統計
調査対象はブラックコーラル(黒真珠)号、ランドルトン侯爵が発注した豪華クルーザー、最新の蒸気動力機関付きの美しい帆船。
一般の商人や地方貴族が買える船ではない、釣り船やバカンスで使うには大きすぎる、遠く遠洋まで走ることの出来る高速船、それを買った奴がいる。
「社長、我が主フェス・ド・ラ・クロワ公爵様がこの船を買いたいと申されている、見積もりを頂けるだろうか」
社長が受け取った名刺の肩書はクロワ侯爵家主席補佐官カオス・ウィンストンとある、クロワ家と言えば豪商、船を手にする財力は十分だ。
「カオス様、実はこの船、既に買い手がついておりまして・・・・・・」
社長は薄ら笑いの手もみで答えた、ついにバレた。
「ほう?このご時世に誰がこんな高額な買い物をした者がいるのか、誰だ?」
「勘弁してください、私にも守秘義務ってものがあります、国が認めた取引です、許可証もあります」
「裏取引ではないと、ならば倍だそう、悪い話ではないだろう」
倍の金額?それでは新造で船を発注できる金額だ。
社長は感づいた、この男に船を買う意思はない、買い手を探っているのだ。
「お急ぎで船が必要ならニースの造船所には買い手のつかない船が五万とあります、ご希望を言っていただければ幾らでもご紹介いたしますよ」
造船組合で造るパンフレットを手に取ると、かっこよくデフォルメされた版画のカタログをテーブルに並べる、上手く商談が成立すれば紹介料が貰える。
「いや、主はこの船を所望だ、他はいらん」
カオスの目が厳しくなる、やはり商人や職人ではない、傭兵かマフィア、よく言って兵隊崩れ、血と暴力の匂いがする。
「そう言われましても・・・・・・もう契約は済んでおります、ご勘弁ください」
大げさに汗を拭きながら平身低頭してみせる。
「・・・・・・」細い目の中の光のない鉛玉がチラリと動いた。
「時に社長、息子の容体はどうだ?」
「はっ、息子の容体とは!?」
「壊血病の末期だそうだな、全身を襲う痛みは見ているのも辛かろう」
「どうしてそれを・・・・・・」
社長は青ざめた、造船所の跡取りが壊血病と知れては縁起が悪すぎる、誰にも内緒にして王都の病院に入院させていた。
「助ける方法はある、どうだ、取引せぬか?」
主席補佐官カオスはテーブルの上に赤い液体の入った小瓶を置くと腰から大型のサバイバルナイフを取り出す、素人を威嚇するには十分すぎる大きさだ。
「なっ、何をするつもりですかっ!!」社長は腰を浮かして立ち上がった。
「まあ、見ていろ」
袖を捲り腕に刃を当てると スバッ ザックリと腕に傷口が開く、皮膚下の白とピンクの組織が一瞬見えた後に真っ赤な血が噴き出してくる。
「ひっ!!?」
社長にはカオスの意図がまったく見えなかった、いったいどんな罠に嵌めようとしているか想像できずに困惑している。
カオスは赤い液体の入った小瓶の栓を抜くと半分を飲み、残りを傷口に振りかけた。
直ぐに変化は現れる。
直ぐに傷口の出血が止まり、ザックリと開いていた傷口が盛り上がってくる。
「これはっ!!」
「神薬エリクサーだ」
「エリクサーですとっ!?」
「そうだ、万病薬エリクサー、我は健康体のため外傷でその効果を示した、もちろん末期の壊血病といえど癒すことは可能だ」
「ほっ、本物なのですか!?」
「見た通りだ、マジックなどではない、信じられなければ自身の身体で試してみるか?少々痛いがな」
空となった小瓶の脇に再び赤い液体の小瓶が並んだ。
情報を完全に遮断することは不可能だ、特に愛情と天秤に乗せられた情報の重さは軽い。
「クロワ様、ブラックコーラル号の購入者、おおよそ分かりました」
「さすが主席補佐官、仕事が早い」
クロワ公爵の執務室は豪華だ、アールデコ調の家具やステンドガラスの大窓、室内は明るい色で統一されている、ムスクの香りが漂う。
シングルソファに深く腰かけてダーク・エリクサーを数的垂らしたティーカップを口に運んだ。
「契約したのは王家の関係者でした、それも皇太子の側近です」
「皇太子エドワードさんですか、あの堅物王家がクルーザーとは解せませんね」
「使用目的は不明ですが、武装があるようです」
「ふーん、軍船として利用する手が無いわけではないでしょうが本格的な戦艦とはなり得ない、なにか別な利用方法・・・・・・」
ゆっくりとダーク・エリクサー入りのお茶を啜る、もちろん音など立てない。
コンッコンッ 執務室の扉がノックされる。
「実験房主任のトガミです、ご報告に参りました」
「入り給え」
扉を開けて入ってきたトガミはタロス首席補佐官を見て少し驚いたようだが直ぐに報告すべき書類を取り出した、若禿だった頭にはクルクルにまいた癖強の髪が額を狭くしている。
「私の報告は終わっている、前に進みたまえ」カオスが立ち位置を譲った。
「ありがとうございます」トガミは堂々と歩を進めた、首席補佐官の前でも萎縮しない、自信を漲らせている。
「先日、ハウンドの皆様よりご提供いただいたサンプル三つですが、いずれも良い結果を得られました、特に白髪鬼ホランドの検体は強壮です、恐らくは彼の地の血統を直接継ぐ者、純度が高いせいでしょう、増殖の速さが通常の倍以上、適合する者なら劇的な効果を発揮するに違いありません」
「ほほう、それは血管投与も含めての事だね」
「はい、選別の効率は飛躍的に上がりました、それで折り入ってご相談があります」
「検体が足りなくなってきた、そうでしょう?」
再びティーカップを口に運びウィンクするように片目を閉じる。
「はい、その通りです、選別速度が速くなったため廃棄となる者が多く実験に支障が出てきております、補充方法をご検討願いたいのですが」
「それは喜ばしい事だね、でも数撃てば当たるの方法では今後以降教団の運営を阻害しかねない、これからはより確率の高い、存在能力を秘めた検体が必要だね」
「然り、クロワ様その通りでございます、奴隷や流民共を活用するのは止めて一芸に秀でた者を取り込むことを優先するべきでしょう、神の選民は愚民であるはずありません」
自分もまた優秀な選民であることを誇りにしているタロスは有色や異人が教団に参加することを嫌っている。
「一芸、才能の上に努力を重ねて得た力、努力出来る事も才能、努力を消化し実に出来るのも才能、でも勘違いしてはいけない、選民となり得る可能性はダーク・エリクサーの適応力、それは彼の地にルーツを持つか否か、それを見極めるのは簡単ではありません、トガミさん、今までの検体データを統計整理して適合者の特性を見出してください」
「統計・・・・・・ですか?」
「そうです、髪の色、肌の色、出身地、年齢性別それらの情報を統合して導き出すのです」
「分かりました、さっそくチームを編成して取り掛かります」
「白髪鬼ホランド、身長二メートルを優に超える巨人・・・・・・彼の地にはオーガと呼ばれ三メーターを超える種族もありました、ホランドさんは間違いなくその血を色濃く継いでいる、ですがその血はイブではありません、派生した亜種、オーガは大きく強いが寿命は短い、我々が目指すイブとは対極に進化した種、必要なのは始祖たる種アールヴ、アールヴの血統こそがイブ、この世界にも必ず存在するはず、探すのです、そしてこの世界に不老不死の世界を我々の手で築かなければなりません」
「そのことについてですが、先日次期ハウンド候補の一人が幽霊女と会敵して戦闘となりましたが見事に返り討ちにあったようです、当然サンプルの採取は出来ていません」
「幽霊女ですか、どんな人ですか?」
「フリーの冒険者の様です、今は旧フラッツ家領の仮領主トマスに雇われているようですが素性はしれません、ですが体格からは見合わない力と技量だそうです、JBは次の入れ替えで七人のハウンドの一人となる実力があります、彼を持ってして一太刀も入らず一方的にやられたと、しかも相手は素手です」
「素手!?ですか、それは凄い、本当に可能性があるかもしれません、ぜひサンプルが欲しいですね」
飲み終えたティーカップをソーサーに音もなく置くとクロワ公爵は唇の端についたお茶を親指で拭う、その仕草は男から見ても憂いを残して艶めいている、四十代には到底見えない、その温和だった目が鋭くなる。
「カオスさんは引き続きブラックコーラル号について調査を進めてください、さらに配下のハウンドたちに至急幽霊女のサンプル採取を!そうですね、フレディも同行させましょう、トガミさんは統計分析による検体候補の絞り込みをお願いします」
ズイッと深く背を預けていたソファから前のめりに位置をずらす。
「期間は一週間のうちに!」
「御意!!」
世界を越えて三つのエリクサーが交わろうとしていた。




