25.従四位上④
【人物】
藤原夏良 主人公 16歳。 10歳の時、高熱から前世の記憶がよびおこされる。 父親は桓武天皇。養父が藤原冬嗣。藤原北家
藤原葛野麻呂 生没年 755-818 藤原北家、大納言・藤原小黒麻呂の長男。官位は正三位・中納言。
西暦803年 延暦22年4月
親戚の藤原葛野麻呂が遣唐大使となった遣唐使の一団を見送った後、葛野鋳銭所に藤原夏良はいた。
風の強い日なので、鋳銭司が砂を扱う今日は作業は止めていると言うことであった。
唐からの輸入した銅銭を使用し、銅と錫を補充して作業をしているようだ。
「錫山から取れる錫で銅銭は足りるかね?」
「いえ、錫山の錫は質が悪いので、どうしても輸入品の錫を溶かして使うしかないです。
銅だけだと溶けにくいですが、錫を混ぜると溶けやすいので、やはり青銅の方が作業しやすいです」
銅の融点は1085度、青銅は800度と200度の違いがある。
「錫の産出が安定しないと銭貨の生産は安定しませんか」
「大弁官の言われるとおりです。しかし、良くお勉強なさっておりますな」
「書物だけ読んで育ったのでね」
未来の記憶が残っている、なんて言っても変人と思われるのがこの世だ。
何としても唐からの輸入量を増やさねば。
2日後、宮中が慌ただしい。
部下から「遣唐使船が難破したようです」
「4艘全部か?」「詳細は分りません」
「宮大工を派遣するように指示してください」
錫のこともあるので、難波津港へ行くことにした。馬で2時間ほどである。
難波津港は今の大阪高麗橋辺りである。
難波津港に着くと、漁船に乗って助け出された人々、軍船に乗った人々が帰ってきている。
遣唐使も綱に引っ張られて半壊している船がほとんどである。
宮大工が来ていたので聞いてみた。
「どのくらいで直りますか?」
「これじゃあ造るのとあまり変わりはせん、1年はかかる」
「藤原葛野麻呂殿は?」官司がいたので聞いてみた。
「ご自宅へ戻られました。しばらくは静養されると思います」
位は従四位下なので、1階級下であるが、50歳近い大先輩であり、お見舞いに行くべきと思っている。
馬で京へ戻る藤原夏良。馬車を追い越さないかと道を気にしながら平安京へ戻る。
丁度藤原葛野麻呂邸に着いたときに、馬車から降りる葛野麻呂氏がいた。
「大再従兄弟叔父、大丈夫ですか。」
「おお。これはこれは、冬嗣の子じゃな。ずぶ濡れで少し寒かったぐらいじゃ。ありがとう」
「いえ、唐の話を楽しみにしてましたので、これからも宜しくお願いします。それとお願いがあって来ましたが、落ち着いた頃、伝令を寄越していただけませんか?」
「うむ。後日連絡しよう」
「ありがとうございます」
「若者と話したせいか、少し元気になったわい」
男従と女従に支えられて家に入っていった。
この後の日本の為にもここで挫折しないで欲しいと願う藤原夏良。




