アポサル
「アポサル(神の使徒)とは何者なのだ?」
「俺が知るわけはないだろう、知っているのは上層部だけだ」
「異教徒なのか」
「いや、反教皇派というだけで異教徒ではないらしい」
「魔術を使うって聞いたぞ」
「魔術じゃない、神の啓示だ!」
魔術と聞いた男の顔色が怒りに変わる。
「だいたい現教皇派が打ち出した免罪符なんてものがあり得ない、信心を金で買わせるなどあってはならない事だ」
免罪符とは現世の罪をあの世に行ったときに許されるとした免状だ、教皇の御璽で発行され、その罪に応じて金額で買うことになる。
教皇の目的は単純に資金集めだ、現国王は宗教と距離を置き警察による自治を基本としている。
宗教であっても団体の維持には資金が必要だ、それまで流入していた国の予算が途切れれば自分たちの食い扶持に関わる。
しかし免罪符の発行にあたり国は許可を出している、国王にしても異教徒の流入は教皇派が力を持つこと以上に望ましいことではない、自分で稼げるなら稼げば良いというスタンスなのだ。
現実主義の国王が考えるよりも免罪符の影響は大きかった、信心深い者ほど賛否両論が渦巻いた、金をもつ者は挙って高額な免罪符を手に入れ貧乏人は地獄に堕ちるしかないと自暴自棄になった、信者の多くは免罪符をリアルな物として認識しその効果を信じた。
結果、支配階層による弾圧は強まり理不尽な事件は増える、神に許されることを前提とした悪事が蔓延った。
政治力と宗教の鬩ぎ合い、ランドルトンの乱による国内情勢の乱れ、利権の移行と廃位された者たちの不満、その隙間にアポサル(神の使徒)と名乗る指導者が現れた。
アポサルは説いた。
(神に免罪符など存在しない、罰を執行するのは神ではない、何故なら神は既に全てを赦している、断罪を司るのは天上の神ではなく地獄の王だ、その免罪符は人が創り出した紛い物、地獄に恩赦が欲しくば祈る相手を間違えるな、地獄の王はヒンノムの谷に居られるハデス王なり、王は現世の金銭など求めない、現世の罪は現世の行いにより償うものなり)
神の使徒アポサルを名乗る指導者が率いる集団、その名をノスフェラトゥ(不死)教団、
魂の不滅だけではなく肉体の不滅を説く信仰集団。
爵位を剥奪され露頭に迷った貴族関係者を中心に組織化されつつある、一般的な犯罪集団のマフィアやギャング、ヤクザとは決定的に違う点があった。
組織化されてはいても小集団に横の繋がりはない、そしてなによりノスフェラトゥ教団への上納金がないのだ、使徒アポサルは情報だけを与えて見返りを求めない。
「使徒アポサルは何が目的なんだ?」
「金でも布教でもなく有益な情報をタダでくれてよこすのは何故なんだ」
下っ端の盗賊に落ちた貴族崩れは首を捻る、有益な情報とは金だ、王家が爵位剥奪した貴族から接収した貴金属、その隠し場所。
「誰にも言うなよ」急に真顔になった一人がもう一人に耳打ちする。
「使徒アポサルは人ではない、魔人だ、神の使徒ではなくハデスの使徒だ」
「別にどっちでもいいさ、関係ねえよ」もう一人は神など信じていない。
「魔人なんだよ、人であるはずがない・・・」
独り言のように呟いた男の語尾は震えていた。
暫くカーニャの小屋に寝泊まりするには寝具や身の周りの物、ギルの実験用品も足らなかった、エミーは市場に足を運んでいた。
市場はいつものように賑わっている、領主が変わろうと人が暮らすことに変わりはない、悲嘆と期待、絶望と希望をウエハースにした空気が通りを流れていく。
自分で使う毛布は中古で構わない、問題はギルが実験で使用するガラス瓶を探すことだ、ガラスは高額だし食器以外のガラスなどそうは需要があるわけではない、需要がなければ必然的に供給もない。
探し出すのに苦労しそうだ。
先日の厩は使えない、カーニャの件でひと騒動起こしている、顔を覚えられているかもしれない、あの通りには近づかない方が無難だろう。
数件の荒物屋を巡っていると兵士ではないが役人が通りを監視するように見ている姿を数人見かけた、誰かを探しているのか通りを行く人々を目で追っている。
暫く観察していると特定の条件の人間に声を掛けている。
体の大きな者、強面の物、帯剣している者だ。
声を掛けられた者は一概に最後まで話を聞くことなくその場を離れていく、美味い話ではないのだろう、役人たちはその度に後を追いかけて引き留めようとしているが無駄な努力だ。
「兵士のスカウトか・・・」
フラッツ家解体後の公僕確保が難航しているようだ、元兵士たちはほとんどが追放もしくは投獄されている、あとは冒険者だが組織に縛られるのが嫌だから冒険者なのだ、今領内にいるのは身体が大きくとも兵士には向かない者ばかりだった。
これがメイドなら可能性はあるが兵士なら自分に声は掛からないだろうと役人たちの前を通り過ぎようとした時、以外にも声が掛かった。
「お嬢さん、帯剣しているな、冒険者か?」
「そうだが・・・」
迂闊だったかと思ったが後ろめたいことはない、さらに皇太子発行の登録証がある、怪しまれる心配はない、ここは堂々と立ち止まり役人に向き直った。
「少しだけでいいのだ、話を聞いてくれないか」
若い役人二人は泣きそうな表情を浮かべている、幾人にも断られているのだろう。
「急いでいるのだが・・・何の用だ」
深く被ったフードに鼻から下をマフラーで隠している。
「おお、聞いてくれるか、実は新領主トマス・バーモンド様が一時的だが警備兵を募っておられる、貴殿の腕前を貸しては頂けまいか」
「見てのとおり私は兵士となれるような力はない、帯剣は護身用だ」
エミーは役人よりも拳一つ背が低い、幅と厚みは半分だ。
「いや先日、カーニャ嬢を助けた貴方の活躍を見たぞ、大の男の手を軽く捻った力、優れた武芸者だと感服した」
「ちっ!」
やはり迂闊だった、見られていればそのギャップからより印象に残りやすいのは当然だった。
「報奨金は弾むぞ、短期間で良いのだ、どうか助けると思って!このとおりだ、頼む!」
大勢の人が行き交う通りの真ん中で役人がエミーの膝まで頭を下げたのを見て何事だと足を止める。
「おっ、おい、止めてくれ、頭を上げてくれ」
「おお、では受けてくれるか」
「ちょっと待て、内容と期間による、今は駄目だ、別の契約がある」
「とりあえず一週間後、三日間で良いから頼む、後生だ!」
二人は頭を下げたままだ。
「分かったから頭を上げろ」根負けした以上に目立つのは困る。
「本当か、助かるよ」ようやく姿勢を治して目線が同じ高さになる。
「とりあえず名前と冒険者の登録証を確認させてほしい」
各地を行き来する冒険者にとって登録証はいわば住民票だ、約束を反故にすれば直ぐに抹消それる、登録証がなければ街に入ることも出来なくなってしまう。
首から下げた登録証を見て番号と御璽を確認する。
「!!」「これは!」御璽を見た役人の目が驚きに見開かれる、皇太子とフローラの御璽があることを少し後悔する、やはり注目される。
「あっ、貴方様は皇太子様と何か関係があるのでしょうか?」上げた頭がまた半分下がる、あからさまに敬語にかわった。
「いや直接はない、以前にチームメエドワードの一人と仕事をしたことがあるだけだ」
嘘は得意だ。
「ああ、なるほど、ならばその実力は保証済みですな、ぜひお力添えを!」
無論断ることも可能だが、後からエドやフローラに面倒をかけたくない、ここは素直に話を聞くことにしよう。
「名前は・・・エミリアン?なんか男のような名前ですね」
「私はエミー、冒険者のエミーだ」




