9.従六位上③
【人物】
藤原夏良 主人公 12歳。 10歳の時、高熱から前世の記憶がよびおこされる。 父親は藤原冬嗣。藤原北家
「春に田植えを始める前に、田んぼの整備と治水の整備を行いたいと思います」
これからの大まかな動きを、二平氏、二平の部下に8人4家族の農民で打ち合わせをしている。
続ける藤原夏良。
12歳の男の子が指示しているのを農民は不思議な様子で見ている。
「2名で2段の田を担当してください。田んぼは隣接せずに離れて稲作してもらいます。まず、ため池作りを行い、そのため池から下流に沿って離れた位置に田んぼを作成します。春先に水を流しますので、それまでは土壌の作成をお願いします。土壌は、現状の場所にある雑草を焼いて肥料とし、各畑で働く牛からの排泄の肥だめから混ぜて使用します。鴨を育てていただき、春になったら各畑に放ちます。」
「鴨は何のために畑に放つっぺ?」質問する農民。
「鴨は田んぼの害虫を食べます。」藤原夏良が答えると頷く農民。
「田んぼとため池工事は平行するので、田んぼの準備が終わり次第ため池作成に手伝ってほしい。約2ヶ月で造成しないといけないので、親戚などで刈取りが終わった人は手伝ってもらうように伝えてください。」
「手伝う人には祖税を免除する事を許可されているので、ご安心ください。」
農民から歓声が出る。伊治地区地方税については任されているので、祖税の免除については問題ない。
あまり説明しすぎても農民にはすべてを理解するまでには時間がかかるので、まずは春までの事を伝えたつもりの藤原夏良。
「雪が降るまでにどこまで工事ができるかが鍵ですね」二平に話しかける。
「大まかな部分は貴殿が書いた図面で分るので、良いと思うが、問題は来年の苗作成と出来上がってからの苗を植える所からですな」
「はい。見た記憶しかなく、経験がないので不安ですが、考えは合っていると思うのでやりましょう。だめでも、もう1年ありますので、なんとかなると思います。」
「もう一つの改革とは何なのですか?」聞く二平氏の側で彦兵衛も気になるようだ。
「これですよ」手の上にある金色のコインを見せた。
「これは?」
「隆平永寳です。
平安城の一日の工賃として支給され、京では2升の米と同等の価値であった和同開珎10枚分になります。あまり行き渡らないのですが、価値としては同等なので今回の治水の代金としてお支払いします。こちらでいつでもお米と交換しますので、税としても支払いが出来、腐らないので安心です。ここ伊治地区での公出挙も含めた納税は全て隆平永寶で行います。農家の方は出来たお米でも当然良いですし、余った分は隆平永寶にすれば良い。分りやすく農民に広めるにはどうすれば良いだろう。公出挙のお米を先に食べてしまう悲劇を止めたいのがこの方式なんです」
「なるほど。」二平も彦兵衛も未だ理解が十分ではないようだ。
「現状の生産だと厳しいですが、現状の2倍以上の取れ高になるので、可能と思っています」
うまくいけばいいのだが、来年の秋が楽しみである。
「一人どのくらいの作付けを考えているのですか?」二平が聞いた
「一家族で10段あれば良いと思っています。10段あれば500文の収入。公出挙分を差し引いても300文は現状でも残る。しかもその倍になる予定なので、下級文官よりも良い収入になる」
下級文官で300文の時代。大体1文400円位で計算すれば良いイメージである。
「2人で20段の田んぼが作れるように、離れて田んぼを作る計画なんですね」
「今回の計画がうまくいけば、この4家族と同じ構成を増やしていければ良いと思っていますし、公出挙はあくまで種籾の計算なので、効率よく作れれば楽なはずなんです」
二平が選んだ、なだらかな川から分離してため池を予定地から傾斜の地形を利用した水田候補地に向かう。
「まずは更地にするところからですね。」雑草が生い茂る地域を刈り込んでいく。
「彦兵衛、山羊を沢山借りて連れて来てくれないかな」
「ヤギって何ですか?」
「草を食べる生き物はいないのか?」
「馬か牛しかいません」
「なら、馬や牛で雑草を食べさせよう」
「それがいいですね。糞は肥料にもなりますしね」
この当時、日本に山羊はいないのであった。
「冬までに整地できるんだろうか」不安を感じる藤原夏良であるが、手の空いている兵も田んぼ作りに手伝ってくれている。
「みんなありがとう。」という気持ちもあるが、みんな免税を期待しているので仕方ない。
そんな毎日が続き、雪がチラついてきた頃。
「やっと完成ですね」完成した溜め池を見下ろす藤原夏良、彦兵衛、二平、辰夫、馬彦、五郎、浜左衛門、五郎右衛門、牛三朗、二郎、彦左衛門の11人。
「間に合いましたね」誰となく呟いていた。
「良し、完成を祝して城で祝杯といきましょう。」
全員で城に向かう中、藤原夏良は振り返り、大きく息を吸った。
「本当に間にあった」




