追加料金
短槍のエルザとバウンドインプは王都の研究所までダーク・エリクサーの配達業務を終えてトマスのマナーハウスまでの帰路についていた。
大きな森を抜けると段々畑が見えた。
畦道に黒いマントの人影が三人、一瞬で不穏な空気に染まる。
「何だいあれは・・・・・・」エルザ姉さんがニヤリと笑う、待ってましたと言わんばかりだ。
「味方ではないべぇ、殺気がここまで匂うわい」
真ん中の男がマスケット銃を構えると即座にパァンッ 軽い破裂音と共に発射した、距離は七十メートル前後、射程ギリギリだ、バシッ 二人の足元手前で土が弾ける。
エルザもインプも微動にしない、単なる宣戦布告、届かないと知っている。
三つの影がマントを脱ぐと一気に坂を駆け上がってくる。
「畑を荒らすのは気が引けるねぇ」「ならば山の中で暴れりゃいいじゃ」
「そうしましょっ」チンッ 二人は刃を合わせると森の中へ踵を返して走り出す。
バオッ 上り坂を下り坂の勢いで駆け上がる!フードを被った黒いスーツには鱗状の模様が刻まれている、スピードスケートのスーツの様に見える。
二手に分かれたエルザとインプを追って二手に分かれて森へと突入していく。
エルザを追った二人は次席タロスとガイア、インプを追ったのが小柄なエレボス、森に入った時点で抜刀している、全員がサーベル状の細い剣だが使う人間の体格に合わせて長さが違う。
ザザッ 平坦な山道の真ん中にエルザが短槍を構えて待ち構えていた、その姿を見て追ってきた二人が急停止する。
剣鬼団ハウンドの二人は頷き合うとガイア一人が前に出る、力みが無い、しかもサウスポーだ、武道や剣術においてサウスポーは有利と言われることが多い、単に相手が慣れていないと言うこともあるが個性として独自の技術が発展することがあり、特に初見同志の戦いでは影響が大きい。
倉庫の戦いでエミーはまずサウスポーを狙った、スタンスで有利を図ったのもあるが乱戦になれば虚を突かれる可能性を事前に潰したのだ。
「左太刀はやりにくい相手だねぇ」エルザが腰を正中線に腰を沈める、両踵に体重が乗り、構えた槍の先が真っすぐにガイアの視線に合わせられた。
「短槍のエルザ、やはり噂どおり!」細長い顔に目だけがギョロリと大きく見開かれている、大きく唇も細い、薄く開いた口の中が異様に赤かった。
ガイアは剣を下げたまま無造作に近づいていく、間合いまであと数十センチの所でエルザの視線と槍先が右上にチラリと動いた、つられてガイアの視界の数パーセントが右上にズレた瞬間!
バヒュッ 左下の草むらから黒ゴムが弾き出された!!
ゴシャッ 背後からバウンドインプの一撃がガイアのつま先を襲いヒットする、小型戦槌の一撃は踵からつま先までの骨を粉砕した!
「がぁっ!!?」
二方向に分かれたと思わせたのはフェイクだった、ハウンドの視界から消えた直後に二人は合流していた、定められたヒットポイントにまんまとガイアは誘い込まれていた。
ガササッ 戦果を見る事無くゴム毬は山道脇の熊笹の中に姿を投じて見えなくなる。
スパッ エルザの短槍がガイアの頸動脈に走る、致命傷だ。
エルザの位置は変わらない、間合いの外かと思われた穂先は余裕を持って届いていた。
ドサッ ガイアはその鍛え抜かれた技を一太刀も見せる事無く地に伏した。
「未熟者が!」タロスは仲間の死に憐憫なく吐き捨てるとガイア同様に無造作に距離を詰める。
エルザは動かない、タロスを見据えて構えた視線に油断も隙も見られない。
この時代の槍といえば重装騎兵が持つランサーや、それを迎え撃つための長い柄を持つパイクなどがあったがエルザの持つ短槍はそれらとは違う、刃の部分が笹型で大きく刺突だけではなく切断することも狙っている、さらに特徴的なのは柄の部分、世界一固い木リグナムバイタを使用している、気乾比重が一般的に硬いと言われるナラやカシの木の倍、その分重く丈夫で折れない。
単体では撓ることなどないリグナムバイタを三角形に裁断して六角形の非対称に張り合わせた棒状にしている、加工が非常に難しい素材だけに高度な職人の技量が見て取れた。
エルザは自分の武器の特性を理解した上で戦いの技術を練り上げてきた、突いている動きにしか見えないが、リグナムバイタ・ヘキサグラフ(六角棒)の硬い撓りが敵を切り裂く。
「あらぁ、ガイアさん殺されちゃったの!?」
すっとんきょうな声はエレボス、インプを追ったはずが意外と早く追いついてきた。
「貴様の責任もあるぞ、エレボス、汚名はここで濯いでいけ」
「あちゃー、まいったねっと!」 ヒュッ 小刀を熊笹の中に向かって一閃。
ギイィッン 金属同士がぶつかる音は小刀をインプの戦槌が弾いた音だ。
「隠れても無駄、君の気配は覚えた、もう逃がさない」
ザザザッ ポンッ ザッ 黒ゴムが熊笹から飛び出してエルザと背中を合わせる。
「タイマンになった、上できじゃ」
「この二人は転がっている奴とは違う、油断しないで」
「迷惑はかけんぞな」
「トマスは追加料金払ってくれるかな」
「今は金より命を拾う心配するときじゃ」
「違いないねぇ」声は呑気だが視線は動かさない。
バッ 二人同時に動く、狩られるのはどっちだ。
トマス領近くの山の中、切り株だらけの広場に白髪鬼ホランドとナインスターの姿があった、互いに木刀を持ち打ち合う、いや白髪鬼が一方的に打たれている、ただしほんの一刀も届かない。
「遅い、遅いぞ、自分の体格を考えろ、力いっぱい振ったところで相手は崩れんぞ、隙間を狙え!」
「はぁはぁっ、くっそおっ、そんな事分かっている!!」
カコォッ カコオッ 大振りのナインスターに対して超大男の白髪鬼の剣は最小限の動きで弾いている。
「自分の剣を見るな、相手を見ろ、周りを見ろ、視野を広く保て」
矢継ぎ早の指示が飛ぶが、焦れば焦るほどに視野は狭まる。
ガッ 「あっ!?」 切り株に足を取られて派手に転ぶ。
ブンッ 手首で振り下ろされた木刀が目の前で止まる。
「死んだな・・・・・・」
「くっ、くそっ」ナインスターは拳を握り締めた。
倉庫襲撃以来、ナインスターは白髪鬼ホランドに教えを乞うていた、しかし体格差はどうしようもない、二メートルを超える白髪鬼の剣と一般的な体格のナインスターの剣では戦闘力を同等にするためには剣技の種類が異なる、利も不利もある、万能な剣技などない。
「俺の真似はするな、真似をするならエミー殿・・・・・・いや無理だな、あれは才能の塊だ」
「私はあの方の剣を好きになれない、騙し討ちのようで卑怯だ」
「卑怯?俺たちがやっているのは殺しあいだ、正義も礼儀もない、生き残るための創意工夫に卑怯などという言葉はない、意識を変えろ、出なければ足を洗え」
「しかし!!」意義を唱えようと見上げた白髪鬼の顔が先ほどまでと違う、実戦モードだ、視線の先を追うと黒づくめの三人がいた。
「ぼうず、下がっていろ」ガランッ 木刀を捨てると背中の大剣を引き抜いた。




