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無知の罪

 「契約はあと一日あるがどうする?」

 エルザ姉さんの問いにトマスの顔は曇った。

 「本来なぁら、残党狩りを頼みたいとぉころだが・・・・・・逃走した連中のぉ追跡に失敗してしまぁいました、というより追跡していなかったぁ、すまない」

 「はぁ?追跡用の騎馬がいたんじゃないのかい」

 「実はぁ押込んだ盗賊の人数を見てビビッて逃ぃげたしたらぁしい、あんたらが全員無事でぇ、しかも撃退したと言ったら仰天しぃていたぁよ」

 「じゃあ、まんまと逃げられちまったのかい」

 「面目ない・・・」

 仮でも領主が日雇いの冒険者に深々と頭を垂れる、トマスの人間性だ。

 「闇雲に探し回っても見つかるわけもない、再び罠を仕掛ける時間もない、それに奴らも半分以上の兵隊を失ったんだ、暫くは大人しいだろう」

 「じゃあ、儂らは首かのぉ」バウンドインプが頭の後ろで腕を組んで背もたれに身体を預ける、ユラユラと揺れる姿はぬいぐるみの様で愛らしくさえある。

 「契約期間満了ではないが給金はそっくり貰うぞ」

 白髪鬼ホランドの尻は肘付き椅子には収まらない、丸椅子に腰かけてはいるがミシミシと音を立てて今にも壊れそうだ。

 「いや、良ぉければ別な仕事を頼みたぁいのだが、もぉちろん別料金だ」

 「内容によるね」

 「この領事館の護衛任務だ、今回の件で報復襲撃があるかもしれん、貴ぁ方たちの技量を見ぃ込んで頼みたい」

 「期間は?」

 「一月でどぉうだろう、もぉちろん衣食住はこっちもちだ」

 「悪くないね、私は受けよう、皆は?」

 白髪鬼ホランドとバウンドインプが了承の手を上げた。

 「私は遠慮する、先約がある」エミーは手をクロスさせた。

 「坊や、君はどうする?」エルザがナインスターに声をかけた。

 「えっ、僕は・・・」ナインスターは先日とは別人のように大人しくなってしまった。

 「嫌なのかい?それともエミーのように先約があるのかね」

 「いや、そういうわけでは・・・」

 「じゃあ、四人でかまわないね、トマス領主」

 エルザが決を取って仕切った、バフンッ巨大な掌がナインスターの背中を軽く叩いた。

 「!?」驚いて見上げた先の巨人の顔は頑張れと言っていた。

 「あっ・・・ありがとうございます」ナインスターは直立すると、まるで門下生のように深くお辞儀をする

 「それとぉ、この赤い薬、マッド・エリクサーを王都の研究室まぁで運んで頂きたぁいのぉです、誰かお二人でお願いでぇきまぁすか」

 「王都か、誰か希望はあるかい」

 「王都で俺は目立ちすぎる、遠慮する」二メートルを超える白髪鬼ホランドは確かに目立つ。

 「それじゃあ、私とバウンドインプで行くことにしよう、いいかい?」

 「了解した」「意義ありません」

 「万が一の時、エミーさんの協力を頼むことは可能でぇすか」

 トマスもエミーの働きは聞いていた。

 「この街にはいる、連絡先は・・・・・・トマス次第だ」

 「はいぃ?私次第とはどういう事でしょうか」

 「人払いを頼めるか」エミーはエルザに目配せする。

 「はいよっ、下の食堂で何か貰おうか」どかどかと三人は席を立っていった、余計な詮索はしないのが冒険者だ。


 朝の会議室にエミーとトマスの二人だけが残った、心当たりのないトマスは少しドギマギしている。

 「あっ、あのぅ、二人だけぇの話とはぁなんでぇしょうか?」

 「時間を取らせて済まない、確認したいことがある・・・・・・執務室に置いてある肖像画についてだ」

 「肖像画?ああ、旧フラッツ家ぇの令嬢の事かぁ」

 「そうだ、他の肖像画は燃やしたのに何故あれだけは残している?」

 「特に意味はなぁいさ、彼女の画を燃やしてしぃまぁうのはぁなんだか忍びなぁくてな、子供ぉの頃から知っていたぁんだ、かぁわいい娘だった」

 「フラッツ家廃位後の行方をしっているのか」

 「いや、そぉれが分からないのだ、私がぁこの館を引き継いだ時にぃは既にいなかった、廃位前に両親を強盗に殺され子爵継承でも揉めていぃたからな、派閥が違わなければ手助けしてやぁれたものを・・・・・・エミーさんは彼女についてぇ何か知っているのですか」語尾の部分が強くなる。

 顎の下で手を組んだエミーはじっとトマスの目を見ていた、トマスからは敵意や害意は感じない、焦りと哀情を感じた。

 打ち明けてもいい、そう判断した。

 「トマス卿、私はカーニャ・フラッツの今を知っている」

 「! 本当かっ、彼女は無事なのか!?元気にしているのか!」

 何処にいる?ではなく安否確認が先行した、カーニャの身を心配しているのは間違いないだろう。

 「取敢えず生きているが大丈夫とは言い難い状況だ」

 「どういうことでぇすか!?」

 テーブルの端に突き出た腹をぶつけながら顔色を変えて立ちあがる。

 「彼女は領民によって軟禁状態にあった、嬲り者にされて瀕死状態だ」

 「なんですとぉ!!」沸騰した額に血管が浮き上がる。

 「ショックから拒食症を引き起こして一度は心臓が止まった、幸い蘇生できたが衰弱状態に変わりはない」

 「それで今どこに?私が保護します!」

 「面倒を見てくれている人間が二人いる、カーニャに貴方の事は話しているが合いたくはないそうだ」

 「は!?何故だ、家が敵対関係にあったとはいえ私は跡継ぎではない、カーニャに危害は加えない」

 憤然とした表情でエミーを睨む。

 「勘違いするな、恐れたり嫌ったりではない、今の彼女は肖像画の姿からは程遠い、やせ細った惨めな姿を貴方に見せたくないのだ」

 「惨めな姿だと・・・そんなバカな」トマスは絶句した。

 子爵令嬢として輝いていた姿しかトマスの記憶にはない、やせ細った姿など想像出来なかった。

 「自戒しているのだ、小さい頃に世話になった貴方に対して令嬢時代に冷たい態度を取り、奢っていた自分が今更貴方に合わせる顔はないとな」

 「彼女はフラッツ子爵家の跡を継ぐべき立場だった、下級貴族の次男など相手になるはずはない、それにカーニャたんの美貌を考えあわせれば尚の事だ!」

 「カーニャたん?」

 「いや・・・・・・何でもない、しかし廃位されたとはいえ直接の罪人ではないカーニャを軟禁して恨みをぶつけるなんて許せん!一体だれが!!」

 「領主の立場でその名は聞かない方が良いと思う、それに脅しは入れてある、もう嬲る様な真似は私がさせない」

 「そっ、そうなぁのですか、しぃかし心配です、どうにか合わぁせて頂くことはでぇきませんか」

 「トマス領主、貴方の気持ちは分かった、カーニャにもう一度話をしよう」

 「そうしてもらえるか、ありがぁとう、恩に着る、彼女は決して悪い娘ではなぁい、何も知らなかっただけなのだ」

 「知らない事は罪になり得る、その責で命を奪われる者もいる、彼女はこれから学ばなければならないだろう」

 「・・・そうかも知れん、しかしそれは私も含めてだ」

 「トマス、貴方が導いてやってほしい、彼女を助けてやってくれ」

 そう言うとエミーは優しい笑顔をトマスに向ける。

 「!もっ、もちろんだ、約束する」

 「エミーさん、貴方はなぜそこまでしてくれるのですか?」

 「出会ったのは偶然だ、でも関わったからには放ってはおけない」

 「優しい方だ」

 「人真似だよ、彼女ならこうする」

 「彼女なら?」

 「こちらの話さ」

 そこまで話すとトマス領主は次官の呼び出しに応えて会議室をドタバタと出て行った。

 トマス個人はカーニャの大きな味方になりえるだろう・・・・・・しかし組織としてはどうか未知数だ、今後の展開ではトマスの周りにはカーニャに恨みを持つ者がいる可能性の方が大きい。

 一人会議室に残ったエミーは指を首に当てて目を細める、トマスをどう関わらせるべきか向かいにフローラの幻影を映して相談してみる。

 「深く考えすぎだよ、考える前に飛び込んじゃえば」

 幻影のフローラが薄い胸を張った。

 「君らしい答えだ・・・・・・」

 自分だけでは間違う、模倣だけでも足りない。

 ( ありがとう・・・・・・) フローラや人との関りがエミーをまた強くする。


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