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サウナ

 ギルの疑似エリクサー精製のアプローチは教団とは異なる事を本人は知らない。

 教団は核となるミトコンドリアを培養し、摂取した人間を作り変えることを目的としている、神に近づいた人間は不老不死に近い能力を手に入れる。

 ノスフェラトゥ教団の選民が若い理由だ、書き換えが進めば能力だけではなく精神面、考え方も変わっていく、やがて神のコピーが出来上がるだろう。

 ギルの目指す黄金のエリクサー、お手本としているのはデル・トウローが持ち込んだ神獣用エリクサーだ。

 黄金のエリクサーの中に細胞核はない、すなわちミトコンドリアもいない。

 エリクサーを創り出しているのは酵母菌、創り出す物質はミトコンドリアを活性化させる餌だ。

 人を書き換えようとするエリクサーと人を人のままに能力を引き出すエリクサー、それは別の物だ。

 「採ってきたマッド・ハニーからミドゥス(蜂蜜酒)の醸造は出来た、これを基底材にして人間用のエリクサーを、いやカーニャ用のエリクサーを精製するのだ」

 ミドゥスだけでも市場では相当な価値になる、アルコールは低めだが芳醇な香りが立ち込める、鍋を火にかけてアルコールを飛ばす。

 「少しもったいない気もするな」

 「仕方がない、エリクサー中の酵母は下戸らしい、しっかり飛ばしておかないと酔っぱらって仕事をしなくなる」

 「私は何をすればいい?」

 暖炉では盛大に薪が燃えている、部屋の中は暖かいを通り越して暑い、エミーは上着を抜いてシャツ一枚になっていたが冬仕様の身体は項に汗を滲ませていた。

 薄い布が汗を吸ってシルクの肌色を映して、濡れた髪が細い束になり肌に張り付いているのを見てギルは目のやり場を探して視線を泳がせた。

 「その・・・培養中はこの温度を維持したい、暖炉の管理を頼む」

 「分かった、エリクサーは寒がりのようだ」

 「ああ、寒いと活動が弱まるから暖かいところでだけ精製していたらしい」

 「デル兄さんが言っていたのね」無意識に女言葉がでてしまう、フローラが抜けない。

 「季節があるところにいたのかな、どういう経緯で辿り着いたのか聞いてみたいわ」

 「!」

 エミーが視界に入らないように背中を向けているのを見てギルが遠慮しているのを初めて気づいた。

 「ギル、前にも言ったけれど私は男だ、気にしないでほしい」

 「分かってはいるけどな、そこいらの女よりも女らしい容姿の人間がそんな薄着でうろうろされたら気にするなって言うのが無理だ」

 「こんな薄い胸の女はいない、フローラでももう少しはあった」

 「聞こえたら殴られるぞ」

 「そうかもしれないが事実だ」

 「しかしその細腕の何処にあんな力があるのか物理的に説明がつかないな」

 確かにエミーには筋肉の塊を意識させる隆起はない、同じサイズの女性なら大人の男を背負うことなど出来ないだろう、一般的に絶対的な筋力は筋肉量に比例する、大きく太い方が強い、早さや持久力は筋肉の特性、才能によるところもあるがエミーの筋力は確かに異常だ、しかし剣の膂力の面では体重による作用が大きい、テコの力を利用しない限り下向きに作用する力は体重以上にはどんな筋力をもってもしても発揮できない、体重を乗せて振り下ろされた大剣をまともに迎え撃つことは不利だ。

 「特別なトレーニングをしているからね」

 「ほう、それはぜひご教示願いたいね、どんな厳しい修行なんだい」

 「いいとも、難しい事じゃない、人間の骨はいくつあるか知っているかい?」

 「骨?いや分からんな」

 「おおよそ二百六個だ、これを個別に全部動かせるようになればいい」

 「骨を動かす?関節のことか」肘と手首を回してみせた。

 「簡単なのをやって見せるわ」

 エミーは片手鍋を持つと真っ直ぐ手を伸ばして突き出す、もう一方の手で肘を固定する。

 「何をする気だ?」「よく見ていて」グルッと手首と肘が動かずに腕だけが別の生き物のように半回転している。

 「あっ、あれれれっ、なんでそうなる?」

 「関節を動かさずに尺骨と橈骨だけを動かした」

 「意味がわからん、手品なのか」

 「違うさ、もう少し分かりやすくしよう」そういうとエミーはシャツを胸まで捲り上げる、細いウエストから上が露になる。

 「おいっ、だからやめろって」

 「右の肋骨を下から動かす」かまわずにエミーは肌を晒したまま自分の肋骨を指さしていく、ピアノの鍵盤のように一本一本が独立して動いている。

 「うおっ、本当だ!動いている、自分で意識して動かせるものなのか」

 「訓練次第で出来るようになる、私が特別なわけじゃない」

 「信じられん、それも東郷塾の教えなのか」

 「そうだ」

 「それが出来ると筋力が変わるのか」

 「身体操作が完全になれば無駄がなくなる、人間は陣の身体を思った以上に掌握していないものなのだ、脳が指示したように寸分たがわずに手足が動かせる人間を達人と呼ぶ」

 「東洋の神秘だな、俺には出来そうにない」

 「製薬には必要のないスキルさ」

 ガタッ 小屋の扉が開いてベス婆が顔を覗かせた。

 「ありりゃ、あんたら部屋をサウナにして何をおっぱじめるつもりだいって・・・」

 薄着のエミーを見てベス婆はいやらしく目を細めて笑う。

 「ははーん、あんたらそういう仲だったのかい、それならそうと言っておくれよ、恋愛に性別も年齢もないからね、シッシッシッ」

 「ちっ、違うぞベス婆!勘違いするなよ、俺達は武道の真髄についてだな・・・」

 「はいはい、分かってますよ、他人の性癖に口出しする趣味はないよ」

 「いやだから・・・」「フフッ」

 ギルは必死に否定したがエミーはポカンとしたまま含み笑いを漏らした、ギルの慌てぶりが可笑しかった。

 「さあ二人ともイチャついてないで昼飯の時間だよ、カーニャを待たせないでおくれ・・・あとエミーさん、もしもいやな事されたなら婆にいいな、とっちめてやる」

 最後はギロリと疑いの目をギルに向けた。

 「そうするわ」ここのトーンは意識的に女言葉にした。

 「おい!やめろ、冗談にならないだろ」

 ギルの必死の言い訳はむなしくベス婆には届かなかった。


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