よもつひらさか
ハンバーガーショップに入った。
とはいえ、店員は白いもやだから、なにもオーダーできない。仮にできたとして、出てきたハンバーガーがまともなものかも不明。
勝手に水をもらい、適当な席に腰をおろした。
俺は紙コップに満ちた水を覗き込んだ。
「この水はどこから来たんだろう?」
「正確には、それは水ではなく、あくまでみんなが水だと信じているものです。それが蛇口から出てきただけ」
「自分で用意しておいてなんだけど、飲んでも平気かな? たとえば、あの世のモノを食べると、元の世界に戻れないって言うし」
この質問に、十二番は真顔のまま応じた。
「迷信ですよ。そもそも食べ物のように見えているだけで、実際の食べ物ではありませんし」
「けど、味はするんだろ?」
「はい」
彼女はこの世界のことを、俺よりよく知っている。
滞在期間もさることながら、模倣子の感受性も高い。それがなんなのかを、感覚的に理解してしまう。
だから俺の好奇心など、かなりくだらないものに思えるのかもしれない。
俺は水を飲み干し、窓の外の景色を眺めた。
遠景がぼんやりしている。
俺が普段意識しているエリアと、それ以外のエリアで、再現度に差が出ている。人によっては違った景色が見えるのかもしれない。
十二番が飽きて眠くなる前に、俺は本題に入った。
「で、壁の薄い場所に心当たりは?」
「あります。でも、言いたくありません」
「おいおい……」
彼女は深刻そうな表情だ。
壁の向こうにはシスターズがいるから、できるだけ会いたくないのだろう。ここで俺と再会したときも、彼女は姉妹とモメて泣いていた。
十二番がうつむいてしまったので、俺はこう提案した。
「ま、そうだな。もし気が進まないなら仕方ない。あとは俺ひとりでやるから、あんたは自由にしててくれ。無理強いはしない」
「えっ?」
驚いたようにこちらを見た。
驚くほどの提案でもないと思うが。
「べつに皮肉や当てこすりで言ってるんじゃない。気が進まないのは理解できるんだ」
「待ってください! 私も行きますから! 置いて行かないで!」
いきなり立ち上がった。
表情は相変わらずカタいままだが。
「そう? なら、協力して行動するってことでいいのかな? できれば互いの能力を惜しみなく使って、助け合えると嬉しいんだが……」
「でも、壁の向こう側は……」
「具体的に説明してくれないか? 対策できるかもしれない」
ただでさえもやもやした世界なのに、話までもやもやしないで欲しい。
すると彼女も、意を決したような表情を見せた。
「私、他の姉妹から嫌われてるんです。だから、会ったら必ず戦闘になります」
「強いのか?」
「壁を超えるたび、模倣子の影響が強くなります。つまり壁の向こう側では、物理法則を無視した動きが可能になります。とりわけ、私たちみたいな声の素質を持った女子は……」
できれば知りたくなかった。
不利になるのは俺だけということだ。
「ドラゴンボールごっこをしろって? なかなかハードだな」
「ただし銃は有効です。その破壊力は、模倣子の世界にも強く刻まれていますから」
「なら、最悪よりはいくらかマシか。あー、けど、嫌われてるのはあんただけなんだよな? だったら、俺が一人で行けば問題ないんじゃないのか?」
彼女はかぶりを振った。
「模倣子の世界なんですよ? 現実世界には存在しない怪物も出ます」
行くのやめようかな。
スーツの胸ポケットには銃がある。
弾は十五発。
換えのマガジンがふたつあるから、それも含めれば計45発。
もっと持って来てもよかったのだが、さすがに重くなる。対人戦しか想定していなかった。
十二番は、魔法のステッキを手に取った。
「大丈夫。たぶん、これが使えると思います」
「はい?」
「見た目はふざけてますけど、機能は本物ですよ? 模倣子のコントロール性能を強化してくれます」
両手で魔法のステッキを握りしめる少女。
なかなか似合っている気もする。
少なくとも俺が持っているよりは……いい。間違いなく。
「じゃあ、それはあんたに託すよ。俺じゃまともに扱えなさそうだし」
「はい!」
なんなら銃も彼女のほうがうまく扱えると思うが……。それさえ押し付けてしまったら、俺の存在意義がなくなる。俺にあるのは「やる気」だけだ。
*
歩いていると、住宅街にある小さな神社に出た。
俺の記憶にはない場所だ。
「ここは……よく知った場所なのか?」
「いいえ。違います。ただ、壁の薄い場所を感じながら移動したら、ここへ」
思えば十二番は、保育課で育ったのだ。外の世界をほとんど知らない。
だからこの神社は、二人の記憶とは無関係に存在する場所なのだろう。
二体のキツネ像がある。
稲荷神社だ。
俺は信心深いほうではないが、いちおう礼儀として頭をさげて入った。
「こういうところは……やっぱりそういうことが起こりやすい場所……ってことなのか?」
「いえ、ここはあくまで模倣子の世界ですから。みんながなんとなくでもそう思っていると、実際にそういう機能が備わってしまうのです」
みんなの思い込みの力で、外部から機能を与えられてしまったというわけか。
この世界への理解が深まった気がする。
それはいいが、問題がある。
「よう、会えると思ってたぜ」
「私はもう会ってた」
先客がいた。
二名。
ザ・チャリオットとザ・フールだ。「もう会ってた」は意味不明だが。
二人は賽銭箱の脇に腰をおろし、こちらを凝視していた。
元一課の危険人物が雁首揃えて待ち伏せだ。
十二番が小声でつぶやいた。
「私は銃を所持していません。この階層では、ステッキもあまり機能しないと思います。ですので、戦闘は全面的にお任せします」
ムリ言うな。
この二人と戦闘なんて、死んでもごめんだ。
俺は「任せてくれ」と告げ、躊躇なくホールドアップした。
「話し合いましょう。平和的に」
ザ・チャリオットは、すると鼻で笑った。
「当然だろ。撃ち合うメリットがない。それに、以前も言った通り、あんたらとは敵じゃない。手を組みたい」
「全面的に賛成です。でも、なんであのとき俺たちを見逃したんです?」
「おいおい。見逃してくれたのはそっちだろ? あのまま銃撃戦を始めたら、あんたのことは殺せたかもしれないが、そのあと死体になるのはこの俺だった」
なるほど。
つまり「俺」との戦闘を避けたのではなく、「俺たち」との戦闘を避けたのだ。まあこいつの射撃のせいで俺は死にかけたわけだが。
ザ・フールは長い髪の間からギョロリと目をこちらへ向けた。
「アマいわね、三番。こんな危ないヤツ、殺しちゃえばいいのよ」
「いま争うメリットがない」
俺はすかさず否定した。
この女、相変わらず空気を読まない。
問題発言しかしない。
十二番は溜め息をついたかと思うと、神社の戸にステッキを向けた。
かと思うと、戸が左右にスパーンと開き、謎のグルグル模様の空間が現れた。いかにもなワープゾーンだ。これが模倣子による表現力……というわけか……。
特に説明もなくその現象を見せられた元一課の二人は、さすがにぎょっとした顔でその光景を見ていた。
「なんだ……」
「え、魔女っ子だったの?」
面倒だが、説明してやるか。
「こちらの世界はいくつかの階層に分かれていて……。壁の薄いところをこじ開けて、移動できるようになってるんです」
するとザ・フールが鼻を鳴らした。
「ほら、だから言ったでしょ。どこかにつながってるって」
ザ・チャリオットはウェーブのかかった前髪を不服そうにかきあげた。
「そんな非科学的な話を信じろってのか? しかも、お前の言葉だぞ?」
「私は本当のことしか言わない」
「ほら見ろ。そうやって平気でウソをつくのがお前だ」
「死にたいの?」
「試してみるか?」
ケンカするな。
してもいいが、俺たちがいないところでやってくれ。
俺は咳払いをして、会話に割って入った。
「行きますけど、お二人はどうします?」
これに即答したのはザ・チャリオットだ。
「行かない。いや、深い意味はない。あんたに協力するつもりもある。だが、この絵面を見ろ。なんか不愉快だろ。なんだこのグルグル模様……」
まあ確かに、あまりにも漫画的なグルグル模様だが……。
模倣子なのだから仕方がない。苦情はこの世界に言って欲しい。あるいはこの模倣子を生み出してしまった人類に対して。
ザ・フールも目を細めている。
「私もパスね。嫌な予感がするわ。いえ、これはもう確信と言ってもいいわね」
有機周波数を受信しているのか?
いや、彼女の言葉を真に受けるべきじゃない。
きっと気分の問題だろう。
俺は彼らに返事もせず、十二番に「行こう」とだけ告げてグルグルに足を踏み入れた。
もう、少し足を突っ込んだ時点で分かった。
空気感が違う。
*
神社を抜けると、そこは神社だった。
いや、いい。
景色に変化があるわけじゃない。ただ、深くなってゆくだけだ。
十二番が魔法のステッキで「えい」とやると、すっと戸が閉じた。
まるで魔法だ。
「何度も言いましたけど、ここは模倣子が濃いので、慣れないことが起こると思いますけど……」
「心の準備をしておくよ」
元一課の両名も、強制的に連れてきた方がよかったかもしれない。
胸騒ぎがする。
正確には、俺が焦っているわけではなく、俺の体内の子がヒリついているだけだが。脳が機能しておらずとも、体は生きている。本能的に危険を察知しているのだろう。
「で、ここからどこへ行く?」
俺は景色を眺めながら尋ねた。
いまのところ異常はない。
イヌだからネコだか分からないが、小さなもやが移動している。イヌでもネコでもないかもしれない。
「別のポイントを探します。そうして壁を越えていけば、きっとオルガンにたどり着けると思います」
「ずっと疑問に思ってたんだが、オルガンはなんでそんな奥へ飛んだんだ? もっと手前にいてくれたら楽だったのに」
十二番は、真顔でこちらを見つめてきた。
「少しだけ情報を出します」
「頼むぜ」
「彼女は、ずっと計画してたんです。組織がオルガンを完成させて、そのパーツとして自分が組み込まれることを」
溜め息が出た。
組織に思惑があったのは知っている。カルトでビジネスをしようとしていた。
そして俺たちにも思惑があった。クソみたいなビジネスを止めることだ。
だが、その他の人間の思惑については、あまり考えなかった。とりわけ言語による交渉の難しい人物については。
もちろんそうだ。
誰にだって思惑はある。
彼女には、考える時間があった。実行する力もあった。だから、愚か者がオルガンを稼働させたのに乗じて、出力をあげたのだ。ただでさえ信じられない数値を叩きだしていたのに、それでもまだ自分の力を隠していた。
計画的だったのだ。
十二番は腐ったような笑みを浮かべた。
「やっぱり、フェイルセーフを発動させておくべきでしたね」
「そういえば、そんなこと言ってたな。実際どんな計画だったんだ?」
「停電ですよ。培養ポッドへの電力供給が止まれば、姉は生存できなくなりますから。ただ、その後は組織を警戒させることになります。姉の暗殺以外、すべての計画が不可能になっていたでしょう。私たち姉妹も関与を疑われて、研究所に送られていたはず」
命をかけて蜂起する予定だったのか。
「その場合、木下さんはどうなる予定だったんだ?」
「遺伝子の提供者として生き続けることになったでしょう。既存の姉妹はすべて始末されるわけですから、また新たに培養しないといけませんし。つまり、プロジェクトを無期延期にする策でした。時間稼ぎにしかなりませんけど」
なにも言えなかった。
俺のプランでも時間稼ぎにしかならなかった。それさえも半年もたず……。
ところで、なんだか空気がざわついている。
いや、空気じゃない。
有機周波数だ……。
いつからいたのか、目つきの鋭い女がこちらへ近づいてきた。
首にマフラーをしている。
カナリアだ。
(続く)




