えると二対一になっていた一人に空中から切りかかる ザアアアアッ バシュンッ 黒服の一人の首から入って斜めにジグロが突き抜ける 「エルザ!」「エミー!」ヒュゥーーー 墜落音が近づく カッ 閃光! バァカアッアァッ 爆発! 「伏せろ!!」 砂に埋まるように飛び込むのと同時に空気が爆発の中心に向かって渦巻く! ブアアアアッ 黒服の死体が吸い込まれる。
バァアッバチバチバチッ プラチナの閃光は銀色の火花を散らしながら燃焼している、激しい燃焼に空気が吸い込まれて渦を造る。
闘技場の外からの迫撃砲はエレクトロン焼夷弾、マグネシウム合金のテルミット反応を利用した爆弾、拳銃同様に彼の地の物だ。
「熱っち!!何だいこりゃあ、空から降ってきやがった」
「分からない、でも味方じゃない」
ヒュウルルルルルルッ ピュルルルルルルッ バツッ ガァァァッンッ
闘技場の中に焼夷弾が幾つも降ってくる、迫撃砲が複数ある。
「メチャクチャだ!」
迫撃は正確な命中がない、敵も味方もない無差別攻撃 テルミット反応の燃焼温度は二千五百度以上、全てを燃える前に溶かしてしまう、飛沫にでも触れれば熱が身体を貫通する。
櫓は白い炎に包まれて姿はない、石床はドロドロに溶けて穴が開いていた。
「こりゃダメだ!この場を離れよう!」
「まて!フレディはどこだ!?」
「溶けちまったんじゃないのかい!?」
「まだ息があった、逃げられたかもしれない」
「ここにいたら私達もやばい!!逃げるよ」
二人はテルミット反応を続ける爆心部を避けながら闘技場から脱出した。




