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デザイナー

 新造二十メートル級クルーザー、ブラックコーラル(黒真珠)号、旧ランドルトン公爵が個人用に発注していた蒸気機関搭載の動力船。

 黒い船体に白い帆を広げた姿は優雅で美しい、蒸気機関が動いていれば操舵室からレバー一つで帆の操作が可能な最新鋭設備が備わっている、図体はデカいが走らせるための人員は少なくて済む、蒸気機関を節約して走れば半年は海の上にいることも可能だ。

 大きいとはいえ喫水の浅い船体はガレオン船に比較すれば足は早い、条件は悪くなければ海賊船から逃げることは容易いだろう、しかし、契約者からのリクエストは武装の強化だった、もともと小さいが大砲は一門搭載していた、だが足りないという。

 さらに長射程、高威力の大砲の搭載を要求し、追加料金も置いて行ってしまった。

 社長と工場長は頭を抱えた、武器の搭載は違法だ、しかし今は取り締まる自治体が無いに等しいから売却して港を出てしまえば責任を問われることはないだろう。

 大砲の調達先にも心当たりはある、ランドルトンの崩壊後にダブついた物資は数多くある、最新鋭の武器でも変わりはない、買手がいるなら業者は売りたいのだ。

 大いに頭を悩ませている社長たちに反して諸手を上げて歓迎したのが設計者である

ハント・スチュアートだ、ランドルトン公爵のプライベート客船を受注出来たのは将来まで自慢できる仕事であり深い思い入れがある。

 船は海の上にあってこそ船だ、ドックの中で埃を被り朽ち果てていく様を見るのは耐え難かった。

 顧客のリクエストならどんな要望にでも応えるのがプロだ、法律や制限を上手く躱すのも技術のひとつ、要望に対して期待以上の物を提案する。

 ワクワクする、こんな楽しい仕事があるだろうか、金を貰って頭を抱える社長の気持ちが理解できない。

 元々搭載されていたのは護身用の大砲と大型弓(バリスタ)だ、これでも通常なら十分なはずだが顧客は何を想定しているのかが分からない、がより以上の高威力を欲しているなら口径を大きくすればいい・・・・・・しかし、それでは芸がない。

 「大砲の爆発音は下品で我慢ならん!」

 この美しい船体に見合った毒針が良い、無骨な大砲などいらない。

 「確かランボの所に東洋製の床弩弓がダブついていたよな、あれを回転銃座にして、装填を蒸気機関の動力で引けば・・・・・・いけるんじゃないか!」

 ハントの頭の中に船首に美しい鳥が羽根を広げたような弩弓の姿が描かれていた。

 仕事は創意と工夫だ、納得のいくものが創れれば金はどうでもいい、ハントは経営者ではなく職人だった。

 進水もしていないブラックコーラル号の船体を一人撫でながらハントは大海原をどこまでも走っていく姿に想いを馳せた。

 

 長い航海になる、目標とする島が今何処にあるのかは分からない。

 どうしてって?それはあの島自体が漂流しているからだ、海流に乗って世界の海を旅する島、そこにマヒメはいる、ティアの母親、神獣レヴィアタン。

 彼女と暮らした数か月の事を良く夢に見る、夜ごと歌い踊り、ギターを鳴らした。

 タブラオ・デリーバ(漂流)、あの小屋は今も春の霞の中にあるのだろうか。

 マヒメに会いたい、そしてティアに合わせてあげたい、今年で六歳だ、母親の面影がある、プラチナの髪は父親似かな?

 ルイス・イカールは薪割りの手を休めて遠い山の向こうに見えない海の匂いを思い出した。

 「ねぇねぇルイ父さん、デル父さんはまだ帰らないの?」

 十歳になるには小さい身体の女の子がティア、プラチナの髪と海色の瞳は零れるほど大きく長い睫毛が風に揺れている。

 「そうだなぁ、今回はお船の様子を見に行っただけだから今日か明日には帰ると思うよ」

 「そえかぁ、早く帰らないかなー」

 「本が待ち遠しいかい?」

 「そうなの!続きが早く読みたいの、デル父さん買ってきてくれるかなー」

 「ティアは本が好きなんだな、文字を覚えるのも得意だもんな」

 「えへへ、だって楽しいんだもん」

 木製の手作りベンチにぴょこんと飛び乗り足をぶらぶらさせる、ルイも斧を置いて横に腰かけた。

 今は自分で文字を覚えてなんでも読めるようになっている、外国の本もいつの間にか読めるようになっていた。

 昔はデルと二人でセリフを分けながら絵本を読んで聞かせた、賑やかなあばら家が天国に思えた、冷たいだけの豪華な屋敷なんていらない。


 ティアは人とは違う、この川の源流深く神聖な泉で卵から孵った、マヒメから託された神獣の子、孵ったばかりは糸魚のような儚い姿に死んでしまわないかと案じたが翌日には無事泉の中を泳ぎ回っているのを見て二人で手を取り合って泣いた。

 孵すことは出来たもののデルと二人どう扱っていいか分からず右往左往しながら必死に育て見守ってきた。

 神獣の呑む乳はマヒメが作った黄金のエリクサー、桶の中を泳ぎまわる白蛇に少しづつエリクサーを水に混ぜて与えた、皮膚から取り込むように日に日に大きくなっていく、大きな目で二人を見ていた、表情のない白蛇が笑っているのがわかる。

 子供が出来たと二回目の涙が流れた。

 泉が凍結する冬までテントの中で二人は白蛇と共に過ごした、変化は初雪と共にやってきた。

 雪がチラつく泉の中で白蛇は蜷局を巻いて硬質化していた。

 死んでしまったと思った、マヒメの大切な子供を死なせてしまったと慌てた、しかし、取り上げた蜷局を触ると繭の中で何かが胎児のように動いている。

 「死んでいない!!繭化したんだ!!」

 繭が孵化するのを待った、毎日桶の水を変えてエリクサーを注ぐ、春まで続けて雪が溶け緑が芽吹く頃に繭は割れた。

 繭の中で産声を上げたのは小さな人型の赤ん坊、女の子だった。

 二度目の誕生、三度目が一番泣いたかもしれない。

 その子が今、文字を覚え、本を読み、口笛を吹いて唄を歌っている。

 あれから八年が過ぎた、海の女神ティアマトから名前をティアと付けた、ティア・イカール・トウロー、デルは自分の名前は付けないと言っていたが、文字を覚えたティアが自分で名のった時はびっくりした、頭の良い子だ。

 陽だまりのベンチにティアと二人で座り泉を源流に持つ渓流を見ていると至高の幸せを感じる、マヒメの背中を見ていたエリクサーの迷路を思い出す。

 

 村人から忌み嫌われて殺されそうになって逃げだしたルイスも人外の魔物、けれど神獣なんて気高い者じゃない、逃げ出して奴隷船に乗って爆沈、あのまま死ぬはずだった。

 人の幸せを感じる事なんて想像もしていなかった。

 「出来過ぎた人生だよ・・・・・・」

 ルイは呟く、この子を守り再びマヒメに会えたなら、その瞬間に命が終わってもいい、いや、その事だけに命を使いたい、きっとデルも同じ気持ちだろう。

 「ルイ父さんの手は大きいね!」

 ティアが小さな手でルイの指を弄んでいる、不意にルイの目から涙が落ちていた。


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