52.正三位⑥
【人物】
藤原夏良 主人公 27歳。 10歳の時、高熱から前世の記憶がよびおこされる。 父親は桓武天皇。養父が藤原冬嗣。藤原北家。良岑安世の名をもらう。
坂上鷹養 生没年:不詳ー817 平安時代初期の貴族。左京大夫・坂上苅田麻呂の六男。官位は従四位下・武蔵守。坂上田村麻呂の兄弟である。
814年 弘仁5年5月
藤原夏良は平安京右京に位置する藤原緒嗣邸に来ていた。
「久しぶりです藤原緒嗣殿」お辞儀をする藤原夏良
「朝堂院でも棟が違うとなかなか会えませんね」座るように促す藤原緒嗣。話を続ける緒嗣氏。
「どうしても近衛職は太極殿寄りですから仕方ない。ところで今日の趣は?」
「すみません。近江の稲作の不良について、教えていただければと思いまして」
「不作の原因かね?」
「はい。」
「大雨の影響で琵琶湖の周辺地域の田畑が打撃を受けた後、大雨が続いており、自然災害が原因と思っている。特に稲作に有用な低くて広い地域が通常であれば有用なのだが、大雨対策への対応が出来ていないことが原因。」
「原因が分っているならば、琵琶湖周辺の地を上げて田畑への流入を減らすような土嚢のような地帯を造るべきです」少し怒りが抑えきれない藤原夏良。
「なるほど、しかし、それには人員が必要で、近江に余裕はない」
「分りました。二千人ほど工事人員を半年お出しします」
「これから田植えに時期に厳しいのではないか?」
「大丈夫です。流動的に人員を動かせるようにしていますので」
力仕事用の人員を絶えさないように、傭兵団人員を確保している。
夏良の傭兵団はこのような力仕事を鍛錬業務として鍛え上げ、緊急時対応に備えているのである。
「それと、近江周辺は寒暖差が激しく、霧も張る地域と聞いています」
「よくご存じですね」
「唐から持ち帰られたお茶を栽培するのはどうでしょう。寒暖差のある地域では育成が良いのです」
渤海使経由で茶の種を仕入れていた。
「結構大きい種なんですね。栗のようだ」
「ええ、少し高地で風の通りの良いところが適しています。田んぼに適さないところが逆に良いので、検討してください」近江茶の始まりである。
帰り際に「晟」に寄り、人夫を近江へ向かわせるように指示した。
半蔵から提案があった。
「鈴星を向かわせてはどうですか?」
「空海和尚の代役が終わって空海和尚と一緒にいる鈴星?」(エピソード33参照)
「そうです。今では実恵という名をいただいて僧侶となっています。薬師や治水の技術を教わっているので、1年ほど指導させにいったら良いと思います。」
さすが二口の諜報責任者。
「適切なアドバイスをありがとう」
「亜土倍巣?」
「あ、助言をありがとう。という意味で、御免」
「今はどこにいるの?」
「高野山という山で修行場を造っている。と聞いています」
「伝言を頼める?」
「もちろんです。鍛錬修行にもってこいなのでありがたい指示です。それと、国庫兵糧が枯渇していると聞いていますので、氷雪庫から奉納するには最適な頃合いと思われます」
「ありがとう。坂上鷹養に伝えておく」坂上鷹養氏は坂上田村麻呂氏の兄弟で、陸奥介に進められて着任している。
『弘仁二年三月甲寅、勅陸奥介従五位下坂上大宿禰鷹養』(日本後紀10巻より)
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