表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ストリングス  作者: 不覚たん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/23

よもつひらさか

 ハンバーガーショップに入った。

 とはいえ、店員は白いもやだから、なにもオーダーできない。仮にできたとして、出てきたハンバーガーがまともなものかも不明。

 勝手に水をもらい、適当な席に腰をおろした。


 俺は紙コップに満ちた水を覗き込んだ。

「この水はどこから来たんだろう?」

「正確には、それは水ではなく、あくまでみんなが水だと信じているものです。それが蛇口から出てきただけ」

「自分で用意しておいてなんだけど、飲んでも平気かな? たとえば、あの世のモノを食べると、元の世界に戻れないって言うし」

 この質問に、十二番は真顔のまま応じた。

「迷信ですよ。そもそも食べ物のように見えているだけで、実際の食べ物ではありませんし」

「けど、味はするんだろ?」

「はい」


 彼女はこの世界のことを、俺よりよく知っている。

 滞在期間もさることながら、模倣子の感受性も高い。それがなんなのかを、感覚的に理解してしまう。

 だから俺の好奇心など、かなりくだらないものに思えるのかもしれない。


 俺は水を飲み干し、窓の外の景色を眺めた。

 遠景がぼんやりしている。

 俺が普段意識しているエリアと、それ以外のエリアで、再現度に差が出ている。人によっては違った景色が見えるのかもしれない。


 十二番が飽きて眠くなる前に、俺は本題に入った。

「で、壁の薄い場所に心当たりは?」

「あります。でも、言いたくありません」

「おいおい……」


 彼女は深刻そうな表情だ。

 壁の向こうにはシスターズがいるから、できるだけ会いたくないのだろう。ここで俺と再会したときも、彼女は姉妹とモメて泣いていた。


 十二番がうつむいてしまったので、俺はこう提案した。

「ま、そうだな。もし気が進まないなら仕方ない。あとは俺ひとりでやるから、あんたは自由にしててくれ。無理強いはしない」

「えっ?」

 驚いたようにこちらを見た。

 驚くほどの提案でもないと思うが。

「べつに皮肉や当てこすりで言ってるんじゃない。気が進まないのは理解できるんだ」

「待ってください! 私も行きますから! 置いて行かないで!」

 いきなり立ち上がった。

 表情は相変わらずカタいままだが。


「そう? なら、協力して行動するってことでいいのかな? できれば互いの能力を惜しみなく使って、助け合えると嬉しいんだが……」

「でも、壁の向こう側は……」

「具体的に説明してくれないか? 対策できるかもしれない」

 ただでさえもやもやした世界なのに、話までもやもやしないで欲しい。


 すると彼女も、意を決したような表情を見せた。

「私、他の姉妹から嫌われてるんです。だから、会ったら必ず戦闘になります」

「強いのか?」

「壁を超えるたび、模倣子の影響が強くなります。つまり壁の向こう側では、物理法則を無視した動きが可能になります。とりわけ、私たちみたいな声の素質を持った女子は……」

 できれば知りたくなかった。

 不利になるのは俺だけということだ。

「ドラゴンボールごっこをしろって? なかなかハードだな」

「ただし銃は有効です。その破壊力は、模倣子の世界にも強く刻まれていますから」

「なら、最悪よりはいくらかマシか。あー、けど、嫌われてるのはあんただけなんだよな? だったら、俺が一人で行けば問題ないんじゃないのか?」

 彼女はかぶりを振った。

「模倣子の世界なんですよ? 現実世界には存在しない怪物モンスターも出ます」

 行くのやめようかな。


 スーツの胸ポケットには銃がある。

 弾は十五発。

 換えのマガジンがふたつあるから、それも含めれば計45発。

 もっと持って来てもよかったのだが、さすがに重くなる。対人戦しか想定していなかった。


 十二番は、魔法のステッキを手に取った。

「大丈夫。たぶん、これが使えると思います」

「はい?」

「見た目はふざけてますけど、機能は本物ですよ? 模倣子のコントロール性能を強化してくれます」

 両手で魔法のステッキを握りしめる少女。

 なかなか似合っている気もする。

 少なくとも俺が持っているよりは……いい。間違いなく。

「じゃあ、それはあんたに託すよ。俺じゃまともに扱えなさそうだし」

「はい!」

 なんなら銃も彼女のほうがうまく扱えると思うが……。それさえ押し付けてしまったら、俺の存在意義がなくなる。俺にあるのは「やる気」だけだ。


 *


 歩いていると、住宅街にある小さな神社に出た。

 俺の記憶にはない場所だ。


「ここは……よく知った場所なのか?」

「いいえ。違います。ただ、壁の薄い場所を感じながら移動したら、ここへ」

 思えば十二番は、保育課で育ったのだ。外の世界をほとんど知らない。

 だからこの神社は、二人の記憶とは無関係に存在する場所なのだろう。


 二体のキツネ像がある。

 稲荷神社だ。


 俺は信心深いほうではないが、いちおう礼儀として頭をさげて入った。

「こういうところは……やっぱりそういうことが起こりやすい場所……ってことなのか?」

「いえ、ここはあくまで模倣子の世界ですから。みんながなんとなくでもそう思っていると、実際にそういう機能が備わってしまうのです」

 みんなの思い込みの力で、外部から機能を与えられてしまったというわけか。

 この世界への理解が深まった気がする。


 それはいいが、問題がある。


「よう、会えると思ってたぜ」

「私はもう会ってた」

 先客がいた。

 二名。

 ザ・チャリオットとザ・フールだ。「もう会ってた」は意味不明だが。


 二人は賽銭箱の脇に腰をおろし、こちらを凝視していた。

 元一課の危険人物が雁首揃えて待ち伏せだ。


 十二番が小声でつぶやいた。

「私は銃を所持していません。この階層では、ステッキもあまり機能しないと思います。ですので、戦闘は全面的にお任せします」

 ムリ言うな。

 この二人と戦闘なんて、死んでもごめんだ。


 俺は「任せてくれ」と告げ、躊躇なくホールドアップした。

「話し合いましょう。平和的に」

 ザ・チャリオットは、すると鼻で笑った。

「当然だろ。撃ち合うメリットがない。それに、以前も言った通り、あんたらとは敵じゃない。手を組みたい」

「全面的に賛成です。でも、なんであのとき俺たちを見逃したんです?」

「おいおい。見逃してくれたのはそっちだろ? あのまま銃撃戦を始めたら、あんたのことは殺せたかもしれないが、そのあと死体になるのはこの俺だった」

 なるほど。

 つまり「俺」との戦闘を避けたのではなく、「俺たち」との戦闘を避けたのだ。まあこいつの射撃のせいで俺は死にかけたわけだが。


 ザ・フールは長い髪の間からギョロリと目をこちらへ向けた。

「アマいわね、三番。こんな危ないヤツ、殺しちゃえばいいのよ」

「いま争うメリットがない」

 俺はすかさず否定した。

 この女、相変わらず空気を読まない。

 問題発言しかしない。


 十二番は溜め息をついたかと思うと、神社の戸にステッキを向けた。

 かと思うと、戸が左右にスパーンと開き、謎のグルグル模様の空間が現れた。いかにもなワープゾーンだ。これが模倣子による表現力……というわけか……。


 特に説明もなくその現象を見せられた元一課の二人は、さすがにぎょっとした顔でその光景を見ていた。

「なんだ……」

「え、魔女っ子だったの?」


 面倒だが、説明してやるか。

「こちらの世界はいくつかの階層に分かれていて……。壁の薄いところをこじ開けて、移動できるようになってるんです」

 するとザ・フールが鼻を鳴らした。

「ほら、だから言ったでしょ。どこかにつながってるって」

 ザ・チャリオットはウェーブのかかった前髪を不服そうにかきあげた。

「そんな非科学的な話を信じろってのか? しかも、お前の言葉だぞ?」

「私は本当のことしか言わない」

「ほら見ろ。そうやって平気でウソをつくのがお前だ」

「死にたいの?」

「試してみるか?」

 ケンカするな。

 してもいいが、俺たちがいないところでやってくれ。


 俺は咳払いをして、会話に割って入った。

「行きますけど、お二人はどうします?」

 これに即答したのはザ・チャリオットだ。

「行かない。いや、深い意味はない。あんたに協力するつもりもある。だが、この絵面を見ろ。なんか不愉快だろ。なんだこのグルグル模様……」

 まあ確かに、あまりにも漫画的なグルグル模様だが……。

 模倣子なのだから仕方がない。苦情はこの世界に言って欲しい。あるいはこの模倣子を生み出してしまった人類に対して。


 ザ・フールも目を細めている。

「私もパスね。嫌な予感がするわ。いえ、これはもう確信と言ってもいいわね」

 有機周波数を受信しているのか?

 いや、彼女の言葉を真に受けるべきじゃない。

 きっと気分の問題だろう。


 俺は彼らに返事もせず、十二番に「行こう」とだけ告げてグルグルに足を踏み入れた。

 もう、少し足を突っ込んだ時点で分かった。

 空気感が違う。


 *


 神社を抜けると、そこは神社だった。

 いや、いい。

 景色に変化があるわけじゃない。ただ、深くなってゆくだけだ。


 十二番が魔法のステッキで「えい」とやると、すっと戸が閉じた。

 まるで魔法だ。

「何度も言いましたけど、ここは模倣子が濃いので、慣れないことが起こると思いますけど……」

「心の準備をしておくよ」

 元一課の両名も、強制的に連れてきた方がよかったかもしれない。

 胸騒ぎがする。

 正確には、俺が焦っているわけではなく、俺の体内の子がヒリついているだけだが。脳が機能しておらずとも、体は生きている。本能的に危険を察知しているのだろう。


「で、ここからどこへ行く?」

 俺は景色を眺めながら尋ねた。

 いまのところ異常はない。

 イヌだからネコだか分からないが、小さなもやが移動している。イヌでもネコでもないかもしれない。


「別のポイントを探します。そうして壁を越えていけば、きっとオルガンにたどり着けると思います」

「ずっと疑問に思ってたんだが、オルガンはなんでそんな奥へ飛んだんだ? もっと手前にいてくれたら楽だったのに」

 十二番は、真顔でこちらを見つめてきた。

「少しだけ情報を出します」

「頼むぜ」

「彼女は、ずっと計画してたんです。組織がオルガンを完成させて、そのパーツとして自分が組み込まれることを」


 溜め息が出た。

 組織に思惑があったのは知っている。カルトでビジネスをしようとしていた。

 そして俺たちにも思惑があった。クソみたいなビジネスを止めることだ。

 だが、その他の人間の思惑については、あまり考えなかった。とりわけ言語による交渉の難しい人物については。


 もちろんそうだ。

 誰にだって思惑はある。

 彼女には、考える時間があった。実行する力もあった。だから、愚か者がオルガンを稼働させたのに乗じて、出力をあげたのだ。ただでさえ信じられない数値を叩きだしていたのに、それでもまだ自分の力を隠していた。

 計画的だったのだ。


 十二番は腐ったような笑みを浮かべた。

「やっぱり、フェイルセーフを発動させておくべきでしたね」

「そういえば、そんなこと言ってたな。実際どんな計画だったんだ?」

「停電ですよ。培養ポッドへの電力供給が止まれば、姉は生存できなくなりますから。ただ、その後は組織を警戒させることになります。姉の暗殺以外、すべての計画が不可能になっていたでしょう。私たち姉妹も関与を疑われて、研究所に送られていたはず」

 命をかけて蜂起する予定だったのか。

「その場合、木下さんはどうなる予定だったんだ?」

「遺伝子の提供者として生き続けることになったでしょう。既存の姉妹はすべて始末されるわけですから、また新たに培養しないといけませんし。つまり、プロジェクトを無期延期にする策でした。時間稼ぎにしかなりませんけど」


 なにも言えなかった。

 俺のプランでも時間稼ぎにしかならなかった。それさえも半年もたず……。


 ところで、なんだか空気がざわついている。

 いや、空気じゃない。

 有機周波数だ……。


 いつからいたのか、目つきの鋭い女がこちらへ近づいてきた。

 首にマフラーをしている。


 カナリアだ。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ