13.正六位下①
【人物】
藤原夏良 主人公 10歳の時、高熱から前世の記憶がよびおこされる。 父親は藤原冬嗣
藤原 縄主(ふじわら の ただぬし)生没年 760-817 奈良時代から平安時代初期にかけての公卿。藤原式家、参議・藤原蔵下麻呂の長男。官位は従三位・中納言、贈従二位。
「グワッ、グワッ」
鴨の一段が水で浸された田んぼの中を進んでいくき、先頭の鴨が水面にくちばしをつけて吸い取るようにして進んでいく。
秋になり、田んぼの稲は整列されて実り豊かになってきた。
「いい眺めだね、彦兵衛。」
「はい。成功ですね」
二郎が近づいてきた。「いよいよ刈り取りです」
「ええ、各田んぼの一番良い稲を各田んぼから選別して持ってきてくだいさい。四俵ぐらいです」
「各責任者に言ってきます」
さて、ここまできましたら、全てを刈り取って結果を確認するしかない。
刈り取った稲を乾燥させる為に束ねたものを吊るしていく。吊るし方は家によってバラバラのようだ。
辰夫が驚いた顔をして近づいてきた。
「大変です。豊作すぎて干す場所が足りません」
「なんだ、何事かと思ったよ。予想はしてたので大丈夫。事前に水を抜いた場所に竹を置いておいたので、組み立てて。」
「どうすれば良いのでしょう」
「簡単ですよ」
竹をクロスさせたところを稲の茎で結び、2組の竹の間に横竹を置くだけ。
「おお。こんなに簡単な干し場所が。驚きじゃ」喜びながら辰夫達が稲を竹に掛けていく。
「竹だから軽くて、丈夫だからいいのー」
程なくして二郎が馬が動けないんじゃないかと思うぐらい束ねた稲を馬に乗っけて帰ってきた。
「この稲をどうするんですか?」
「種籾にするので、手で取り出してください」
「分りました」手の空いていうる若手に声をかけ、全員で種籾作りとなった。
他の農民も稲干作業が終わったようで集まってきた。
「全員がいますので、発表します」
「おぉー、なんだなんだ」興味津々な顔になった農民を前に説明を始める藤原夏良。
「公出挙として借りた種籾が一俵分なので、米俵で二つ分を税金として納めます。そして、残り二俵分は来年の苗作用に保管します。来年用なので、食用ではないですからね。さらに八俵は酒造り用。十八俵が分配用となります。そこで、一人四俵の分配となります。酒造用の米は酒屋として買い取るので各家に60文を分配します」
「四俵と60文?1家族六俵分にならんかえ?」農民が騒いだ。
この時代、通常は公出挙の納付後に1つの田んぼから得られるお米が三俵だからだ。
「はい、今までの田んぼの倍収穫が出来ていますので、こういう計算になります」
農民からは驚きの顔が止まらない。
「助言が欲しいのだが、2人で六俵もらえるということにゃ、大体一家族8人はおるで、全員分で作ったら一家族で二十四俵も作れる事になる?」
「その通りです。そのため、1つ1つの田んぼの間隔は広く開けました」
「おおー、稗粟を作らんでも良いかもな」
つまり、この時代の下級文官が得られる給料分300文の2.4倍を得られる事になった。
税金がなければ農家1家族と下級文官とは同所得となってた時代である為、驚くには無理がない。
「お願いがあります」藤原夏良が続ける
「粟と稗は引き続き造ってください。京へ納める分と、皆さんの食事用に必要です」
「米だけで良くなるののでは?」「お米は販売用にしてください。栄養のためにもお米だけではなく、稗粟も食べてください。全て混ぜて食べることをお勧めします」
「藤原夏良さまの言うことなら守るぞ」
「おおーー」
全員応えてくれたが、この当時の貴族に糖尿病が多かったと思い出したので気になった。
この時、皆には言わなかったが、酒販売の労働対価も加算されるので、全農民の所得は三倍以上となっている。
「少しいいかね」背後に文官が現れた。浅緋色ということは五位の文官だ。
一緒にいた彦兵衛と藤原夏良は丁寧にお辞儀をして応えた
「どちら様でしょうか」
「おぉ、藤原縄主と申す。神野親王から面白い者が蝦夷に出てきたと聞いたので見てくるように仰せつかったのだよ。坂上田村麻呂殿からも聞いていたのだが、本当に神野親王に瓜二つですな。」
なんと応えて良いか分らず黙る二人。
「農作の大改革をしてると聞いていたが、想像以上でした。神野親王にも言われておりますので、問題なければ国司にするようにと。介として、坂上田村麻呂の配下、正六位下を命ずるように賜っている。」
藤原夏良は正直喜べなかった。父親である藤原冬嗣の一つ下の階級であり、父親の悲痛な笑いが思い描かれる。
「どうした。異例の喜ぶべきことぞ?」戸惑いの藤原夏良を見て訪ねた。
「ありがたきお言葉ですが、この若輩ものに対する過分なご配慮につき動揺した次第でございます」
「そういう事か。致し方ないが、この状況では当然の事であろう。実力主義の現在だ。気にするな」
家流派の違う藤原家で、あまり仲が良くない家流の人からの言葉とは思えなかった。
「ありがとうございます。京へ参上した方がよろしいでしょうか」
「いや、混乱が見えているので、こちらで事を治めよとのご配慮だ」
「かしこまりました」
「しかし、親王に頭を下げられているようで、どうしたものか。申し訳ないが、頭を下げずに話してほしい」
「はい。」と頭を上げる藤原夏吉をみてほっとした表情の藤原縄主。
「しかし、よく似ている。神野親王にお伝えする言葉があればお伝えするが」
「あまりにも分不相応なので、恐縮していたとお伝えください」
「相分った」従えていたものから手綱をとり、騎乗した藤原縄主。
「では、次は平安京で会いましょう」
離れていく藤原縄主を見ている藤原夏良。
「お父様への報告が心苦しいですか」彦兵衛が横で困惑した顔で口に出した
「うん。まだ13歳なのに、大丈夫かな」
「藤原縄主さまからも実力主義だから気にするなと。」
「あれが本心か分らないんだよね」
「確かにそうですが、この改革を目にしたら誰も反対はしないと思います。京では既に噂話でいっぱいだと思いますよ。蝦夷の大改革と。」
ため息しか出てこない藤原夏良を見て彦兵衛は少し笑顔になった。
「諦めてください」
「はぁ」とため息をついていたが、興奮が止まらない農民を見て藤原夏良は笑顔に戻った。
「皆の生活が良くなれば一番いいね」
「はい。その通りです」
離れた場所の小山から見ていた人物がいた事に藤原夏良は気づいていなかった
騎乗していた伊治呰麻呂が離れていった。
「約束を守る見込んだ漢で良かった。大物になる事は間違いないな」
この後の伊治呰麻呂の消息は分らない。
12/1更新予定