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土下座

 パチパチと焚き火が爆ぜる、簡単な夕食を取っている頃に男は意識を取り戻した。

 「・・・・・・ここは、どこだ?」

 「目覚めたか」

 薄っすらと開いた目は既に周囲を把握しようと忙しく動いている、男が覚醒状態にあるのは明らかだ。

 真後にデルだけが立ちルイスとティアは岩陰からこちらを見ている。

 「お前は?ランドルトン側の者か、ムートンでは見ない顔だ」

 「どちらでもない、たまたま通りがかっただけの人間だ、その沢で倒れているのをみつけたんでな、捨て置くわけにもいかなかったのさ」

 「そうか、礼を言う、ありがとう」

 男は流暢に話した、おまけに訛りがない、首都語といっていい綺麗な発音だ。

 「その発音は本物か、それとも訓練したものか?」

 「ふっ、聞くまでもない、それより何故私は正気を保っている?吸ってしまったイエローアンバーは大量だった、あれから恐らく一日は立っていない、回復するには早すぎる」

 「自分に何が起きたか把握しているのだな、だがお前が何者であるか分かるまでこちらの正体も含めて話すわけにはいかないな」

 「・・・・・・私はさるお方に仕える兵士だ、その方は異人であろうと差別しない立派な男だ、私の命を懸けるに十分すぎる人、殺すなら殺せ、私の今回の役目は中途半端だが仕方がない・・・・・・あとはエミーさんに任せるしかない」

 「!?」「お前今エミーと言ったのか、フルネームを言ってみてくれ」

 しまったという顔がチラリと見えた、暫く思案していたが意を決したように言葉にした。

 「エミリアン・ギョー・東郷という見た目女性の男だ」

 「!!」一瞥しただけではエミーの性別は女性だ、男であることを知っているはエミーの信頼を受けている証拠だった。

 「おじちゃーん!気が付いたのー!?」

 タタタタッ ティアがルイのブロックをかいくぐって男の前まで出てきてしまった。

 「ありりゃ、出てきちゃだめじゃないか」

 「ねぇねぇ、なんでおじちゃんの顔は平たいの?お鼻ちっちゃいよねー」

 ティアはすとんっと座ると遠慮なく男の鼻を摘まんで引っ張り始めた。

 「あ痛たたたっ、こら、初対面の人の鼻を摘まむんじゃない」

 「あーっ」シリアスな尋問は崩壊した。

 「悪い、逃げられた」ルイも出てきてしまう。

 「エミーの知り合いなら悪い人ではないだろう、エミーは私の出来の良い弟だ」

 「!?」

 転がったままの男が驚いたように首を捩じってデルを見上げた。

 「世界は広いようでいて狭いものだな」


 「私の名前は万次郎・マンセル、ここから遥か遠い東洋の島国出身だ」


 ムートン領の魔獣騒動とランドルトン公爵の反逆、渦中にエミーがいた。

 男爵令嬢フローラ・ムートンは双子のようにエミーと似ているという。

 エミーが近くにいる、しかも戦いの最中だという、手助けに行きたい、しかし・・・・・・それ以上にティアを巻き込むわけにはいかなかった、それだけは絶対に駄目だ。

 マンさんから騒動の経緯と現状を聞き終えたころにはデルの顔は涙でぐしょぐしょになっていた、いつもは何処か斜めに構えた男が人前も憚らずに頬を濡らす様は激しい慟哭を感じざるを得ない、初めて見る父親の涙にティアも心配げに見上げている。

 「あいつは・・・・・・そういう奴だ」

 「我々もエミーさんに返せないほどの恩を受けた、あの方の兄なら皇太子に仕える私の恩人も同然、困っていることがあれば手伝わせてほしい」

 「いや、俺は皇太子や国に顔向けできるような人間じゃない、それにエミーにこれ以上迷惑はかけられない」

 「そうか、深くは聞かんことも武士の情けと心得ている、だが覚えておいてほしい、国王も皇太子エドワードも義を重んじる男だ、決して悪い様にはしない、そんなことになったならお主の替わりに私が腹を切る」

 「腹を切るだと?自決するというのか」

 「そうだ、我が祖国の文化の一つ、命に代えて義を通すのが武士であり、それに応えるのが主君の務めだ、王も皇太子も信を預けるに十分な人間だ」

 「少し外して良いか?ルイ後は任せる・・・・・・」

 言うとデル・トウローは一人立ち上がると暗い森の尾根へと登っていった。

 「ねぇルイお父さん、デル父さんは何故泣いていたの?大丈夫かな」

 「ああ、心配ないよ、お父さんたちはティアと離れない」

 「貴方たちもエミーさんと面識があるのですか」

 「いいえ、俺達は知らない人です」

 「そうですか、先ほどの質問、なぜ某は中毒症状を起こしていないのでしょうか、お答えいただけませんか、ルイ殿」

 「それは・・・・・・」エリクサーは神薬、持っていたとすれば更なる疑念を持たれる、どう答えるかルイは逡巡した。

 「それはねぇ、これを飲んだからだよ!」ティアがバックの中から小瓶をとりだした。

 「あっ、また!」

 またしてもルイのガードをするりと突破してマンさんの膝の上に乗ると黄金の小瓶を自慢げに見せる。

 「これは何だい、薬かな」

 「エリクサーだよ、ティアのご飯なの」

 「エ、エリクサーだって、神薬と言われる?」

 「そうだよ、お母さんが造ってくれたんだって!凄いでしょう」

 「この子のいうことは本当なのですか、ルイ殿!?」

 「あーっ、もう、ティアは駄目じゃないか、エリクサーのことは内緒だっていったのに、デル父さんに叱られるぞ」

 「嘘、デル父さんもルイ父さんもティアの事を叱ったりしないもの、たまには叱られてみたーい」

 「子供は嘘をつかない、出所は問いません、手持ちがあるなら売ってはもらえませんか!」

 ヤマさんは縛られていたはずの両手を地面について頭を下げた。

 「ああっ、いつの間に!?」

 「儂は忍者、縄抜けなど雑作もない、決して貴殿らに危害は加えぬ、改めて頼む、万病の神薬エリクサーを王家に売ってほしい、礼は如何様にもする!頼む!!」

 額を地面に付けて懇願する。

 「それが本物の土下座スタイルか」

 「はっ!?」気付くとデルが戻っていた、顔を上げたヤマさんと同様に額に赤い跡が残っている。

 「私の師父も東洋の武人、土下座や腹切りの事は知っている、貴方に飲ませたエリクサーは正真正銘の本物だ、訳を聞かせてもらえるか」

 「おおっ、ありがたい、ただし訳を聞いても他言無用に願いたい」

 「無論承知している」

 ヤマさんは膝を折ると正座で姿勢を正してその心情までも明らかに話を始めた。

 「我が主、国王の妃がたった今も原因不明の病に侵され苦しんでいる、高熱と咳が度々身体を蝕み、その御身は痩せ窶れて壮健だったころの面影もなく、国王や皇太子も酷く心を痛めておられる、医師の見立てでも見当がつかんという、このままでは後半年も持たずに・・・・・・もしやそのエリクサーなら王妃の病にも薬効を発揮しうるのではないか?」

 「・・・・・・」

 デルは黙って聞いていた。

 「王妃様の容体は相当に悪いのか?」

 「ご自分で話したり調子が良ければ歩行も可能なのだが高熱の度に食が細くなり体力を失ってしまった、今は医者も匙を投げた状態、藁をも掴む思いなのだ」

 「そうか、可能性はあるかもしれない、そのエリクサーはティア用なのだ、他の人間に投与しても完全な効果はないがイエローアンバーの中毒を回復させるくらいの事は出来る」

 「以前は特に活発なお嬢様だったのだ、国王を差し置いて槍を持つような方だったのにここ数年で急に病弱になってしまわれた、取り戻して差し上げたいのだ」

 「恩義があるのか」

 「東洋人の儂を養子として身分を与えてくれた義父の主でもある、お二人が若い頃から知っているのだ、あの2人を儂より先に死なせることなど出来ん!」

 「分かった、エリクサーの数はある、しかし体力のあった貴方のように直接投与するのは不安だ、希釈したものを少しずつ飲用させた方がいい」

 「そうなのか、希釈するには何を使えば良いのだ!?デル殿、出来れば同行願えないだろうか」

 「えっ、王宮に?俺達が!?」

 「取扱いに慣れた貴方の方が安心だ、決して悪い様にはしない、頼む!」

 「お父さん、王宮ってなあに?」

 「この国の一番偉い人がいるところだよ」

 「ふーん、偉い人も病気になるんだね、助けてあげようよ、エリクサーを飲めば元気になるよ」

 「分かった、ティアがいうなら仕方ない、引き受けよう、だが一つ約束してくれ」

 「なんでも聞こう」

 「エリクサーの出所とティアのことは詮索無用で頼む、これだけは譲れない」

 「王妃様の病状を知っているのはごく一部に限られている、さらに看護チームは王妃が気を許した者だけだ、露出は最小限にしたいのはこちらも同じだ」

 「それと報償についてだが・・・・・・」

 「王妃が健康を取り戻せたなら領地の一つ二つは進呈する、なんなら爵位も思いのままだ」

 「さすがに国王だ、大きくでたな、だが俺達の望みは・・・・・・」

 デルはルイとティアを見て笑った。

三人は声を合わせて言った。

 「船だ、船が欲しいんだ!」


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