65.渤海⑤
【人物】
藤原夏良 主人公 31歳。 10歳の時、高熱から前世の記憶がよびおこされる。 父親は桓武天皇。養父が藤原冬嗣。藤原北家。良岑安世の名をもらう。妻は雪子、桜、京子。子は長松、宗貞、豊晨姫。
817年 弘仁8年1月
越州から帰国する準備が終わろうとしていた。
冬場の海ではないと、暖流の力が強くて南東へ出にくいため、遣唐使船は渤海船と比べて困難な航路なのである。
出国の噂を聞きつけたのか、金大明氏の息子である金大仲氏が来てくれた。
羽栗馬長氏が通訳してくれた。
「お見送りありがとうございます。お父様にはお会いできませんでしたが、息子さんにお会いできて感無量です。お体に気をつけてください」合掌の挨拶をした藤原夏良。
「ありがとうございます。父から日本での冒険話を聞いていましたので、実際にお会いできて嬉しかったです。帰りは困難な海路と聞いていますが、皆様のご無事をお祈りします。ここ越州は古くから紹興にて餅米から作られる紹興酒が有名なんです。黄酒という種類のお酒で、非常に古くから造られています。」
紹興酒の樽を下さった。
「一樽の紹興酒をありがとうございます。先日あまり説明できなかったのですが、置いてきた樽酒は、日本で初めて造られた種類のお酒です。是非楽しんでください。」
お互いに合掌して挨拶して別れた。
持ってきた絹と交換した色々なもの持ち帰る為、彦兵衛と一緒に船倉へ運ぶ。
いよいよ日本へ向けて出発である。
大明民さんが寂しげに対岸を見ている。
「本土を見るのが最後になりますかね」
「はい。感慨深いです。」彦兵衛先生の教え方がうまいのか、日本語の発音が自然と出来ている。
「短期間で日本語上手くなりましたね」少し驚く藤原夏良。
「ありがとうございます。先生が二人付いて下さって、日本語と唐語が少し話せるようになりました。感謝しています」
「日本では、何かしたいことがありますか?」
渤海と新羅から多くの人が渡っていると聞いていますので、通訳のような事が出来たらいいなと思っています。
「一人だと大変だし、良い伴侶を探しますね。」
「ありがとうございます。しかし、まずは落ち着いてからではないと何も出来ないので、生活基盤を整えます」
『しっかりしているな』皇族でも、甘やかされて育ってはないようである。
20日ほど経って、甲板で騒がしく沸き立っている。
「値嘉島が見えてきた」今の五島列島が見えてきたと騒いでいる。
座礁しないため離れて迂回する。
二日後、平戸が見えてきた。
全員が甲板に来て、日本の港へ無事に到着した安堵感で、全員笑顔である。
817年 弘仁8年2月
無事に平戸へ到着。
自分の足が硬い地面に立つのを見て、藤原夏良は満面の笑みで話した。
「皆さん、お疲れ様でした」羽栗馬長と堅い握手をする藤原夏良。
「太宰府経由で平安京へ帰りますが、途中で別れたい方は事前に教えてください。」
「帰ってきた」思わず独り言で呟いた。




