kings fields
「ここで黄金のエリクサーを精製していたのかい、ずいぶんとボロ屋だねぇ」
「ここの家主と私の雇い主は別な場所に避難させた、トマスも一緒だ」
「トマスが今帰ってきたら卒倒するな、悪いことをしちまった、立場を失うかもしれない、とても料金は請求できないねぇ」
ガサゴソと荷物を開いてエリクサーを探していく、急いで荷物をまとめた、カーニャの物だけを優先して積み込んだ、試飲用に作成した瓶がまだあったはずだ。
「トマスが帰還するまであと二日ある、それまでに脅威は排除したい、カーニャの為でもある」
「排除って、まさかあんた!?」
「ノスフェラトゥ教団全員殺すとは言わないわ、でもこの惨殺に関わった人間と幹部は全員殺す」
「誰の仇討ち?マナーハウスに知り合いでも居たのかい」
「彼らの罪状は・・・・・・ここはキングス・フィールド、フローラとエドの国になる場所、その地を荒らした罪は万死に値する、私が共感する幸せを壊すことは許さない」
「あんたもなかなか厄介な性分だねぇ、っと、あった、これじゃないかい!?」
机の下の土瓶の中から黄金色の液体が入った小瓶が三本残されていた。
「私の血と同化させたエリクサーなのに貴方には効果が高かった、意外と私とエルザはご先祖を辿れば近縁なのかもしれない」
「あたしは孤児さ、親の顔も自分が何者なのかも知らないよ、ああ、そこも一緒か」
「姉弟に乾杯といきましょうか」
カップにミドゥス酒を満たしてエリクサーの栓を抜く、ほとんどをエルザに注ぎ自分のカップには底に残った数的を垂らす。
「チアーズ、乾杯!」エミーがカップを掲げる。
「ヅォン ヴォエ、カンッパイ」エルザが返す、一息で飲み干す。
二人の首筋から背中に美しい鱗状の模様が浮き出ていた。
岩人の里にアオギリとサイゾウの赤鹿が帰ってくる、トマスたちの到着を受けて二人は襲撃現場を確認に走っていた。
「どうでした!?エミーさんは!エミーさんは無事でしたか!?」
カーニャとトマスが駆け寄る。
「小屋の周辺に姿は見えなかったが森の中で黒いスーツの男が三人死んでいた、あの切断面はエミーの技に違いない」
「生きているわ、彼は死なない、それから小屋にこれが」
小さなメモだった、そこにはこう書いてある “私が行くまで待て カーニャを守れ” トマスに宛てたものだ。
「エミーさん・・・・・・」
「マナーハウスが襲われたらしい、死傷者が多数でている」
「何ですって!!?」トマスから吃音が消える。
振り向いた先でカーニャと視線が交差した、慌ただしい再会の中で互いに距離を縮められずに軽く挨拶を交わした程度で時間が過ぎていた。
エミーに聞いていた通り肖像画のカーニャはいなかった、瘦せ細り骨が浮き出た姿を直視することが出来ずにいた。
「トマス様、マナーハウスへお戻りください、責任者たる貴方様がいなくてはなりません!トマス様の将来に傷が付きます、さあ、急いでお戻りを!」
「カーニャたん・・・・・・」カーニャが案じたのはトマスの将来、美しくも高慢な少女は消えていた、そこにいたのは幼き日にクッキーを焼いてくれた優しい少女だった。
「くっ」振り切り踵を返して馬車へと走り出す、二歩、三歩・・・・・・ザッ
“カーニャを守れ” エミーの文字がその足を止めさせた。
自分の将来だとか立場だとか、そんなことが嫌で次官になったはずじゃなかったのか、分厚く不細工な拳を固くした、ギリリッと奥歯を噛む。
グルリと向きを変えてカーニャの前までぎこちなく戻る、短く太い指がカーニャの手を取った。
「えっ!?」
「・・・・・・」
「トマス様、何をしているのですか、早くバーモントへお戻りを!そして事態を収拾してください、近い将来必ず子爵としての道が開けます、私などに構っている場合ではありません、お願いです、お戻りを」
カーニャはトマスの手を振り解こうと力任せに腕を引いたが分厚く暖かい手は微動にしない。
「嫌だ!僕は行かない!」
「何を仰っているのですか!子爵としての未来が消えてしまいます」
ぼさぼさの髪に太い眉、トマスに迷いはなかった。
「爵位など関係ありません、もう知らないところでカーニャたんが不幸になることを僕は許せない!!」
トマスの顔は悔やんだ分だけ眉間の皴を深くしている、その深さは決断の深さ。
初めて見るトマスの表情、子供の頃のトマスは何処か仏頂面で近寄りがたい雰囲気で周りを拒絶していた、容姿のコンプレックスと優秀な頭脳が世界を投げやりにさせていたのだろう、でもカーニャの前のトマスは優しい目で笑う普通の少年だった。
最後に顔を見たのは二年以上前だ、冴えない男に見えた、でも違うと知っていた、今目の前にいるトマスは精悍な青年、理不尽を飲み込み仕事に消化してきた男の掌は熱く力強い、大人だった。
「トマス様・・・・・・今の私には何もありません、ですがこれから覚えます、出来るようになります、見ていて頂けますか?昔のように」
二人を繋いだ掌、絆の圧力が少し強くなる。
ゆっくりと頷いた視線に愛を強く感じて心が熱くなる、エリクサーで命を取り留めた細胞がまた目覚めていく。
その瞬間から少女は美しく、そして強く変わっていく。
その光景にアオギリとサイゾウも眩しそうに手をつないだ。
そしてもう一組。
「あんたの父親役も短いかもね、シッシッシ」婆がニヤニヤと笑う。
「五月蠅いよ、婆もちゃんと見とけ、少しは若返るぞ」
「こりゃあ、結婚式の準備が必要になるかの」
「やっぱりドレスが必要だな・・・・・・純白のドレスが」
生まれても行き場を失くした彷徨う愛情は押は哀しいけれど、求め、祈り、寄り添う愛情はやがて幸福へと昇華する。
ニースの港から遥か遠く、紺碧の海に雲一つもない地平線が交わる。
その海は深く底は知れない、水鏡のように波のない海面、その下海底深く碧と黒の螺旋が伸びてくる、まるで天に駆け上がろうとする龍のようにユラユラと身を捩りながら、何かを誘うように海面を目指して昇ってくる。
上空を見上げれば雲のない空が蜃気楼のように揺らぎ始める、青と白の螺旋が形を成していく、海面に向い向い細く天使の螺旋階段が伸びていく、天と海の邂逅、求めあい惹かれあうように世界は手を伸ばす。
パチンッ 不意に小さな閃光と共に螺旋は弾けて消えた。
夢から覚めた海面は思い出したように波立ち、空には雲が湧き立ち始める。
今はまだ早い、海と空の神々は誰かの旅立ちを待っている。




