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蘇生

 何処の川だろう、春の陽気に満ちた川に一隻の小舟がある、乗っているのは清楚で優しい表情に満ちた若い令嬢、どうしてかカーニャだと分かった。

 エミーに気付いたカーニャがそっと立ち上がるとスカートの裾を持ち膝を曲げてカーテシーと呼ばれる挨拶を向ける。

 優雅で気品に満ちた動き、さすがは本物の子爵令嬢だと感心した。

 誇らしげに揺れる艶やかな髪と透き通る肌、長い睫毛に憂いを残して優しく微笑む。

 その唇が「あ・り・が・と・う」と動いた。

 なんのことだ、どういう意味だと問い返そうとした時には船は動き始めている、飛沫も上げずに凄い速さで海へと下る。

 「!!」どの海へ向かうのか唐突に理解した。

 「ダメだ、カーニャ!!いくな!戻れ、戻るんだ!!」

 

 伸ばした手に温かい水を感じて目が覚めた。


 「はっ!?」

 隣にカーニャを見下ろす男がいた、直ぐにギル・ビオンディだと分かった。

 その瞳から止めどなく涙が溢れてカーニャの手を握ったままの手の甲に落ちている。

 その涙の意味、夢の意味。

 「カーニャ!!」その手は冷たかった、カーニャは昨晩の微笑みをその顔に残して旅立っていた。

 「そんな馬鹿な・・・」

 エミーは立ち上がると直ぐに脈と呼吸を確認する、どちらも停止している。

 ベッドに飛び乗り直ぐに心マッサージを始める、後悔が頭を埋め尽くした、手を握っていてなぜ気付かなかった、昨晩の様子に異常はなかったか、何かを見落とした。

 心肺停止から十五分以上過ぎれば蘇生の見込みは殆んどない、でもやる、諦めない。

 フローラでもエドワードでもきっとそうする。

 「逝かせない!戻れカーニャ、戻れ!」

 心マッサージ二十回、五回のマウストゥマウス、生気を失ったカーニャに繰り返す。

 ギルの手がエミーの肩に置かれた。

 「いいんだ、もう十分だ、逝かせてあげてくれ、さっき深呼吸をするようにしたあと呼吸が止まった、彼女は頑張った」

 落ち着いた声だった。

 「さっき!?さっきとはどの位前だ?」

 こちらの声にも切迫感はない、ギル以上に冷静で落ち着いた声が問いただす。

 「五分ほど前だ・・・」

 「そうか、可能性はある!」

 マッサージは止めない、熱くはならない、弱ったあばらを折らないよう慎重に、そして深く圧縮を繰り返す。

 「死ぬな!かっこつけるな、泥に塗れても生きろ!カーニャ!!」

「もう止めてやってく・・・」

 ゴホッゴホッ カーニャが咳き込んだ!苦しげに頭を振って呻いた。

「!!」

「やった!戻った!!」

 薄っすらと開いた目に光があった、網膜に届いた景色を脳に伝える。

 「おは・・・よう、ギル」

 最初の言葉、カーニャにとってはいつもの朝、自分が一度死んだことを知らない。

 「信じられない・・・神のご加護か」

 放心していたギルは両拳を組んで祈り、エミーはペチペチとカーニャの頬を叩いて刺激を与え自発呼吸を安定させるため覚醒を促す。

 「カーニャ分かるか、見ろ、私を見ろ、しっかりしろ」

 「・・・」声に応えるように視線がエミーを見た。

 「誰・・・?あなたは・・・」記憶が映像を結ぶ。

 「!!」子爵令嬢カーニャ・フラッツの記憶が甦る。

 「フローラ様!バロネス・フローラ・ムートン様!!」

 「えっ!?」「なんだと!?」カーニャの記憶はエミーを飛び越えて令嬢時代に見た男爵令嬢の顔を引き出していた。

 「ごめんなさい!ごめんなさい、お許しください!もう私にはなにもありません!!どうかお許しください!」

 覚醒と同時に激情が噴出した、王家を欺きムートン男爵暗殺を仕掛けたランドルトン公爵家に与した罪悪感がそう叫ばせている。

 「違う!私だ、エミーだ、しっかりしろカーニャ!」

 「えっ!?・・・」頭を抱えて怯える肩を揺すられてようやく現実を取り戻す。

 「エミー・・・ギル・・・私はいったい・・・」

 エミーが優しく胸を合わせてカーニャを抱きしめた。

 「いいんだ、バロネス・フローラは君を罰しない、君はもう自由だ」

 カーニャとギルの涙に角度の浅い冬の朝日が柔らかく反射してキラキラと光った、美しい光景と感情、そんな心と涙を持っている二人をエミーは羨ましかった、そして何も感じずに涙も流すことのできない自分が恥ずかしく振り向くことができなかった。


 「エミーさん、私たち二人の命は貴方によって救われた、どう感謝してよいか言葉がみつからない」

 カーニャのベッドを挟んで向き合ったギルは以外にも知的で紳士的な男で都会の匂いがした。

 「宿代だ、気にはしないでくれ」

 そう言いながらも二人の為に朝食を用意する、カーニャの粥は特に緩くしておく、拒食症による体力の衰退は消化機能の不全を起こしているかもしれない。

 「聞いてもいいか、崖にぶら下がっていた私をどうやって引き上げた?その後ここまで運んだのは誰が?」

 「私一人で対処した、他には誰も関わっていない、もちろんマッドハニーの事も誰にも知られていない」

 ギルの疑念がマッドハニーにあるとエミーは推察する、知られれば盗賊の的になり得る、そういう品だ。

 「本当なのか?その身体で・・・信じられん」

 「ギル、エミーさんの言っていることは本当よ、貴方は彼女の背に担がれて帰ってきたの、他には誰もいなかったし私と違ってマッドハニーの価値を知っていて手も付けなかった、裏に魂胆がある様な人じゃないわ」

 「しかし・・・」

 「私は流れ者の冒険者、日々暮らせるだけの貯えがあればいい、お金には困っていない」

 「熊を、穴持たずの熊がいなかったか、あいつに襲われて崖に上がれなくなっちまったんだ、いなくなるのを待っているうちにこっちの体力が尽きた」

 「いた、若い雄だった、多分死んだと思う」

 「死んだ?それも君がやったというのか、銃か?」

 「違う、銃は持っていない、刀で腕を切り落として崖から落とした」

 「はっ・・・呆れたな、熊に剣で立ち向かう女がいるとは・・・君が達人であることは理解したよ、疑って悪かった」

 ギルは素直に頭を下げた。

 「疑って当然だ、私が普通でない事は理解している、それと二人は勘違いしている、私は女ではない、れっきとした男だ」

 「ええっ!?エミーさんが男!嘘」

 「いろいろ信じられない人だな」

 「そう言われるのには慣れている」


 「私の名前はエミリアン・ギョー・東郷だ」


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