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狂人薬VS万能薬

 エリクサーは予想外に高く売ることが出来た、買ってくれたのが王様だったのは仲介してくれた男と知り合いになれたからだ、これもエミーのおかげだ。

 あいつには世話と面倒をかけてばかりだ、元気にしているだろうか。

 マンさんの話では遠くに行くと言っていたという、ムートン領の魔獣騒動からランドルトン公爵の乱、決着させたのはエミーだと聞いた。

 華奢な女の子のような身体なのに、剣術も徒手術も桁外れの実力、おまけに冷静さと洞察力も兼ね備えた弟、人の嬉しい悲しい感情は理解できても自分に起こったことには感情が生まれないと言っていた、だから人の感情を見ることが出来る環の外にいたいのだと。

 本人はウルバッハナンチャラ病とかアレキシナンチャラとか病名を上げていた、先天性の異常であり感情が生まれないから笑うも泣くも出来ない、演技するしかないのだと。

 自分に感情がないからこそ人の感情には敏感だった、まるで五感以外の器官をもっているようだった、本当の名前も生まれたところも両親も分からないひとりぼっちのエミー。

 寂しいという感情さえ自分には生まれないから楽でいい、と笑った。

 最後に会ったのは変態貴族を襲撃して返り討ちにあった時だ、自分を囮にしてデルを逃がした、平然と無茶をする、でも失敗はしない。

 不思議な子だ、動じる事のない冷静さは十代の物じゃない、常人なら長い経験の元に備わる能力、エミーの心は恐怖も歓喜も産まないから乱れることはない、生まれる前に感情と引き換えにその能力を得ることを神と契約したのだとデルは思っていた。

 「エミーになにかあれば次に助けるのは俺の番なのに・・・・・・すまないエミー、まずはティアをマヒメの元まで連れていかなくちゃならない」

 ニースの港が見下ろせる丘の上でデル・トウローは草を噛んだ。

 「早かったなデル・トウロー」

 いつの間にか背後に小さな東洋人が立っていた、いつもながら神出鬼没だ。

 「やあ、マンさん、怪我の具合はどうだい?」

 「おかげさまですっかり良いよ、十歳くらい若返ったようだ」

 東洋人だが身なりはいい、今の国王は人種差別を嫌う、既存貴族からの反発は強いが優秀であることの方を優先する、これは反対勢力だったランドルトン公爵の方もそうだった、時代は変わり始めている。

 東郷宿に来る前はデル自身も貴族、白人以外は亜種だと思っていたほどだ。

 

 マンさんと知り合ったのは去年、ムートンの森の近くだった。


 当時デル達は漂流島を探すために遠洋まで航行可能な船を各地の港街を渡り歩いていた、購入のための軍資金は少なく、企業や団体、貴族でもない個人を相手にしてくれる造船会社は少なく船探しは難航していた。

その時もダメ元でニースの造船街へ行こうとしていた時に港で大きな戦いがあったことを知った、その前には平原を行く武装した騎馬隊にきな臭い物を感じて遠巻きに人を避けて森へと引き返していた。

この時はティアも連れていたので余計に危険は冒せなかったのだ。

秋が深まりつつある森の中、ムートン渓谷の支流で三人は休憩をしていた、ここでも昨日まで騒ぎがあったようだ、近くの村では死者も出ていると途中で聞いた。

クンクンとルイが鼻を上げて周囲を警戒している、ルイは鼻が利く、集中した時の索敵はあてになる。

「血の匂いがする、人の血だ」

「この近くでか?」

「たぶん、古くない、まだ生きている人の匂い・・・・・・」

「落ち武者か何かかもしれん、獣も人間も手負いが一番危険だ!ティア、離れるなよ」

と振り向くと後ろにいた筈のティアがいない。

「!?」「ティア!ティアどこだ?」

すばしっこい子猫のようにじっとしていない、世の中全ての物に興味があるのだろう、見慣れないものがあると何であろうと近づいて突っつく癖がある。

いた!いつの間にか沢に降りて水際でしゃがみ込んでいる。

「ティア!」デルとルイスは急いで沢に降りるとティアの背中の死角になっていた場所に小柄な男が半身を水につけたまま倒れていた。

「!!」

「離れろティア!あぶない」抱き上げて引き離す。

「死んじゃっているの?デル父さん」

ティアが心配そうに指さした男は小柄な東洋人だろうか、黄色の肌に黒い髪、白髪が混じっている、足からの出血が沢水に赤い淀みを作っていた、ルイが感じ取った匂いだ。

「微かに息はある・・・・・・」ルイが指を当てた首筋からは弱い拍動が感じ取れた。

「何者だ?」

「分からない、見たことの無い衣装だ、家紋や武器は持っていないな」

出血はしているが足の傷は深くない、水から上げておけば自然に止まるレベルだ。

足を切って自殺?いい年だろうに変な奴だ、放って置けと踵を返そうとしたところで男が呻いた。

「うう・・・・・・」

「あっ、生きているよ!お父さん、助けなきゃ!」

ティアがデルに抱かれながら手を伸ばした、もう助けない選択はなくなっていた。

「仕方ないティア、エリクサーを一本あげてもいいかい?」

「もちろんいいよ、助けてあげようよ」

万が一のためにバックの中にはエリクサーを数本入れている、ティアはもう普通の人間食でエネルギーは足りているが時折神獣返りの兆候らしき事が起こる、漂流島から離れていれば人としての感情を失っていくとマヒメは言った、人の感情を繋ぎとめるのもエリクサーの効果なのだ。

「待て!そいつの鼻のところを見てくれルイ」

「なに!?」覗き込むと鼻の穴の周りに黄色い粉が付着している。

掬い取って匂いを確認する、「!!」直ぐに鼻から離すと指に付いた粉を掃った。

「これはイエローアンバーじゃないか!」

イエローアンバー、狂人薬、戦争で前線の兵隊が恐怖を拭うために使うことがある、一般に流通しているのは犯罪者か闘奴隷用だ、倒れている男は闘奴隷には見えない。

デルはバックに伸ばそうとした手を止めた、犯罪者にマヒメのエリクサーは使いたくない。

「やはり放って置こう」呻いた男から一歩遠ざかる。

「駄目!お父さん今その人助けないと死んじゃうよ!死んだらもう会えないよ!」

「ティア・・・・・・」

海色の瞳に薄っすら涙を浮かべて懇願されては拒否する手段をデルとルイはもっていない。

「わかったよティア、ルイ、ロープあったよな、念のためこいつを縛り上げてからエリクサーを飲まそう」

「了解だ」

デルの腕から降りたティアは早速キャンプの準備を言われなくても始める、男の状況からみればエリクサーを飲ませたあとも放っては置けない、かといって背負って家に連れ帰るわけにも近くのマナーハウスに行くわけにもいかなかった、この後のことを分かったうえでの段取りだ、神獣の子は呑み込みが早い。

後ろ手に男の手を拘束して足の傷口を縛る、よく見ると全身の服や髪の毛にもイエローアンバーが付着している、布をマスク代わりにイエローアンバーを叩いて払うと黄色い霞が男から立ち上がった。

「何なのだ!?狂人薬を頭から被ったみたいだ、急性中毒を起こしたのかもしれん」

「正気に戻ったら聞いてみるか、もっとも言葉が通じればだが」

ロープを回して気が付いた、男の身体からは武器と思われる見たことのない暗器が沢山でてきた、やはり普通の人間ではない、どこかの兵隊か隠密だ。

「やはり油断はできんな」ロープをもう一重余計に回しておく。

「大丈夫だよ、お父さん、この人は悪い人じゃないよ」

「ふっ、そうだな」やはり親子だと思った、マヒメもデルとルイに簡単な拘束をしただけでエリクサーを与えてくれた。

「運命かもしれないね・・・・・・」

腰に手を当てて牛乳瓶を飲むようにエリクサーを飲んで見せたマヒメをルイも思い出していた。

ティアの安全とキャンプの準備を整えてからエリクサーを飲ませてみた。

男のエリクサーへの適正はあまりあるとはいえない、あくまでティア用のエリクサー、神獣用だ。

次に適性があるのは魔獣ワーウルフの血を引くルイ・イカール、人間であるデルが飲んでも彼らほどの劇的な効果は望めない。

適正があり本来の効果が発揮されれば骨折や裂傷は数時間、重大な疾病、末期癌でも数日で治る、しかし試したわけではないのでデル達は知らない。

それでも服用させると足の出血は直ぐに止まり、顔色が戻ってくる、命の心配はいらない。

「ほら、大丈夫だ、助かるよ、お母さんのエリクサーは凄いだろう」

「うん、お母さん凄い!」

ティアが鼻を鳴らして胸をはった、ニカッと笑う笑顔がそっくりだ。


優しい子に育ったティアにマヒメの姿を重ねて、二人は自分たちこの役割をくれた神様に感謝していた。


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