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氷の視線

 山鳥の出汁に潰した芋を入れた中華粥、出汁を摂った山鳥を根野菜とスパイスを詰めて煮込んだサムゲタン風煮込み、鳥レバーのペースト、温めた牛乳に蜂蜜、地味だが滋養に満ちた料理が並んだ。

 「すまなかったねカーニャ、もっと早く作ってやりたかったけれど私も村の連中には好かれてないからね」

 「ベスさん・・・」

 仕返し目的で隠匿させたカーニャに世話を焼く者がいれば村八分にされかねない、ギルのように製薬のスキルがあれば別だが立場の弱い女は目を付けられたらここには居られなくなる、幾ら威勢が良くてもそれだけでは生きてはいけない。

 「ギルにも食べさせてあげな、村の連中が嗅ぎつけると煩いからあたしはこれで失礼するよ」

 「そうか、ありがとう」エミーの声は淡々としている。

 「しっかり食べて早く身体を治しな、そして一刻も早くこの国を離れるんだよ、このままここにいたら連中に殺されちまう、エミーさん、一緒に連れて行っておくれ、あたしは若い娘が朽ちていく姿なんか見たくない」

 「分かった」

 「じゃあね、また来るよ」

 ベス婆が裏口から出ていこうとした時、庭の向こうに気配を感じた。

 「!」「婆さん、今は出るな、誰か来たようだ、隅に隠れていろ」

 「なんだって?」

 窓から覗くとそこそこの身なりの商人らしき男を先頭に、農夫や工夫らしき男たちが五人やって来る、その内の一人は大柄で帯剣している、大方暇を持て余してカーニャを嬲りにやってきたのだろう、遠目にもその欲望を感じてエミーの目がスウッと細くなる。

 「ああっ、あの人は商工会組合の会長、私をここに連れてきた人です、きっとまたフラッツ家の悪行を責めに来たんだわ」

 青ざめた顔で頭を抱えて震え出した。

 「大丈夫だ、私が対処する、婆さん悪いが私が外に出たら鍵をかけてくれ、そして開けるな」

 「まさかあんた男五人相手に立ちまわるつもりなのかい、無理だ、止めときな、あいつら質が悪い変態どもだ、あんたも食い物にされちまうよ」

 「フッ、心配はいらない」躊躇なく扉から踏み出すと後ろ手に扉を閉めた、ガタンと内鍵を降ろす音が聞こえる。

 ニヤついた顔で近づいてきた男たちがエミーに気付いた。

 「誰だあいつ?見ない女だ、誰か知っているか?」

 「俺は知らんぞ」

「儂もだ」

「ちょっとかわいいな」

 「娼婦?なわけないか」

 エミーもやり取りがカーニャに聞こえない位置まで歩を進める。

 ザッ 向き合った時、既にエミーはフレジィ・エミーにその雰囲気を変えている、温度を持たない冷たい視線が男たちを見据えた。

 「はて、貴方はあの小屋から出てきたようだが何者ですかな」

 先頭にいた会長と呼ばれた中年が慇懃に聞いてくる。

 「人に名を聞くなら自分から名のりなさい」

 「なんだとテメェでけえ口をきくじゃないか、おおっ!」

 工夫風の男は少し若い、凄んではいるが素人だ、エミーを女だと侮っている、心得がある者なら自分から狼の口の中に手を入れるような真似はしない。

 「まあ、待て待て、私はこの領で商いを営む者でアルノーと申す、その小屋に住まわせてやっている女の様子を見に来たんだ」

 「そうか、私は冒険者のエミー、小屋の中の女を警護する者だ」

 「なにぃ、警護だと、あの女に雇われたというのか、そんな金あるわけねぇ」

 「どっかに隠し持っていたに違いねぇ、ひん剥いて調べてやる!」

 バッ 小屋に向かって走り出そうとした男の目の前に抜いていないジグロを突き出す。

 「ひっ」

 「許可できない」帯剣していることさえ気づかなかった男たちはギョッとして動きを止める、エミーが殺す気ならこの瞬間に全員死んでいる。

 「なっ、なんのまねだ!」

 「中の女は絶対安静だ、誰であっても合わせることは出来ない」

 「だっ、誰が決めたんだ!」

 「私だ、言ったはずだ、私が警護者であると」

 「ふざけるな、あの女は死んだ悪徳領主の娘だ、死んだって当然なんだ」

 「お前たちが裁き、その刑罰を執行するのか、誰の責任においてやっている、領主か?国王か?」

 「ぬっ・・・く、煩いわ、お前に関係なかろうが!」

 「フフフ、この領の商人とは馬鹿でも出来るのか?私は警護者として彼女と契約していると言ったはずだが?関係ないはずないだろう」

 「このアマァ調子に乗りやがって!」

 顔を真っ赤にした工夫が殴りかかる。

 トンッ 振り上げたのは右拳、その瞬間エミーはジグロを抜くことなく右肩を軽く突く、と工夫は自分で振り上げた勢いのままクルンッと後ろ向きに回転しドタッと激しく転倒する。

 「うぎゃ???」何故自分が地面に寝ているのか分からずに工夫は呻いた。

 心得が無い者が拳を振り上げると無意識に身体を開いて腕を引いてしまう、振り上げるために打ち出すのとは逆方向に身体を捻ってしまう、理論と鍛錬を積んだ者はその間に倍以上の有効打を浴びせることが可能だ。

 「やめておけ、怪我するぞ」

 転がった男の眉間に鞘が触れる、その先から降る視線は氷の礫のように冷たい。

 「ひっ」真っ赤だった工夫の顔が青くなる。

 「なんだこいつは!ドッ、ドンゴ出番だ、いけ!」

 「あいー」アルノー会長が押し出したのは大柄の男、会長専属の護衛だろう、その風貌から知性を感じない、信念なく人を傷つけても疑念も葛藤もない、命令されるがままに暴力をふるえる、ある意味最強のメンタルといえる。

 しかし・・・

 ドンゴは躊躇することなく刃のない模造刀を引き抜く、潰された刃でも打たれれば肉は潰れ、骨は砕ける、頭に当たれば即死もあり得る。

 公共の兵士、資格を持った冒険者でなければ公共の場で武具を帯びることは許されない、模造刀は限りなく黒に近いグレーだ、商会の金を使って認めさせているのだろう。

 「ぬあああっ」嬌声と共にドンゴが模造刀を振り回して突進する。

 振り下ろした相手が死ぬかもしれないという恐怖が働かない、共感と想像力の欠如がもたらす剣は純粋に暴力として曇りがない、その代わり技も無い。

 知性なき剣に技は宿らない。

 ブオンッ 振り降ろした剣の軌道上にエミーはいない、利き腕側に立ち位置を移動、打ち終わりのタイミングでシグロを抜くまでもなくドンゴの掌に最短、最小の一撃。

 パシィンッ 軽快な音と共に ガラァンッ ドンゴの手から模造刀が落ちる。

 「へあっ!?」両手の親指があり得ない方向に脱臼しているのを不思議そうに見た後、激痛の信号がようやくドンゴの脳に伝わる。

「あぎゃああああああっ」

「うるさいわね、病人に障るから静かにして」 

カシュッ 横凪に振られたジグロはドンゴの顎先を的確に掠めるとその衝撃波が脳を揺らして意識を刈り取る。

「きゅっ・・・」変な声と共に黒目を裏返してドンゴはひっくり返ったきり動かなくなる。

「!!」抜刀することなく僅か三振りでその場を蹂躙した。

ガタンッ 小屋の扉が開かれると騒ぎに気付いたギルが慌てた様子で走ってくる、その手には火掻き棒が握られている。

「きさまら、何をしている・・・と!?」地に伏している男二人を見て状況が分かったようだ。

「心配ないわギル、皆さんもう帰るそうよ」

ギルは視線をアルノーとエミーの間で往復させている。

「貴様ぁ、私が誰か知らんのか、逆らうなら容赦しないぞ!」

慇懃な余裕は消え失せて怒りが湯気を立てている。

「愚かな、商会会長のアルノーさん、自分で名のったし素顔も見た、その上で私を脅すの・・・弱者なら撃ち返してくることはなくても私は違うわよ」

 カチャッ ジグロの刀身を黒い鞘から少しだけ見せる、妖しい波模様が蠢く様に光を反射した。

 「なっ・・・」その反射はジグロの切れ味を想像させる。

 「アルノー!貴様いつまでカーニャを嬲れば気が済むんだ、この変態野郎!」

 「何を言うか、この小屋をあてがい住まわせてやっているのは私たぞ、今だってその身を不憫に思うからこそわざわざ足を運んでいるのだ、それが不満なら何処へでも出ていくがいい!」

 唾を飛ばしながらの反論。

 「はて、爵位廃止と追放の刑罰を下したのは王家、その任を貴殿が受託したのか?新領主はそのことを認めているのか?あるなら執行官としての札を持っているはず、見せて頂こう」

 エミーの声がアルノーの虚勢を冷たく塗りつぶす。

 「そんなことは知らん、あの女は今まで領民を苦しめてきた悪人だ、私は領民たちの恨みを背負っているのだ!」

 再び盛り返そうと声を荒げるがその言い分は最早児戯だ。

 「貴方たちがしていることは不法な私刑でしかない、それ自体が罪であり加害者は貴方たちだと気づかないの」

 「くっ・・・」アルノーは言い返す言葉を探したが見つからない。

 「今度私は新領主トマス・バーモンドの依頼も受けることになった、この件について報告してもいいか?」

 ギクッと全員の顔が引き攣る。

 「まっ、待ってくれ、それは・・・困る」アルノーはしどろもどろになった。

 「なら条件がある、カーニャはいずれ立ち去るが暫くは小屋を使う、その間にカーニャになにかあれば・・・私の契約を邪魔するなら私は貴方たちを殺すことを躊躇しない」

 スウッ エミーの腰が落ちるのと同時にジグロの刀身が翻り、銀鱗がアルノーの腹を一閃した、一秒にも満たない動作、気づいた時にはジグロは鞘に戻されていた。

 ストンッ スボンを止めていた紐だけが切られて無様に膝まで落ちた。

「ひいいっ」

「分かったかしら」

「わっわっ分かった、もう来ないと約束する」

「そう、ありがとう、気を付けて帰ってね」

優しい声と反比例した殺気を纏った笑顔が余計に不気味だ。

四人は木偶と化したドンゴを四苦八苦しながら担いで来た道を帰っていった。


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