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ストリングス  作者: 不覚たん


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9/23

ふたつの月

 ふっと景色が一変した。

 住宅街の神社にいたはずなのに、いつの間にか砂漠のど真ん中に変わっていたのだ。カナリアの得意なエリアというわけか。


 衝突が起こるより先に、俺は二人の間に割って入った。

「待て! まずは話し合おう! なんなら筆談でも……」

 だがそう告げた俺のすぐそばを、なにかがヒュンとかすめていった。

 慌てて振り向くと、十二番は仰向けにぶっ飛ばされていた。魔法のステッキも手放してしまっている。急すぎて対応できなかったか。


「おい! なにやって……」

 向き直ったときには、カナリアの顔が目の前に迫っていた。

 唇を動かしているが、声がしない。

 俺はホールドアップしながら、ゆっくり後退した。

「話そう」


 ふと、地面の砂が、サラサラと浮遊し始めた。

 それはかたまりになって、文字の形をとった。まるで漫画のセリフのように。

 カナリア曰く、

「そいつを殺さない理由を教えて」

 とのこと。


 俺は堂々とこう返した。

「そもそも、なぜ殺す必要がある?」

 質問に質問で返してやる。

 ちっとも失礼じゃない。

 もし礼儀を云々したいなら、説明もナシに人を殺そうとしないことだ。


「言ったでしょ? そいつは姉妹をハメたの」

「研究所に送った件か……」

「自分が助かるためにね」

「彼女の言い分を聞いてもいいんじゃないか?」

 この問いに、返答はなかった。

 その代わり、十二番が肩口をおさえながら、なんとか立ち上がった。カナリアが「釈明してみなさい」とうながすと、十二番もうなずいた。


「カナリア、この際だから本当のことを言います。姉妹の中で、私以外、誰も作戦を立てられませんでした。誰も……」

 十二番は、そしてうつむいた。

 あまりハッキリと言いたくなかったのかもしれない。

 自分は作戦を立てる頭脳を持っているが、他の姉妹はそうではないと言っているのだ。


 カナリアはさめた目で見ていた。

「私たちがバカだって言いたいの?」

「違う」

「違う? それじゃ意味が通らないでしょ?」

「ごめんなさい。違いません……」

 いまにも泣き出しそうだ。

 というより、これで前回は泣かされたわけだ。


 だが、俺の見間違いでなければ、カナリアは怒ってなどいなかった。

 あきれたような顔はしているが。

「ちゃんと説明しなさい。作戦を立てて、成功させて、私たちを救うつもりだったんでしょ?」

「そう……」

「なら、最初からそう言いなさい。あんたのことはムカツクから許さないけど、でも殺さないであげる」

「ホントに?」

「これ以上、私の神経を逆なでしなければね」

「はい……」

 感動的な和解の瞬間、というわけだ。

 カナリアが歩み寄って手を差し出すと、十二番も握り返そうとした。が、カナリアはよけて、パーンと十二番の頬を叩いた。

 背後には「いいでしょこのくらい?」という文字が浮いている。

 十二番は釈然としない様子だが、なにも言い返さなかった。


 いやそこは握手しろよ……と思わなくもないが。

 俺はこじれる前に強引に話をまとめることにした。

「よかった。これで仲直りだな。いや、その言葉を好まないとしても、いちおうの停戦はできたわけだ。少なくとも、なにか新しい軋轢が生じるまでは」

 カナリアはぐっと顔を寄せてきた。眉に力をこめて睨んでいる。

「あんたはなんなの? 保護者気取り?」

「保護者じゃない。彼女とは、同じ仕事を請け負ったんだ。ま、業務上のパートナーというところだな」

 これにカナリアは、あきれたような顔を見せた。

「自分がなにと戦ってるのか、分かってるといいけど」

「オルガンだよ。けど、もしこっちの持ってない情報を提供してくれるなら嬉しいね」

「いいよ。でも、そっちのチビが許可したらね」

 すると十二番はぶんぶんと首を横に振った。

 どうしても教えたくないらしい。


 ま、そこまで必死にされると、こちらもだんだん状況を絞れてくるのだが……。

 だが確証はない。

 どれも決定打に欠ける予想ばかり。

 俺の認識が足りていないのか、誰かがウソを吹き込んだか……。誰か、というのも白々しいな。ウソをついているとすれば木下さんだ。彼女がなんらかのウソをついたせいで、俺は真相にたどり着けずにいる。


 出るのは溜め息ばかりだ。

「止めないよな?」

 俺がそう尋ねると、カナリアは肩をすくめた。

「止めない。一緒に行くつもりもないけどね。ヒントだけあげる」

「ヒント?」

「波の音を頼りに進んで。きっとオルガンにたどりつくよ」

「波の音……」


 *


 カナリアと別れた俺たちは、とりあえず歩を進めた。

 どこへ行くにせよ、まずは歩くしかない。


「十二番、大丈夫か?」

「ヒナゲシです」

「えっ?」

「ヒナゲシって呼んでください。それが私の名前ですから」

 いまさら呼び名を変えるのか。

 だが彼女のご要望だ。

「ヒナゲシ、か……」

「はい」

 肩になにかをぶつけられたようだ。

 だが、いったいなにを?


「ムリしないようにな」

「大丈夫です。砂をぶつけられただけですから」

「それにしては凄い音がしたが」

「かなり痛かったです……」

 もちろん痛いだろう。

 仰向けに倒されるほどの衝撃だったのだ。

「念動力ってやつか?」

「きっと砂を操る能力……でしょうね。いくら模倣子の世界とはいえ、なんでもできるわけではありません。自分にしっくりくる能力が備わるものです」

「いいな。俺もなんか欲しいところだ」

 自力で壁を超えるような人間なら、おそらくなんらかの能力が付与されるのだろう。

 だが俺は魔法のステッキでムリに入り込んだだけ。素質もない。よって能力も付与されない。


 ヒナゲシは浮かない顔だった。

「私は……そんなよく分からない能力、ないほうがいいです……」

「そう言うなよ。どんな能力だって使い方次第だぜ」

「だって……」

 また自分を責めているのか?

 現実世界での威勢のよさがウソみたいだ。

「そういえばカナリア、波の音がどうとか言ってたな。なんなんだ?」

「正確には、波ではありません。おそらく水槽の溶液の揺れる音。彼女はその世界しか知りませんから……」

「そうか……。そうだったな……」

 オルガンに接続された少女は、脳と背骨と内臓だけの姿で培養ポッドに封じられている。その世界しか知らないということは、生まれたときからそうだったということなんだろう。

 その世界の音を、声として発し続けている。


「彼女、名前はなんて言うんだ?」

「名前……?」

 なぜか不審そうな目で見られてしまった。

 知らないから聞いたのに。

「聞いちゃマズかったか?」

「いえ。マキナといいます。ラテン語で『機械』という意味です」

 ちゃんとあるんじゃないか。

 だがまあ……言いたいことは、なんとなく分かった。


「父親は誰なんだ?」

「知りません」

「そんなわけないだろ。あんたはたぶん、全部知ってる」

「知りません。知らないということにしておいてください」

 あんまり追い詰めても、泣かせてしまうかもしれない。

 子供の逃げ道をすべて潰すのは大人のやることじゃない。

「何歳なんだ?」

「なにが知りたいんです?」

「もしかして、俺の知ってるヤツじゃないかと思ってな」

「知りません。聞かれてもなにも言いません」

「そのほうが作戦の成功率があがる、か? つまり、俺に知られたくない人物ってことだな。ただ、そこまで情報があったら、こっちだってなんとなく察しがつくぜ。言わなくていいけどな」

「……」

 気づかうような顔になっている。

 おそらく正解だろう。

 いや、俺自身、それが正解だとは思えないが……。


 木下さんはウソをついている。

 だが、彼女のウソだけで成立する話じゃない。

 俺の記憶も曖昧なのだ。

 彼女の背を押した瞬間だけは、克明に思い出せる。ただ、それ以前のことは、ぼんやりしていて、いまいち思い出せないのだ。記憶のピースが欠けている。それも、ごく重要なピースが……。


 あたりは夜になっていた。

 星空には、輪郭のハッキリしない満月がふたつ。


 なにかがフラッシュバックしそうになって、しかし不発のまま消えた。

 たまにこうなる。

 本能が自分を守ろうとして、なかったことにしてしまうのだ。

 だが、それがどんな記憶なのかは、残念ながら知ることができない。


 ヒナゲシがぎゅっと胸元を抑えた。

「あの月、なんだか怖い……」

「同感だ」

 俺はこの空を見たことがある。

 実際のところ、月はひとつだった。

 なのだが、焦点の定まらぬ目には、ふたつに見えた。

 そしてあのとき、俺と同じように月を見ていた人間がもう一人。


 どこかで水の音が聞こえた。

 水路を流れる水のドボドボという音だ。

 東北の、秋の、夜。

 つめたくて重たい水が流れていた。


 マキナ――。

 あのとき死んだはずじゃなかったのか?


 目的はなんだ?

 復讐か?

 誰に対して?


 おそらく木下さんはすべて分かっている。

 だから俺をここへ向かわせたのだ。

 ドラゴンを殺すとか、世界を救うとか、金がどうだとか、そんなのは二の次だったのだ。いや、金は二の次ではないかもしれないが。とにかく真意はほかにあった。


 父親の分からない子供。

 死んだはずの子供。


 彼女は水槽の中で、周囲に翻弄される無力な女を演じていた。

 だが、無力などではなかった。

 世界に戦いを仕掛けていた。

 己のすべてを使って。


 敵になるのか、その逆になるのかはまだ分からない。

 ただ、いずれにせよ対話をしてから判断したい。

 まずは会うところから。


 その上で、もしたいした理由がないと判断すれば、そのときは、予定通りの仕事をさせてもらう。

 だがもし彼女が正しいのであれば、他のすべてを裏切ってもいい。それだけの理由があるのならば。

 どうせ気分でやっていることだ。

 結論を出すときも気分でいい。

 これはハナから正しさの話じゃない。


(続く)

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