ハウンド剣鬼団
クロワ侯爵家のハウンド(猟犬)、その名を剣鬼団といった。
「旧フラッツ家の倉庫を襲った連中、半数以上が切られたそうだ」
黒づくめのボディスーツは鱗状の模様が付いている、いわばドラゴンスーツという雰囲気だ。
七人がテーブルについている、体格は様々だが一様に雰囲気が似ている、もちろん全員が選民であり定期的にマッド・エリクサーを摂取できる立場にある。
全員が金髪だ。
教団での立場はアポサルの二人に続いて三番目の序列に名を連ねている。
首席の名をカオス、やはり見た目は若い、二十代前半に見える、短髪に髭を形よく整えていた。
「どうせ素人同然の連中、更に半数は非選民だろう、いい粛清になる」
カオス同様に中肉中背の髭はない男が次席タロス。
「それで具体的には何人切られたのですか?」
次席以下は同列となりハウンドと呼ばれる、その中で最も長身長髪の男ガイアが柔らかな口調で問う。
「十五人だ」
「一回の損耗にしては多いわね、暫くアマル隊の活動は縮小ね」
唯一の女性エロース、胸がでかい。
「問題は倉庫の警備をしていた冒険者連中の数だ」
一番小さい男エレボス。
「倍もいたのかな」
最後の一人は一番若い十代中頃の少年のような容姿、名をニュクス。
首席カオスがニヤリと笑って目を細めた。
「五人、いや実質四人に殺られたそうだ」
「!」
全員が目を輝かせた。
「昨今では珍しい話だ、領主はトマス・バーマンド、狸男爵か」
「もちろんトマスはその四人に含まれない」
「どんな奴らなの?私達が知っている奴かしら」
「三人は有名人だ、短槍のエルザ、白髪巨人ホランド、それにバウンドインプ」
「いずれも冒険者としてはビッグネームだね、実力も折り紙付きだ」
「あと1人は?」
「女だ、ブロンズの髪、細い女でアマルが表現するに幽霊だそうだ」
「幽霊女?該当するような冒険者は知らないな」
「アマル隊に最も損害を与えたのもその幽霊女だ」
「へえ、短槍のエルザや白髪鬼がいたのに」
「そうだ、面白いだろう」
「興味をそそるね」
「得物は何を使う?銃とか言わないよな」
「片刃の細い剣らしいが詳細は不明だ」
「始祖の可能性があると思いますか」
「これだけでは何とも言えない、始祖に繋がる者は一芸に秀でた者が多いのは確かだ、前途の三人よりも強いとなれば可能性は高い」
「調べてみる価値はありそうだな」
「出来れば四人全員を瀕死まで追い込んでエリクサーを飲ませたい」
「殺さず生かさず・・・いつもながら無理難題」
「三人一組であたれ、油断するな」
「三人・・・首席は別任務があるのですね」
「ああ、侯爵様よりニース港のクルーズ船について調査を頼まれているのだ」
「不審船ですか」
「不審なのは船ではなく購入者の方だ、あまり面白そうな話にはならないだろう、希望者がいれば譲るぞ」
シーン 誰も手を上げる者はいない、
「まあ、そうだろうな、つまらない仕事をこなすのも首席の役目だ」
首席カオスはわざとらしく溜息をついて見せた。
「期限は一週間、さっそく取り掛かってもらう、皆に神の祝福を!」
それぞれがテーブルの上にダーク・エリクサーの小瓶を準備すると主席の号令で中身を飲み干した。
月に一度の儀式、「神の祝福を!」
嚥下されたダーク・エリクサーは胃酸の海を潜り抜けて腸から吸収されて体内に侵入していく、血管を巡り既存の細胞を乗っ取る、三十七兆個の細胞を書き換えようと分裂を繰り返す。
体内では遺物と認識されたミトコンドリアと白血球やマクロファージとの拮抗した戦いが始まり、繰り返し服用しなければ体内の免疫器官によりダーク・エリクサーはやがて駆逐されていく。
経口投与は非効率だ、しかし若禿研究員トガミの血管投与技術が確立されればその効率は劇的に改善されるだろう。
しかし・・・その先に待つ変化はカオスたち信者が求めたものかは分からない。
飲み干したダーク・エリクサーが効果を発揮し始める、瞑想しているように目を閉じたカオスたち剣鬼団の身体から臭気が上がる、赤身の肉を想像させる匂い。
血流が早まり頬が染まる、爪の先の毛細血管までが開いていく、乗っ取られた細胞その一つ一つに意思があるように活動し、宿主の能力を爆発的に向上させる。
その代謝は盗賊アマルが逃走をはかった時に服用したダーク・エリクサーの反応とは少し違う、より適正があり書き換えが進んだ剣鬼団には激烈な反応は起きない。
初めに僅かな痛みを伴い、次に快感にも似た陶酔がやってくる、七人は椅子に深く身体を預けて書き換えを受け入れる。
「神の意識を感じる・・・」
七人は幻想とも現実とも思える景色を感じていた、視覚ではなく記憶だ。
威容を誇る巨大な山脈、いったい何メートルあるのか頂きは天を突き見ることは出来ない。
ダーク・エリクサーの記憶、この世界のものではない。
七人の頬に涙がつたう、憧れ、悲嘆、愛欲、復讐、希望全ての感情が雪崩のごとく心を埋め尽くす、逃れる事の出来ない運命に飲み込まれる。
感動の涙だ。
感情の雪崩が過ぎ去った跡には不安や後悔だけが埋もれて充実感が漲る、意欲が心の底から湧き上がる。
代謝が落付いたころには全員がスッキリと目を開ける、窓から挿した光に顔が輝いている。
「人間は動き、そして考えるように設計されている、さあトレーニングだ」
「今日の実戦訓練は私の番!楽しみだわ」
エロースが剣を取り立ち上がる。
「儀式のあとの実戦訓練はテンション上がるよな、なあエロース、俺と変わってくれよ」
「あら、いやよ、エレボスは先週やったじゃない、滅多に出来ないのだから譲れないわ」
「相手にもよる、不利な相手なら見極めるのも訓練の内だ」
「不利な相手?そんなのあったかしら」不敵に笑う。
剣鬼団専用の訓練場、砂地の円形闘技場、屋根はなく周囲は高い石壁だ、そこは小さなコロシアムだった。
出入口は二か所、いずれも格子の檻がある、闘牛を追い立てる通路は暗い地下に繋がっている、砂地にはところどころに黒い染みが残っている。
ガチャンッ 檻の門が開け放たれ囚人と思しき男が解き放たれた。
大きい、浅黒い肌に黒い体毛、細い目に点のような眼球が鋭く光る、難破船から漂着した南方の異人、すでに半年この訓練コロシアムで生き残っている闘奴隷だ。
「やったぁ、今日の相手サイードだわ」
「もう復帰したのか、先月首席にあれだけ痛めつけられていてか・・・エリクサーへの順応が進んでいるようだ」
「冗談はよせよ、有色人種が神の選民となれるはずはない、一時的な効果だろ」
「エロース、いいのか、奴の体調が万全なら強敵だ、女のお前には組み難い相手だぞ」
「いいえ大歓迎よ、強いからこそ訓練になるのよ、弱かったら意味無いわ」
「分かった、始めよう、得物は何にする?」
「フフン、もちろん素手よ!」
「お前剣鬼団の意味分かってる?」
冷やかしに耳を貸すことなく五分後にはコロッセオの砂地に降りたエロースと闘奴隷は向かい合った。
「元気になって良かったわね、先月は主席にあちこち切られちゃったものね」
「・・・・・・」
異国人である闘奴隷サイードには言葉は通じていない、女性としては比較的大柄だとはいえ素手の相手が女だと知って憤怒の形相だ、壁際に立つ首席カオスに向けてふざけるなと視線を送る。
意図を読んだカオスが親指で首を斬る、殺して見ろとの合図。
「ちっ!!」諦めてサイードはエロースを見下ろして戦闘体制をとった。
「さあ、始めましょう、楽しませてね!」
バシュッ 腕のフェイントからノーモーションのローキックが届く、足が長い。
バァチィィンッ 撓る足が鞭のようにサイードの脛を打つ。
「ぐおっ!!」サイードは脛の激痛に余裕など存在しない事を理解した。
エロースの体術はサバットと呼ばれる足技を主体に関節技まで使用するフランス発祥の格闘術、固い靴は剣と同様に武器だ、実戦ではナイフが仕込まれる。
五分後、サイードはエロースの見事な曲線を描くヒップから伸びた太ももに首を挟まれて意識を失っていた、多彩な蹴り技に翻弄され転がされたところで後ろからの首三角締め、黒蛇のようにサイードの首に巻き付いた足はエロースの名にふさわしく艶めかしい。
「あはぁっ、堪らないわ!」
舌を出して締め落とされた男の顔を見てエロースは身悶えしながら更に力が入る。
「あっ、あっ、あああーっ」
ゴキンッ 女の股に挟まれた首が嫌な音を立てた。
「ああっ!?ごめんなさい、殺しちゃったわ」
「でも、いいよね、変わりは沢山いるんだし、そうだ、幽霊女も闘奴隷にしちゃおうかしら、たまには女同志っていうのも素敵よね」
奇妙な方向に向いたサイードの頭の上に尻を降ろしてエロースは新た獲物に狙いを定めた。




