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黒服フレディ

 「トマス様を知りませんか?」若い事務次官がマナーハウスを走り回っている、急な用事があるようだ。

 「あれっ、お前回覧見てないのか、トマス様なら今日から三日間の休暇だぞ」

 「ええっ!そうなのですか、参ったな、クロワ公爵様から使者による面会の申し入れなのですが・・・・・・」

 「帰ってからの決済で良いだろう、慌てることはない」

 「それが、もういらしておりまして」

 「なにぃ?」

 黒服執事フレディだ、トマスたちはクラワ侯爵とノスフェラトゥとの関係を知らない、堂々とマナーハウスの門を叩いていた。

 

 「申し訳ございません、ただいま仮領主のトマス・バーモントは留守にしておりまして、私は副官のバストンと申します、私で良ければお話を伺わせていただきます」

 クロワ家、新進気鋭の勢力、王家との関係は希薄だが敵対はしていない、しかしその財力は馬鹿に出来ない、総合商社といえるほど手広い商売が上手いと聞く、さらに侯爵だ、子爵の上級爵位、失礼があってはならない。

 「いや、急に押し掛けたこちらが無礼、大した用事ではないのだ、畏まらないで頂きたい」

 丁寧だが妖しい圧力、男同士でも見入ってしまう、ムスクの香りが漂う。

 「はあ、それでどのようなご用件で?」

 「このマナーハウスで雇用されている冒険者五人についてなのですが、大変強いとお聞きしております、ぜひご紹介いただけませんか」

 「ああ、警備業務で臨時雇用した冒険者の方々ですね、はて、五人?四人じゃなかったかな」

 「短槍使いの女性、白髪の巨人、ゴム毬の小男・・・・・・・そして幽霊女」

 「幽霊女?ああ、思い出した、エミーさんの事ですね、彼女はもうここにはいません、別契約があるとかで既に雇用は解除されていますね、支払いも済んでいます」

 「そうですか、エミーさんと仰るのですね、どちらに所属する冒険者の方なのでしょうか」

 「出自は分かりませんが、認識票はしっかりした御璽がございます、なにしろ王家発給のものですから、おっと個人情報でした、聞かなかったことに」

 「もちろんです、で今何処にいるか承知していますか?」

 「領内にはいるようですが詳細までは・・・・・・」

 「あのう、エミーさんが何かしたのでしょうか」

 「いや、そうではない、単にスカウトです、知ってのとおり我々の扱う商品の中には高額な品も多い、腕利きの護衛はいくらいても多すぎることはないのですよ」

 「そういうものですか」

 もっともらしく聞こえるが冒険者一人をスカウトするのに執事が出向いてくるなどありえない、なにか別な理由がある、バストンは警戒態勢に入った。

 「他の方はこのハウスにいらっしゃるのですか?」

 「それは・・・・・・申し上げられません、いくらクロワ公爵家の使者様とはいえ我が領の警備にかかわる事、秘匿事項ですので・・・・・・」

 精一杯の怒気を込めてみたがその声は妖しい男の金色の瞳の前に尻つぼみに消えた。

 「そうですか・・・・・・それでは情報にふさわしい代価をお支払いする、それならどうです?」

 「代価と言われましても、私も役人の端くれです、教えることは出来ないのです」

 「そんなことはないでしょう、役人の覚悟などより大事なものはありますよ、例えば金・・・・・・」

 ピクリとバストンの眉が上がる。

 「ですから私に買収など無駄・・・・・・」トシュ 不気味に微笑む執事フレディの右手が閃いたと思った瞬間、バストンは左胸に僅かな違和感を感じて視線を下に向けた、そこにはフレディに握られたナイフが深々と突き立てられていた。

 「金より大事なもの、それは命、どうです?これを引き抜けば貴方は出血多量で数十秒で神に召されるでしょう」

 ハッカッハッ 声は出ない、口と目を最大限に見開いたまま自分自身に起きた危機を信じられずにいた。

 「助かる方法が一つあります」

 毒蜥蜴に魅入られたカエルの前に、赤い液体が入った小瓶が置かれた。


 マナーハウスが恐怖の毒蜥蜴に蹂躙された、黒執事フレディはその妖しい姿を恐怖の魔王に変貌させてその毒を撒き散らかした、全てはダーク・エリクサーの三人を誘き出すために役人たちを餌にした。

 ドカァッ 甲冑を着た兵士が吹き飛んで木の壁を突き破る。

 「なんだっ、何事だ!?」騒然となったマナーハウスの廊下に役人と兵士が殺到した、広い廊下を黒づくめの三人が進んでくる、彼らの通った跡は血の海だ、バラバラにされた人間が転がっている。

 「ひいいっ、ばっ、化け物だぁ!!」

 「冒険者を呼べ!!正規兵では話にならんぞ!!」

 バシュッ バシュッ フレディの武器はインド発祥ウルミン・オブ・タイトコイル!数本の鉄製鞭を合わせた武器、雷鳴の意味を持つ凶悪な武器だ、それを更に柔らかいタイコイルを使用して切れ味を増している、両手に握られた鉄製の鞭は狭い室内でも自由自在に形を変えて獲物を捕らえて切り裂いていく、例え壁の影に隠れていてもしなやかなタイトコイルの刃が襲ってくる、巻き付いたところを引けば腕や首は持ち主を失う。

 バチィッンッ 鞭の速さは音速を超える、人間の目で捉えるのは不可能だ。

 「これじゃ旦那一人で終わっちまうよ、あたしらの出番はないね」

 エロースは頭の後ろで腕を組んで伸びをする、バックキャストの鞭が目の前をうなりを上げて飛んでいくが微動にしない、見切っているのはエロースかフレディか。

 「なぜクロワ家の執事がこんなことを!!バーモンド家になんの恨みが!!」

 「くだらない!くだらない!!くだらない!!!貴方たちに出来ることはありません、せめてその屍を重ねて我らの昇る階段となりなさい」

 「ひぃやああー、悪魔だぁ!にっ、逃げろぉ!!」

 バヒュヒュッ 鋼の鞭が音速で逃げる男を追う、クンッ 返された手首の動きに合わせて鞭が方向を変える、スカッ 横凪に刃が男の首をすり抜けると次の瞬間に男の頭は床を転がっていた、プロ野球選手のスイングスピードが百五十キロから百七十キロメートル、音速は千二百キロメートル!実に七倍の速度で刃が襲う、見切れたとしても人間の反射速度では対応不可能だ、使いこなせれば最強の武器だが手元の運動を伝達しなければ動作しない動きは予測されやすい、果たして達人の域に達した者たちに通用するものか。

 ドンッドンッドンッ マナーハウスの木床を怒りで踏み抜かんばかりの足音が近づいてくる、白髪鬼ホランドがその巨体を現すと広かった廊下が極狭に変わる、おまけに盾まで装備している。

 「貴様らあー!!」その怒号はビリビリと窓ガラスを突き破るほどに震えさせた。

 巨体の白髪が逆立ち、赤く瞳が染まっている、すぐ後ろに続いているエルザとインプもあまりの惨劇に激情を隠せない。

 「皆さん、いらっしゃいませ、お待ちしておりました」

 高級レストランのギャルソンの一礼、ダンディだがキザには見えない、惨劇の血飛沫を浴びた事を除けば、その振る舞いは優雅で洗練されている、ただしその背景のバラバラ死体の山は悪夢の絵画だ。

 「これは!!いったい何の真似だい!?」エルザが一歩前に出る、一呼吸置かないと怒りに染まった白髪鬼が突撃しそうだ。

 「フッ、チャイムです、皆さんをお呼びするためのね」

 「なっ、それだけのために殺したのか!!」

 「選民以外は人に非ず、羽虫を何百匹殺そうとも非難する神はいらっしゃらない」

 「貴様らは神に選ばれているとでも言いたいのか!?」

 「その通り、既に我々は神託を受けた、そして貴方たちは選民たる資格がある、我々の側に立つべき素質がある、私たちは導きの使徒、この刃は洗礼、行くのです、彼の地での約束!神の国へ」

 「頭がおかしいぞい、訳の分からん事を抜かしよる、これだから面の良い男は信用ならんぞい」

 「協会の信者もたいがいだと思っていたけれどあんた等のトチ狂いぶりは比じゃないね」

 「許せん!!」


 三人は武器を握りなおした。


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