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幻影

 「!」意表をついた問いにトマスは一瞬絶句して答えられなかった。

 少しの沈黙が流れた。

 「おいおい、生かすか殺すかって相手は武器持って襲ってくるんじゃろ、手加減なんか出来るわけねぇさ、殺すに決まっているじゃ!」

 バウンドインプが当然だと手を広げた。

 「まてまて、罪状も明らかにせぬまま無暗に殺すことなど出来ん、我々は警備業務を担うのであって暗殺者ではない!」

 真っ向から否定したのは正義の剣士ナインスターだ。

 「何を言っているのか、倉庫の中は戦場だぞ、温い事を言っていると死ぬぞ」

 白髪巨人の眼光が鋭く光り正義の剣士を射抜いた、その迫力に怖気づくまいとナインスターは余計に前のめりになる。

 「いい質問だね、領主よ、最初あんたは討伐と言った、討伐とは殲滅駆除することだ、つまり殺しだ、私はそう受け取っていたが違うのかい?」

 エルザが確信を引き出そうと迫った。

 「・・・う、うむむむ」トマスは両手を組んで中空を睨んだ、決断できずにいたのだった、恐らく襲撃犯のほとんどは廃位された貴族、派閥が違った結果とはいえ親しくしていた者がいるかもしれない、子供が混じっている可能性もある。

 事務官であるトマスは人を殺したことが当然ない、今までの強盗や盗難に対しても即時処刑のようなことはしていなかった、捕らえるか追っ払うかで終わっていた、その甘さが周囲の地域からも盗賊団を呼び寄せている原因になっている。

 「襲撃者が多人数だった場合は捕えておくことが不可能だ、完全に動きを止める、要するに殺さなければ倒れたふりをした敵に後ろから反撃されかねない、狭い倉庫の中での乱戦となれば余計に分からなくなる、各自が確実に殺すことが出来ないならこの作戦は成立しない」

 淡々としたエミーの言葉には気負いも虚勢もない、それだけに説得力がある。

 「そうだね、追っ払うだけなら倉庫の外で弓を射かけさせればいい、ただ奴らが生き残っている限り別の場所が襲われるだけだけどね」

 エルザが深く同意する。

 「決断しろ!トマス領主、人の命を守ることと奪うことは同義語、殺さずに守ることなど叶いはしないぞい」

 「うぬぬぬ、確かに・・・その通りだ」

 「!」「領主、我々にそんな権限はありませんぞ」

 ナインスターが椅子を蹴って立ち上がる、その拳は強く握られていた。

 「小僧、貴様も殺せぬというなら抜けろ、貴様が殺し損ねた相手に背を取られるのは御免だ」

 ぬっくと立ち上がった白髪巨人が鬼の形相でナインスターを見下ろす。

 「うっ・・・」圧力にナインスターの膝が折れる、ガタッと椅子に押し戻された。

 「いくら金を積まれても私達に自分の命を差し出す義理はない、倉庫の中に入った者はここにいる人間以外全て殺す、出来なければ作戦終了までここで待機しているべきだ」

 「あんたこそ、その細腕で人を殺した事などあるのかい?」

 「少しね」エミーの目が間合いを測る、イメージの剣が全員の喉に切っ先を伸ばした。

 「!!!」トマスとナインスター以外の3人が後ろに仰け反った。

 「???」顔色を変えた3人を不思議そうに二人は見た、エミーは座ったまま掌を顎の下で組んでいる。

 「お前ッ・・・」三人はエミーの神速の刃が部屋の中の五人全てに届いた瞬間を見た、エミーの殺気無き闘気が見せた幻影。

 「寒っ!?」

 空気が凍る、トマスとナインスターは訳も分からない寒気に震えた。

 「あんた・・・何者だい・・・」エルザが自分の首に手を当てている。

 「私はエミー、流派は東郷流、剣術、弓術、槍、柔術ひと通りは使えます」

 他にも引き出しはあるが当然全部は明かさない。

 「東郷流?聞いた事ないね、東洋の武術だね?」

 エミーはコクリと頷く。

 「わっ、わぁかりました、対象の生死は問いません、が出来れば盗賊団の情報が欲しいのでリーダーかそぉれに近いような人間をひとり捕えてぇは頂けませんか」

 「それならいいだろう、でもそいつにとっては死んだ方がマシな状況かもしれんがな」

 「最後にもうひとつ」エミーは掌を組んだままだ。

 「まぁだ、何かあるのぉかね?」トマスが呆れ顔で返した。

 「一番重要な事だ、この班のリーダーは誰にする、役職のない我々には命令系統がない、乱戦の中の個人プレーもまた危険だ」

 「だぁれが適任かな、そぉれとも君がやるかぁい?」

 「私はエルザを推薦する」エミーは視線でも示した。

 「ふふんっ、私はかまわないけど報酬は多く貰うよ」エルザは鼻を鳴らす。

 「俺も同感だ」「儂もじゃ」白髪巨人とバウンドインプも手を上げる。

 「君はどうする、待機するか?」エルザがナインスリーに確認する、既にリーダーの威厳を放っている。

 「いっ、いや、私もやる、参加するぞ」

 「やめておけ小僧、死ぬぞ」

 「うるさい!俺の勝手だ」

 突っかかる言い方だ、白髪巨人は貴族崩れのズレた子供が好きではないらしい。

 「決まりだね、それじゃ早速準備にかかるよ、トマス卿案内しておくれ」

 「承知した、玄関前で待っていてくれ、馬車を用意させよう」

 全員が椅子を外して会議室を後にした、最後に部屋を出たエミーは偶然トマスの執務室に立ち寄るのを見て開け放たれたままの扉から中を覗いた。

 「あれは・・・」

 執務机の脇に額縁を外された肖像画が立てかけられている。

 その顔は痩せ細る前の健康的な美しい少女、カーニャの肖像画だった。

 会議室の壁の白く抜けた跡は歴代の肖像画がかけられていたのだろう、庭の端から上がる煙はそれらの品物を燃やしているに違いない、そんな中でカーニャの肖像画だけを自分の執務室に置いている事にトマスの思いを感じる。

 憎くければ置いてはおかないだろう、カーニャを追いやったのはトマスではないと確信する。

 上手くすればカーニャの処遇を大きく改善することが出来るかもしれない、トマスに探りを入れやすくなった。

 問題はカーニャがそれを望んでいないことだ、落ちぶれた自分をトマスの眼前に晒すことを令嬢のプライドが許さないのだ。

 まずは肖像画のカーニャを取り戻させる、ギルの作るエリクサーが鍵だ。

 領民を虐げてきた貴族の令嬢に生まれた罪、領主としての父母や組織を諫めなかった罪がどれほどの罪となるのかは分からない。

 それが原因で近しい者が死に至ったならその者からすれば死を持って償うのが妥当ということになるだろう、しかし、少し角度を変えてみれば死で贖うほどの極悪人には見えない、断罪されるべき極悪人は領民の中にも多くいる。

 領民が貧しさの中で生きるために他人から奪う罪、カーニャが世間を知らずに領民から搾取していた罪、双方ともに罪であることに違いはない。

 かつて師父東郷一刀は語った、人を助けるために人を殺す、一人を助けるために十人を殺す、人の命は不平等なのか、正義とは見る立場により変わるものだ。

 遥か天空の神でさえ平等なる世界を見ることなど出来はしない、なら地上で藻掻く我々は生まれ持った二つの目を開けるだけ開き、感じるだけ感じて判断するしかない。

 エミー、お前の最大の武器は狭くならない視野だ、その目でしかと見届けよ。

 悲しみ、喜び、怒り、恐怖、人の感情をエミーは強く感じ取る、視野の広さは共感応の高さでもある、反面自身の喜怒哀楽は薄い、溢れる感情が無い。

 環の外から人が幸せでいることを感じていたい、自身が作り出せない感情を共感応で得ているからだ。

 人の中で人として交わり信頼を築いていけ、その人たちがやがてお前の欲する感情を育ててくれると師父は説いた。

これからカーニャを救うという理由で人を殺めることになるだろう、救う目的はフローラの時同様に情でも恋愛でも、まして金ではない。

 ムートンの森で深く繋がった人たち、彼らはエミーに人の歓びを与えてくれた。

 フローラとエドの婚約披露の船を見た幸福感、無機質な世界に暖かい風が吹き込んだ。

 自分で感情を生むことが出来るようになりたい。

 純氷の心しかないエミーの願いだ。


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