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絶望の義賊

 ギル・ビォンディには妻との間にひとり娘がいた。

 薬屋を営むギル家は一般的な家庭よりも裕福な暮らしぶりで知られて貴族ではないが屋敷には使用人もいて一見幸せそうな家庭だった。

 小さな時から病気一つしなかった娘が,まもなく成人という頃に突然原因不明の難病に犯された。

 夫婦であらゆる伝手を辿って名医と呼ばれる医者や異人の薬草師にまで力を借りようと奔走した、もちろん自分も調薬師であり巷ではそこそこの評価をえていたが、自分の娘の難病には対抗する術は見つからずに日に日に娘は衰えていく。

 多産多死の中世時代において子供が成人まで生き延びられるのは二人に一人、貴族でもなければ半数が命を落としていた。

 死は庶民にとって珍しいものではなく常に隣にあるもの、兄妹が四から五人、病気で二人が死に戦争で一人が死んで残った一人が血を繋ぐ、普通の事だ。

しかし一人しか子供を持てなかった夫婦はどうしても娘を諦めることは出来なかった、裕福でもあり夫婦は治療方針で度々言い争うようになっていった。

 「ノスフェラトウ教の薬なら万病に効くらしいわ」

 妻はどこから聞いたのか異教の怪しげな薬、ダーク・エリクサーによる治療を主張するようになった、エリクサーなどファンタジーの中の空想だ、詐欺師による金儲けのネタだとギルは一蹴した。

 「バカな真似はやめろ、異教など口にするな、今の王は寛容だが異教徒狩りはなくなったわけじゃないんだぞ」

 「そんなの怖くないわ、自分の娘が助かるなら審問官の拷問なんて喜んで受けてみせる、私は母親なのよ」

 妻の言葉に狂気じみたものを感じるようになっていた。

 ある時異変に気付いた、家財から金品が消えていること、憔悴していた妻が若返っていることに。

 「あの子は選ばれなかったの」妻はあっけらかんと言い放った、あれほど、あれほど娘の生に執着していた妻の人が変わってしまった。

 「お前いったいどうしたっていうのだ!?」

 問い詰めても妻は馬鹿にしたような微笑を最後にギルと娘を置いて出て行った、あれから会ったことも行方も知れなかった。

 妻の寝室に中身のない小瓶が残されていた、その時妻がエリクサーを常飲していたこに気付いた、亡くなった家財はエリクサーに化けたのだ。

 確かに妻は若返っていた。

 「自分の娘に与えず自分だけ飲んだのか?」

 娘は臥せったままだ、娘に聞いてみた、答えは妻同様に飲んでいたが効果がなかったのだ、いやむしろ悪くなった。

 「私は選ばれなかった・・・・・・」

 寂しそうに呟いた娘はほどなくこの世を去った。

 自暴自棄に陥ったギルが不幸を呪って堕ちるのは早かった。

 仕事を止めて酒に溺れた、使用人は去り周囲から人は消えていった。

 広い屋敷には埃が積り、家具が倒れて割れた食器が散乱した。

 どんなに落ちぶれようと税金は徴収される、現金での納入がなければ強制執行官という名の取り立て屋が来る。

 ガシャーン 引き籠っていた屋敷の扉を破壊して入ってきたのはフラッツ子爵家お抱えの半グレ集団、冷酷無比で有名だった。

 「なんだよ、おっさん、いるじゃねえか、返事くらいしろよ」

 粗暴を絵にかいたような連中、今までは接点のなかった下層域の人間を前にしても酩酊状態のギルは反応しなかった。

 「ちっ、昼間っから大層なご身分だな、酒代が払えるくらいなら領主様の年貢くらい収めやがれ」

 「・・・・・・」「てめえ!!」

 焦点を結ばないギルの目を見てリーダーらしき男がキレる。

 ガシッ 襟首を摑まえると無理やりに引き寄せてガンを飛ばすがそれでもギルは無気力なままだ。

 「くそがっ、だめだこいつは!腑抜けてやがる」

 乱暴に突き飛ばすと床に激しく転がる。

 「構わねぇ、家探しして金目の物を全て持っていくぞ!」

 男たちはそれぞれに散ると家の中を逆さにひっくり返していくが、どうせもう何も残ってはいない、出て行った妻がノスフェラトゥに献金するために処分した後だ。

 ドンッドンッ 「うお、この部屋だけ開かねぇ、怪しいぞ」「!!」

 その部屋は娘の部屋だった。

 床に転がされたままになっていたギルがその部屋を開けようとする男を見て跳ね起き二階まで駆け上がった。

 「やめろ!この部屋はだめだ!」こじ開けようとしている男の前に立ち塞がる。

 「おっさん、この部屋だけにはご執心だな!益々怪しいぜ、どけや!!」

 強烈な前蹴りがギルごと扉を吹き飛ばした。

 「ぐあああっ」胃の中アルコールをまき散らしてギルはもんどりうつ。

 「おお、女の部屋か、いるのか!?いるなら娼館に売りさばけば金になる」

 男の目が光り部屋の中を嗅ぎまわるが生気はない。

 「ぐっ・・・・・・もう娘は死んだ、後生だ、この部屋だけはそっとしておいてくれ!」

 ギルは男の裾を掴んで懇願する。

 「うっせえ!死んじまったら何にもいらねえだろ、探せ、何か残っているかもしれん」

 男たちは無遠慮にクローゼットや引き出しをひっかきまわしていく、思い出が汚されていく。

 「やめっ、やめろ!止めてくれぇ!!」

 「おっ、これは少し価値があるんじゃないか!?」男が引き出しの奥から引っ張り出したのは娘のブローチ、数年前にギルが買ったものだ、高い物じゃなかったが元気だった頃の娘によく似あうピンクの丸い琥珀石。

 「駄目だ!それは思い出の石なんだ、価値はない、持って行かないでくれ」

 「ピーピーうるせえなぁ、どうするかは俺が決める、もうおっさんの物じゃねえの!すっこんでろ!!」

 再び蹴られて悶絶する、屋敷中をひっくり返して男たちは去った。

 娘の部屋で泣くしか出来なかったギルはその日の夜に屋敷に火を点けて街に消えた。


 一年後に巷に義賊を騙る盗賊団が暗躍し始める、リーダーはデル・トウロー、剣術の使い手で神出鬼没、組織としての活動は纏まりがなく盗賊の一部を捕えてもリーダーの素性を掴めずにいた。

 その一団の中にギル・ビオンディはいた、製薬師だったギルに武力はないがどうしても取り返したい物がギルにはあった。

 フラッツ家に取り立てられた娘の思い出、ピンクの琥珀石。

 死に際に持っていたかった、持っていれば天国で会えそうな気がしていた。

 ギルはデル・トウローと何回か面識があった、東洋人の大男が営む孤児院、薬を降ろしたことがある、その時やり取りをしたのがデルだった。

 義賊に接触を図ったときにカーテンの影からデルが出てきたときには驚いた、デルは斜めに構えたところがあるが心根は熱く真っすぐな男だ、ギルの話を聞くと直ぐに襲撃対象にフラッツ家を指名して計画を練った。

 「ただし、殺しはやらない、そういう恨みの晴らし方はできないぞ」

 「分かっている、俺も望んではいない、俺は娘のブローチを取り返したいだけなんだ」

 「捨てられるか売られちまっているんじゃないか?」

 「いや、フラッツ家の令嬢の首元に下がっているのを見た奴がいる、あの屋敷にある」

 そうかとデルはギル・ビオンディを義賊に迎えてくれた。

 襲撃は暗く月のない夜、十人の編成で屋敷を襲った、襲撃犯の中には元フラッツ家雇いの半グレも含まれている、元々忠義など持たない彼らは金になると分かれば主人を簡単に裏切り寝返る。

 内情を知る半グレたちの手引きでフラッツ家襲撃は易々と行うことが出来た。

 この時デル・トウローもギル・ビオンディも予期せぬトラブルが起きた。

 顔を見られた半グレが子爵夫妻を殺してしまった。

 歯止めがきかなくなった半ぐれは屋敷内を血の海に変えていく、やがてその刃は令嬢カーニャにも向けられようとしていた。

 先に令嬢を見つけたのはギルだった、部屋の隅で震える女の子の首元にピンクの琥珀石を見た、手を伸ばそうとした瞬間「助けて!殺さないで!」怯えた声と顔が娘の顔と重なる。

 「あっ・・・・・・」ギルは絶句した「俺は何をやっている!?・・・・・・」

 バタッバタッと廊下をこちらにやってくる襲撃犯の足音が聞こえた、カーニャが見つかれば殺されるだろう。

 「!!」ギルは周囲を見回すと咄嗟にマットレスをひっくり返してカーニャに被せて姿を隠す。

 ガタンッ 半グレが部屋に入ってくる。

 「!おっと、先を越されたようだな、令嬢はいたか?」

 バキッ ギルはベットの羽目板をぬいて下を確認するフリをする。

 「隠れるとすればここだと思ったがいないな、別の部屋に逃げたようだ」

 「仕方ねぇ、この部屋の金目の物はくれてやる、もし令嬢をみつけたら必ず殺せよ、顔を見られた」

 「分かった、リーダーは殺しを知っているのか?」

 「もうこうなっちゃ関係ねえよ、ガタガタ言うならリーダーも殺すまでだ」

 捨て台詞とともに半グレはでていった。

 屋敷の惨劇とは隔絶したように令嬢の部屋はシンと静まり返った。

 「まだ出てくるなよ、襲撃者は他にもいる」

 「・・・・・・あなたは誰なのですか・・・・・・お父様やお母様は」

 「俺の素性は聞くな、殺したくない」

 「ひいっ」

 「頼みがある、その首のブローチをくれないか、何か戦利品がないとまずい」

 「これですか、父から貰ったものです、他の物ではダメですか」

 「大事なものなのか」

 「はい、唯一の贈り物なのです」

 奥歯を噛んだ、実の娘に血塗られた盗品を贈ったというのか。

 「分かった、何もいらない」

 警備隊が来る、引き上げるぞ デル・トウローの声が聞こえた。

 「賊は引き上げる、でも用心しろ、警備隊が入ってくるまでそこを動くな」

 「あのっ!どうして私を助けてくれたのですか?」

 「・・・・・・」「気紛れさ」

 

 血で濡れた床を踏みながらギル・ビオンディは燻ぶった怒りをぶつける場所を見つけられなかった、歯を喰いしばり声を上げずに泣いた。


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