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ダーク・エリクサー

 「まだやる?」ゾッとする冷たい声が暗がりに立つ幽霊から聞こえた。

 魔物からの死刑宣告。

 「くっ、仕方ない、全員服用しろ!!」「!!」「了解!」

 アマルたちが全員ポケットやバックから小瓶を取り出すと赤い液体をゴクリッと飲み込んだ。

 「なんだ!?痛み止めの麻薬か」

 「恐怖で頭でもやられたのか、イエローアンバー(狂人薬)にしちゃ赤かったぞ」

 男たちの身体から白い靄のように湯気が立ち始める、鉄分を含んだ臭気が鼻をついた、湯気の匂いだ。

 「これは・・・血の匂い!?」エミーの目がスウッと細くなる。

 エミーの共感能が敵の心情の変化を嗅ぎ取る、怒りや恐怖、緊張が充満していた感覚が自信や充実に変わっていく、赤い液体の薬効に違いない。

 「脱出!!」アマルの号令で全員が閉まっている大扉に向けて突進する。

 行くてを阻んでいた白髪鬼とエルザに数人が襲い掛かり二人が大扉に取りつき開けようと引っ張る、巨大な扉は一人では到底動かせない、白髪鬼だから動かせたのだ。

 ガラガラガラッ 「ぐおおおおおっ!!」血管が切れるほど浮き出させて扉を引くと動かない扉が開いていく。

 「嘘じゃろ、一人で開けよった!!」バウンドインプが驚愕の声を発した。

 ガキィッンッ 白髪鬼に撃ち込んだ剣の膂力が増している、

 「オラッオラッオララララララッアーッ!!」

 盗賊たちの連撃速度が上がっている、しかも衰えない、さすがの二人が捌ききれずに後退する。

 「マッド・エリクサーを飲んだ俺達は無敵だぜ、オラオラオラーッ!」

 脂肪が落ちて盗賊たちはより若く見た目を変化させている、頭髪が伸びて筋肉の影が深くなっている、剣の技量は変わらないが明かにパワー、スピード、持久力が上がっていた。

 「エリクサー!?」エルザがはっとしたように口にした、何か知っているようだ。

 「開いたぞ、退却しろ!!」扉は通り抜けるには十分な広さで開いていた、アマルが外に駆け出すのを見て後続も続く、中には剣を放り出していくものもいた。

 「追うかリーダー?」エミーがジグロを鞘に戻しながら開いた扉から差し込む月明かりの下に進み出る、いつの間にか曇天は晴れていたようだ。

 「いや、追跡用の騎馬がいるはずだ、我々はここの警備が任務だからな」

 フウッと溜息をつく様に短槍を肩に担いで猛スピードで走り去るアマルたちを目で追いかける、月明かりの下でその後ろ姿は十代に見えた。


 倉庫の中には十六人の死体が転がった、翌日の朝まで死体と共に過ごす気にはなれない、五人は夜の路地をトマスの領事館に足を向けた。

 「エミー、教えてくれないかい?さっきのあんたの技はどういうからくりだ」

 「何の事だ」

 「蛇のように地を這って走っただろう、なぜあんな動きができる?」

 「身体操作の基本を応用したものだ、蛇というより蜥蜴の動きを模したものだ」

 「東洋の武術というのはそんなことも修行するものなのかい」

 「知らない、私が知っているのは東郷流だけだ、東洋というのも知らない場所だ」

 「最後に正対した敵ではなく俺の前の奴に突っ込んだのは何故だ?俺がやられると思ったのか」

 白髪鬼ホランドのプライドを傷つけたようだ。

 「違う、理由は二つ、物理的に奴は左利きで下方向からの攻撃に対して不利なスタンスを取っていた、もう一つは奴の心が恐怖に捕らわれて視野が狭くなっていたから、その恐怖を与えていたのは貴方だ」

 「恐怖心が見えるのかい?」

 「見えるというより感じるんだ、恐怖、焦り、怒り、敵意、負の感情は特に強い」

 「武を極めれば感じるものなのかねぇ、それも東郷流かい」

 「ふっ、これは単に才能さ、武も極めてなどいない、師父東郷の武は遥か遠い」

 「それにしても逃げた九人、奴らまるで変身したみたいだった、なんだっていってたか・・・たしかダークなんとか」

 「ダーク・エリクサー」

 「そうそう、確かにそう言ったぞい」

 「エリクサーなら聞いたことあるけどダークがつくのは初めて聞いたな、それに血のような赤色をしていた」

 「これだな」エミーはポケットから小瓶を取り出した、最後に足首を切断した男のポケットに残っていたものだ。

 「最後の奴が持っていたのか、手が早いな」

 「それを飲んでからの奴らは明かに膂力が上がったように感じた」

 「麻薬か何かかねぇ」

 「エルザ姉さん、心当たりがあるのじゃないですか」

 「噂で聞いた事があるって程度さ、ノスフェラトゥとかいう異教徒が使う薬らしい」

 「神の万能薬、本物は見たことないけどエリクサーというのは金色に輝く透明なもんだってきいたことがある」

 「巷に流通している物は殆んどが偽物さ、効果なんてないよ」

 「今年王妃様のところに大量に持ち込まれたらしいじゃないか、そいで病気がちだった王妃様が全快した上若返ったって話をきいたぞい」

 「その話は本当です、王妃様は凄く元気になられたと聞きました」

 一番後ろをトボトボと歩いていたナインスターが消え入りそうな声で答えた。

 「知っているのかい」

 「兄が王宮に努めていますので・・・」ナインスターにとっての初陣は酷く苦いものになった、同行した四人の桁外れの実力を前に打ちのめされていた、道場剣法と実戦は全く違うものだ、人が死んだ、怨嗟の断末魔の声、血と内臓の匂いが纏わりついて離れてくれない、正直吐きそうだった。

 「私らに本当の所は分からないよ」

 デル兄が王家に売却したエリクサーの噂はここまで届いている、相当な金額になったはずだが、多額の資金が必要な事案があったのだろうか、製薬師ギルはデル兄には仲間がいたと言っていた、そのうちの誰かと関連があるのか。

 会ってみたい、カーニャの事が解決したならデル兄を追いかけてみよう、秋になるまでだ、初冬からの海は荒れる、船を出すことは出来なくなる。

 海を渡る前にフローラや師父たちの顔を見ておきたくなる、一度はケジメを付けたつもりでも思い出せば恋しくなる、遠目からでも幸せな顔を見てみたい。

 海を渡ってしまえば一生会えないかもしれない、決戦の後フローラ達とは会っていない、婚約が確定となったフローラに無暗に会うことは危険だ、彼女の躓きの原因とはなりたくない、自分のエゴだと分かっている、黙って旅立ったことにフローラは本気で泣いて怒っていたとメイドのアンヌとロゼから聞かされた。

 あけ始めた東の空にオレンジ色の太陽が顔を出した、光の中にフローラの笑った顔が重なる、自分には出来ない表情、産むことの出来ない感情。

 親友と呼んでいい人の幸せな感情を共感できたなら、それは自分の幸せと同義だ。

 

 「ふふっ」眩しさに目を細めながらエミーの口から微笑みが漏れた。



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